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山田太一の婚活物語

山田太一脚本のテレビドラマ『ちょっと愛して…』を見た。
1985年のドラマだが、2017年の今見ても題材の「適齢期を過ぎた男女の婚活」はとても新鮮な内容だった。女37歳、男41歳、共に初婚である。

私は長らく家族と生家で暮らしており、それがためか独身の間に「人恋しい」「誰かと暮らしたい」と感じたことはなかった。むしろ「一人で暮らしてみたい」が常の願望。
だから、このドラマの柱となる「誰かと暮らしたい」「一人はさみしい」という強い結婚への動機を意識したことはなかった。

ただ、もし一人で暮らしていたら、さみしくてたまらなくなったろうと想像するのだ。作中で加島秀子(樹木希林)が言うように「揉める相手でもいいから欲しい」と思うようになるのかもしれない。

本当に不思議なのだけど、加島秀子もずっとこう思っていたわけではないのだ。30歳を過ぎるまで結婚したいという強い思いはおそらくなかったし、その年を過ぎて「私は一生一人で生きていく」となんとなく心に決めたと語っていた。実際、加島秀子は仕事も出来るし収入も充分、仕事上のライバルでもある親友もいて、趣味も楽しむ余裕がある。満たされた日々を送っているのだ。
恐ろしいのは、それでも「一人はさみしい」という強烈な思いがやって来る事だ。しかも、実の父が故に心配のあまり「また器量が落ちたな」と言われる年齢になって、だ。
容姿がまだ美しく、若さの残る30代前半の間にはこうはならない。その頃なら、思い立てばまだ、引く手はいくらか選べただろうに。

ドラマで舞台となる結婚相談所は、年齢、収入や経歴などの釣書と結婚相手への希望条件をデータベースとし、データ同士のマッチングでお見合いを設定している。このお見合い方法は、まず相手の表面でお互いに判定を下す。いわゆる「足切り」が最も過酷なお見合い方法だ。
つまり、女性なら圧倒的に年令で判定される。対面に及んだら次は容姿だ。趣味志向だ人間性だは最後。ここで勝負したい人には本当に厳しい戦場が結婚相談所だと聞く。

結婚相談所の婚活で女も男もぼろぼろに傷付くのは想像に容易い。しかも、「結婚したい」という強い動機を持つ年頃には、そこで一層過酷な選別の眼差しに合うのが「婚活」なのだ。
世の中なんと恐ろしい仕組みなのかと底冷えする思いだ。

「誰もいない」。
「私と暮らしてくれる人は、お互いに誰もいない」。

そしてその絆そこが、二人を強く結びつけるという不思議な話でもある。

引く手あまたの中からお互い選び合った結婚相手というのは、簡単に楽に手に入るだけに、別れるのもたやすいという事もあるのかもしれない。これは一概に言えることではないが、加島秀子と大谷光一は、一人で生きるさみしさが骨身に染みているだけに、ちょっとやそっとの大喧嘩では、別れようとはしないのかもしれない。

私自身も晩婚なので、少し想像できるのだ。
若い頃に、人と人との絆やそばにいてくれる人のありがたさを、わかってるようで何も知らないうちに結婚していたら、簡単に離婚を考える人生だったかもしれない。何故一緒にいるのか、別れるとどうなるのか、それが心底わかるからこそ、秀子と大谷はぶつかろうとも何度もやり直せるのだ。

晩婚の話ばかりではない。結婚の本質を描いたドラマなのではないか。

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小花 茉里

ライター(新聞記者出身)。おばな・まり。商業寄稿はパンのインタビュー記事(紙媒体)が主ですが、noteでは関心事やエッセイも書いて行きます。お仕事のご相談お待ちしてます。連絡先 parvis_florum( @ )yahoo.co.jp

ひねもす

つれづれなるままに。日々の思うこと。
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