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たぶん5分の物語⑦

Summer Triangle


「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体なんでしょう。」

「何々、どうした?唐突な宮沢賢治」

「もう直ぐ七夕だなぁって思ってさ」

図書館の窓を伝う雨の雫のせいで、ちょっとだけ文学ちっくな気分になったのだろう。いやいや、ホントは期末試験の勉強に飽きて数学の公式を頭の中から消し去りたかっただけかも知れない。兎にも角にも、瑠奈がずっと黙っていられない事は私もタカ坊も昔から嫌というほど知っていた。

「大体何でこの時期なの?一年に一回しか会えないなら梅雨は避けた方が良くなくない?」

「あーまぁそうだよね」

「でしょ?一年待った挙句に雨で会えないなんてさ…そりゃないよ今年も雨の天の川…」

「よー!永世名人!」

「天の川は秋の季語だろ。頼むぞ文系」

「何よ勝手に話しに入って来ないでくれる!」

「それに雨が降ったからって会えないわけじゃない。カササギが集まって橋をかけてくれるからね。七夕伝説をちゃんと把握しているか?」

「理系のくせに文学好きってキモいんだよタカ坊は!そう思わないピコ?」

「どうだろう?オールマイティなのは凄いと思うけど…まぁ職人気質の私には関係のない知識だけどね。赤点…」

「赤点取らなきゃ私はオッケー!出たよピコの決まり文句」

「一般教養は必要だけどさ、脳みその容量は残しておかないとね。頭でしっかり理解しないと本当の技術では無いと思うのだよ私は」

「え〜身体で覚えたものの方が忘れないよ。自転車みたいにさ」

「確かに長期記憶の中でも、特に手続き記憶は失われ無いと言われているね。けれど陳述記憶が伴わなければ、身に付けた技術を他人に教える事は出来ないだろうから、ピコがこの先ずっと美容の世界で生きていく為には…」

「長いよタカ坊!何言っているか全然分からないし!」

「心外だな、体力勝負の瑠奈の脳筋にも理解できる様に噛み砕いているというのに」

「はあ?ケンカ売ってる?」

「瑠奈に売っても利益率低すぎる」

「なーにーをー!」

はあ〜だから図書館なんて辞めようと言ったのに…
真面目に勉学に励んでいる方々の視線が痛い。

「はいはいはい、図書館だからここ。とりあえず静かにしないとさ、皆さんの邪魔になるから」

「数学の試験がヤバそうだから教えてくれと頼んで来たのはそっちだったよな?」

「そーだね、ごめんねタカ坊。ほら瑠奈も頬っぺた膨らましていないで謝りなよ」

「瑠奈は何も悪くないもん!」

「話にならないな。ピコには悪いけど帰らせてもらうよ」

「帰れ帰れ〜途中で車が跳ね上げた水たまりの水を頭から被ってしまえ〜」

「瑠奈ー!」

「ピコ、とりあえずこのマークしたところだけ勉強すれば赤点にはならないだろうから。あっ、瑠奈には教える必要は無い。じゃあな」

あー物凄い既視感。お互い大好きな癖にいっつもケンカして…まったく仲がいいにも程がある。

「瑠奈…いい加減素直になりなよ」

「瑠奈はいつも素直でいい子だよピコ」

「だーかーら、タカ坊の事大好きなのはバレバレなんだからさ」

「ピコ、熱でもあるの?なんか目を開けたまま寝言言ってるみたいだよ?」

「もう!私に気を遣わなくていいんだよ瑠奈」

「ピコ…」

幼稚園からの幼馴染み3人組。瑠奈の事が大好きでタカ坊の事が大好きで、いつまでもずっと仲良し3人組でいたかったけれど、ひとり地元を離れる前にどうしても気持ちの整理がしたかった。私が生きたい場所は、心を此処に残したまま戦える程甘い世界では無いのだ。
だから伝えた。タカ坊に。

「夏の大三角って知ってるよねピコ?」

「星座でしょ?彦星と織姫の」

「わし座のアルタイルこと座のベガ、それと白鳥座のデネブ。七夕伝説のおかげで有名なのはアルタイルとベガだけど、1番明るいのは実はデネブなんだよね」

「ごめん、何が言いたいのかよく分からないんだけど」

「ああ、そうだよね…上手く言えないんだけどさ。彦星も織姫もデネブが無ければ大三角にはなれないんだって事…つまり…その…」

傷つけない言葉を探して探して、言葉の沼にはまり込んでいくタカ坊が何だかとても愛おしかった。
分かるよ、うん。私を1番輝かせてくれているんだね。
織姫と彦星にはなれないけれど、夏の夜空に輝く1番大きな星座の様な3人でいたいんでしょ?
まったく…その優しさは……罪だよね。
でも、私も同じだな。答えはとっくに分かっていたのに自己満足の告白をしているんだから。

「ありがとうタカ坊。コレで心置き無く戦う事が出来ると思う」

てな事があったのですよ瑠奈。
でもね、悔しいから教えてあげないのだ!
この先離れ離れになっても、必ずまた集まる3人だもんね。どんな事があったとしても、夏の大三角のようにいつまでも夜空に輝かせてもらいましょうか。

「だからさデネブが1番明るいんだって!」

「何それ?」
                 end


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