オンライン・ゲーム「H・O・P・E」、第一章

この小説は、先日サンフランシスコで開かれたTED AIに参加した後の飛行機の中で思いついたストーリーをベースにしています。私のメルマガ「週刊 life is beautiful」に連載として掲載しています。第二章はこちらから購読可能です。

届いた荷物を開けると、そこには「ようこそUBIプログラムへ!」と一言だけ書かれたカードと共に、一つの「グラス」が丁寧に梱包されていた。詳しい説明は、グラスをかければ分かる、ということなのだろう。

友也は梱包を開けて、グラスを手に取った。子供の頃に遊んでいたグラス(その頃はVRグラスと呼ばれていた)と違い、とても軽くて薄い。明かに最新式だ。

大学受験に失敗し、就職もせずに、UBIと呼ばれる社会保障システムの恩恵に預かることになった友也に、なんでこんな高価なグラスを受け取る権利があるのか腑に落ちなかったが、友也は迷わずにグラスと、同梱されていた手袋を装着した。

 ◇ ◇ ◇

友也は、ごく普通の高校生だった。勉強は中の上ぐらい、サッカー部には入ったものの、運動神経の鈍い友也は万年補欠だった。たとえレギュラーになったところで、友也が通っていた学校の弱小サッカー・チームのレギュラーになっただけでは女の子にモテるわけはない、と友也は割り切っていた。

そんな友也が大学に進めないのは、友也が中学3年の時に政府により行われた、大学の「大編成」のためだ。友也が小学校に入学した頃に始まったAIの急激な進歩により、世の中が「AIを使いこなして桁違いの生産性で働くエリートたち」と「そうでない人々」とに、はっきりと二分されてしまったのだ。

結果として、大学を卒業しながらも就職できない人たちが大量に増え、「通ってもまともな職につけない大学」とレッテルを貼られた大学が次々に経営危機に陥ってしまったのだ。

大学の閉鎖や合併が続く中、ついに政府が重い腰を上げ、一部の大学だけをエリート育成のための職業訓練学校として残し、他は廃校することを促した結果、大学の数が大幅に減り、大学に行けるのは偏差値65以上のごく一部の学生だけになってしまったのだ。

その煽りをまともに受けたのが、友也の1〜2年上の先輩たちだ。政府はさまざまな施策で彼らの社会参加を促そうとしたが、高卒の彼らに出来る仕事と言えば、自動化に乗り遅れている小売店の売り子や、工事現場、高齢者の介護の補助など、いわゆる海外からの技術研修生たちがやっているような仕事だ。

AIの進化により、働く人を求めている職場と、人々が働きたいと考える職場の間に大きなギャップが生まれ、求人倍率が1を超えているにも関わらず、若年失業者が増える、という大きな歪みが社会に生まれてしまったのだ。

工事や介護などの職場に人が不足している問題は、AIの進化を追いかけるように急速に進んでいるロボット技術により数年以内に解決するだろうと言われているが、失業者の、特に若年失業者の問題を解決する方法は簡単には見つからない。

再び大学の数を増やせば良いと主張する人もいるが、AIがさらなる進化を続けて、「人間にしか出来ない仕事」が減りつつある今の時代に、闇雲に大学の卒業生を増やすことが賢い戦略だとは思えない。

そこで政府が苦肉の策として実験的にスタートしたのが「UBIプログラム」だ。大学受験に失敗し、就職先も見つからない高校の卒業生に、ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)という仕組みで最低限の生活費を提供する、という仕組みだ。

友也の世代が、UBIプログラムに参加できる最初の世代となるが、友也のクラスメートたちは皆、「それって名前を変えた生活保護じゃん」と言って馬鹿にしていた。

友也もその時は一緒になって否定的な発言をしていたものの、父親を小さい頃に亡くし、パート掛け持ちの母親に育てられた友也は、家計が厳しい状況なことは十分に承知しており、UBIプログラムに参加することを決めたのだ。

◇ ◇ ◇

友也がUBIプログラムへの参加を申請してすぐに送られてきたのが、このグラスだ。政府が「行政のデジタル化」を進めて以来、学校にもさまざまなデバイスが導入されたが、UBIプログラムの参加者にグラスが配られるとは、友也の想像を超えていた。

グラスを装着すると、すぐに表示されたのが「UBIへようこそ」という文字と、それに続く、デバイスの使い方を説明してくれる女性の映像だ。ハンズフリーのインターフェイスはゲーム用のグラスと同等で、友也にはすぐ理解できた。

