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note14日目:才能ないと落ち込んだ時の私なりの対処法

なにかをやり始めると、上には上がいて挫折感を抱いてしまうことってよくある。

私って才能ないかも、やっぱりセンスないかも、と落ち込んで嫌になって投げ出したくなる。すぐに結果が出る人、あっという間にスター街道を駆け上がっていく人、羨ましくて比べても意味がないとわかっていても、つい比較して気落ちすることが多々ある。

そういう時、私はあるひとつの考え方を採用するようにしている。


それは、前世も前前世も、さらには前前前世、前前前前世、私は圧倒的スターでカリスマで常に頂点に君臨している存在だった。
そう過去生、I am STAR! だったのだ!

だから今世はちょっと地味にひっそりと庶民を満喫したかったのだと、カリスマ役を何度もやりすぎて飽きてしまったのだと思うようにしている。
あ・え・て、今の私を選んで生まれてきたのだ

よく俳優さんが「あまりにも同じ役柄をやりすぎて、もっと違うものをやりたくなった」という発言をしたりするのと同じで、私は今までと違う役柄をやりたかったのだ。
才能溢れ、自信満々で、人を惹きつける魅力もあって、頼りになる存在とは真逆の役柄を演じにこの地球におりてきたのだ。

今のこの存在に明確な意図があって、数ある選択肢の中からわざわざ私という存在を選んできたとしたら、どんなメリットがあるのだろう。
子どもがお母さんを選んでくるという話をよく聞くが、自分も自分を選んできているとしたら、どんな意味があるのだろう。

……などと考えたりするのだ。

変ですよね、頭おかしいと思われてもしかたない。
私も変だと思ってる。

でもこの考え方を採用すると、ほっとするのだ。
なーんだ、今世はこの役柄を選んだだけなんだって安心するのだ。
今目の前で圧倒的に光り輝いているあの人の前世は、もしかしたら超庶民かもしれない(ひどい)。
だとするならば、単なる役割のお話で落ち込む必要がないと思えてくる。またスターやりたかったら来世でやればいいもんね。

じゃあ私は、あえて選んできた私という存在を活かして生きていけばいいのだ。ある意味選ばれた存在なのだから、どうやったらもっと私の個性を活かしていけるのか、考えればいいのだ。

どうでしょう? 
もし落ち込んでいる人がいたら、この考え方採用してみてはいかがでしょう。合う合わないはあるにしても、ちょっとおもしろくなりませんか。ちょっとどうでもよくなりませんか。落ち込んでいる状態から、少しでも意識がズレたらこっちのもんだと思いませんか。

私はこんなくだらないことを日々考えて生きております。
称賛は受けますが、批判は受けつけませんのであしからず。

さて……
今日も嬉しい通知がありました!!
12日目の記事『マスカラ買いますから』が100回見られたとのこと! 
さらにスキを100回いただけたのこと! 
本当にありがとうございます。嬉しい限りです。コツコツ頑張ります。

今日もありがとうございました。

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