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エゾヒメギフチョウ飼育記③:蛹化

ついに、

待ちに待ったその時がやってきた。

蛹化の瞬間だ。

この瞬間を見るために、

26時間も待った。

彼らにとって大切な節目となるその時に、
立ち合わせてもらった。

26時間待ったというのに、
脱ぎ始めてから、
完全に脱げるまでのその時間は、
たったの5分40秒。

よく見ると、
緑色の体の奥底には、
血管の揺らぎが見えてくる。

斑紋のようなものが見え、
線が浮き出る。

そうやって黒い部分が少しづつ大きくなり、

固くなっていくと、次第に蛹は動きを止める。
他のアゲハチョウ科の蝶とは、
何もかもが少しづつ違う。

この形も、大きさも、

思えば成虫の毛の多さも、

北海道の寒い春で生き抜く為に、

大切な要素の一つなのだと思う。


撮影が終わって森に返しにいくと、
そこにはオクエゾサイシンの姿は、
殆どないことを知った。

幼虫たちが全て食べてしまった訳ではなく、
春の間に花をつけ、
朽ちていく運命にあるのだろう。

寂しくも、
他の植物の繁茂する林床を眺めながら、改めて「スプリングエフェメラル」という言葉の持つ意味を思い知った。

春の象徴、
オクエゾサイシンと、
エゾヒメギフチョウ。

年に一度、春にしか羽化しない彼らと、
春のオクエゾサイシンという植物に生かされる幼虫たち。書物や図鑑を通り越し、体感で、森という空間の持つ、温度感に包まれた。

そしてその瞬間、
瞬間を目に焼き付けながら、
記録していきながら。

エゾヒメギフチョウたちが「なぜ」こうなったのかを考える時間が、僕は好きだった。

そうやって振り返っている間にも、
もう北海道の夏は始まっている。

季節はあっという間に7月の頭。

エゾハルゼミの鳴き声はほとんど聞こえなくなり、ひと時の静寂が、森にやってきた。

7月の中旬には、
コエゾゼミたちが大合唱を始めて、
また騒がしくなるのだろう。

今はその時が、なんだか待ち遠しい。

また、来年までお元気で。

夏が春を振り返る季節になったのは、

思えば、

今年が初めてかもしれない。

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