女性は、画面のアイコンの一つを指差し、毎月のベーシック・インカムの受け取りについては、そのアイコンを選んで手続きをする必要があることを教えてくれた。

それも重要だとは思ったが、まずはこのグラスにどんなアプリが搭載されているのが知りたくて、友也はアプリアイコンを選択した。

政府が提供したデバイスだから、どうせ大したアプリは期待できないだろうとアプリアイコンを選択した友也は、その先に「H・O・P・E」と言うタイトルのついた、モンスターと戦うオンラインゲームらしきアプリのアイコンが大きく配置されているのに、少々驚かされた。

早速、そのゲームをスタートすると、友也は、いや、正確には友也のアバターは、木がまばらに生えたサバンナに立っていた。映像のクオリティは、これまで遊んだことがある全てのゲームを遥かに凌駕しており、友也は自分がサバンナに実際に立っているような感覚を覚えた。

友也のアバターは簡易的な戦闘服を来ており、右手には小さな銃が握られている。少し離れたところにはモンスターと戦っている他のアバターたちも見える。想像した通りのオンライン・ゲームだ。

右手を見ると、木の上に、小さな鳥型のモンスターがいる。友也には気がついていないようなので、後ろからゆっくりの近づき、狙いを定めて銃を撃つ。20ポイントを稼ぐことが出来た。レベル2まで、後180ポイントが必要、と表示される。

そんな調子で鳥型のモンスターを倒していたら、すぐにレベル2に上げることが出来た。レベル2に上がったところで、右手の銃や服装に変化はない。より強力な武器や防具は、自分で調達しなければならないようだ。

ちなみに、友也は、オンラインゲームは好きだが、基本的には一人でプレーする「ソロ」を選ぶスタイルだ。当初はサッカー部の友人たちと一緒にパーティを組んでプレーしていたが、ゲームの中でまで「万年補欠」扱いされるのに飽き飽きしてしまったのだ。

このゲームの中でも、パーティを組んで戦っているプレーヤーたちもいるようだが、友也はいつものようにソロで通すことにした。最近のオンライン・ゲームは、ソロでも時間さえかければレベルを上げられるように出来ているので、友也にはそれで十分だった。学校を卒業し、仕事もない友也にはたっぷりと時間がある。

その調子で、小一時間ほど遊び、レベルは5にまで上げることができた。見つけたトレジャーボックの中から、連写式の銃を手に入れることも出来た。これならもう少し行動範囲を広げても良さそうだ。

そこで次に行ってみようと目をつけていた、サバンナの東側にある林の中に入ってみることにした。どんなモンスターがいるか分からないし、見通しも悪いので、慎重に行動する必要がある。

林に入ってすぐ、大きめのモンスターと戦う女性戦士の姿が目に入った。レベルは友也と同じレベル5だが、かなり苦戦しているようだ。

友也が、一度林から出た方が良さそうだ、と考えたのと、その女性戦士からパーティの申請が来たのは同時だった。「このモンスターを倒すまでだけでいいからお願い」という彼女の声が聞こえてきた。このゲームは、パーティのメンバーでなくとも、近くにいれば話しかけることが出来る仕様らしい。

彼女の声が妙に魅力的だったこともあり、友也はその申請を受け入れ、戦いに参加した。なかなか手強い相手だったが、友也が手に入れたばかりの連写式の銃のおかげで、かろうじて倒すことが出来た。

手強い相手だったこともあり、300ポイントを得ることが出来、二人とも同時にレベル6に昇格した。

「ありがとう」と言いながら女性は握手を求めて来た。握手が出来る仕様のゲームは初めてだったが、専用の手袋のおかげで、感触はとてもリアルだった。彼女の手はとても柔らかかったが、女の子の手を握ったこともない友也には、この柔らかさが、本当のものなのかどうか、知る由もなかった。

彼女に「あなた、ソロで楽しんいたでしょ。もう、パーティを解消しても良いわよ。私も基本、ソロだから」と言われて、友也は少しショックだった。パーティ戦を初めて楽しいと感じたからだ。

そこで思い切って「あのモンスターを倒して300ポイントももらえるなら、この林で少し一緒に狩りをしない?」と声をかけてみた。女の子をデートに誘うなどとは程遠い高校生活を送ってきた友也だけど、この時だけは、珍しく勇気が出たのだ。

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