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停滞する参加型組織に足りていない2つのエネルギーとは?


はじめに

今回は、先日紹介した男性性・女性性の4つのエネルギーに関するモデル(フレームワーク)を踏まえた上で、そのレンズを用いて組織に起こっていることを紐解いている内容を紹介していきます。

今回もこちらのweb記事から引用していきます。

ファニーのいうレンズは現象をどのように見立てるのか?

ファニーの同僚が支援している組織に起こっていた現象

強迫観念から抜け出せず、方向性が定まらず、人々は燃え尽き、環境は厳しく破壊的。あまりにも速く動き、お金にこだわり、意味のある目的を欠き、社員を大切にせず、優先順位を短期的に決めすぎている。

同僚の見立て

ファニーの同僚が支援している組織を、どのように見立てたかというと、組織の中にもっと女性的なものが必要とみました。

(補足)

そう判断した背景をファニーのレンズで補足するならば、「創造する男性性」のエネルギーが過剰なため。この過剰が生み出すやりすぎは、「毒性男性性」と呼ばれる。

ファニーの見立て

著者の図を私がそのまま再現したもの (一部 背景色が違う箇所があります)

同僚が言う女性的なものとは「保持する女性性」のことだけを指していて、「創造する女性性」の視点が欠けている。これでは、組織の課題を持続的に解決することはできないと思ったそうです。


「保持する女性性」だけではどうなってしまうのか?

女性性といった時に私たちが知っている唯一の女性性は「保持する女性性」とのこと。

この「保持する女性性」が「創造する女性性」からパワーを得ていない場合、言い換えると「満たされていない」場合、そして、その「創造する女性性」が「保持する男性性」によってサポートされていない場合、「保持する女性性」は力を失った状態で組織に影響を及ぼすことになる。

その影響とは、過剰に(有害化している)「創造する男性性」を抑え込むだけになる。これは言い換えると崩壊した母性像と言えるそう。

その結果、起こるのはただ物事をゆっくりと進め、皆が話を聞いてもらい、安全を感じ、仲良くすることを過度に強調する、ということ。

そして、最終的には、停滞、方向性の欠如、そして中核事業の破壊的な減速に繋がっていく。

そのため、力を失っている「保持する女性性」だけでは、大きな変化をもたらすことができないそうです。

また、この言ってみれば「創造する女性性」「保持する男性性」が欠けた状態で「保持する女性性」を発揮しようとするという機能不全のダイナミクスとでも呼ばれるものは、分散型組織で最も一般的な困惑の根源にあるとのこと。

このことは、以前別で紹介したファニーの記事でいう以下のことを指しているように思えます。

私たちは女性性にアクセスするための実践を欠いているため、代わりに男性的なプロセスや構造を女性化するのです。その結果、何の成果もない終わりのない議論、つまりプロセスだけで本当の新しい創造がない「グリーン」フラットな組織になってしまうか、男性性が欲求不満になり、孤立した「オレンジ」の階層になり、そもそも避けようとしていた創造性抑制、命令と管理のオレンジの陰に戻ってしまうのです。

では、どうすればいいのか?

その鍵を握るのが先に紹介している、「創造する女性性」と「保持する男性性」だそうです。

女性性と男性性のコラボレーションがうまくいっているパターンとは?

ここまで機能不全のダイナミクスについて紹介しました。ここからは逆にうまくいっているパターンについて紹介していきます。

「創造する女性性」から始める

記事から引用します。

・何かを実現するための効果的なプロセスはすべて、「創造する女性性」が呼びかけるところから始める必要がある。

・この生命力を体現する女性性によってプロセスが開始されたときにのみ、そのプロセスは真に創造的で、目的にかない、生命に奉仕するものになる

※補足

「創造する女性性」を深く体現した状態でプロジェクトを開始すると、生命力、創造性、エネルギーがプロジェクトに溢れ出すため、もしオフィスに入って「ここにはたくさんの生命がある!」と感じたとしたら、それは創造する女性性の存在を目撃しようとしている、とのこと。


プロジェクトが生まれ、方向性が定まるために必要なこと

「保持する男性性」は、「創造する女性性」が創造的な生命力を体現している時には、無形の創造的なエネルギーを具体的かつ実行可能なものにするために、その試みのビジョンを感じ、受け取ることができるそうです。

言い換えれば、この性は、より深い創造的なレベルで、生まれたいものに本当に役立つ、明確で意味のある方向性と実行可能なビジョンを感じ取ることができる。


「創造する男性性」が毒性を発揮しないために必要なこと

「創造する男性性」は毒性を持ちうるわけですが、上記の2つの性によって生み出されたビジョン・パーパスに導かれるときには、毒になることなく、むしろ自分よりも大きなものに真に奉仕することができるとのこと。

このプロセスに基づくと、毒性を帯びた「創造する男性性」とある種、一対のように紹介されていた毒性を帯びた「保持する女性性」(崩壊した母性像)は、健全性を発揮し、以下の役割を果たす。

・プロジェクトのエネルギーを集め、グループを団結させる。

・チームをつなぎとめ、プロジェクトのライフサイクルを導き、守ってくれる。

・ビジョンが完成したとき、プロジェクトがその全容をつくりあげたとき、そして創造的なサイクルを再び始めるときを見分ける。

また、「創造する男性性」はひたすらつくり続けようとするため、軌道を維持し時間内に止めるための「保持する女性性」からのガイダンスが必要だそうです。


まとめると、、、

創作プロセスの最初のフェーズでは、「創造する女性性」「保持する男性性」といった極を、最後のフェーズでは「創造する男性性」「保持する女性性」の極を常に維持すること。

記事では分かりやすさを重視しているからなのか、こう書いていますが、実際はいったりきたりの側面は多々あるのではないかなぁ。

思ったこと

これはあくまで現時点での私の解釈ですが、既存のビジネスシーンにおいては、以下の図でいうところの 「Creating Feminine」「Holding Masculine」の2つについては無いことにされている、とのこと。

著者の図を私がそのまま再現したもの (一部 背景色が違う箇所があります)

では、どうすれば、その2つを育むことができるのか?発達させることができるのか?については記事の中では見つけることができませんでした。(そこが一番知りたいところやろ!!笑)

ちなみに、「創造する男性性」については既存のビジネストレーニングのほとんどがそれに当たると思ってよさそう。

「保持する女性性」については、書籍「ティール組織」の第6章「存在目的に耳を傾ける」の内容が関係している気がします。勝手なイメージによる照合になりますが。

・保持する女性性的だと感じる箇所

『「存在目的に耳を傾けて意思決定を行う」p 334から引用』

『だれもが座らない椅子
。組織の存在目的に耳を傾けるための、単純でそれほど難しく無い方法がある。ミーティングのたびにだれも座らない椅子を用意し、それを「組織」と「組織の存在目的」を代表する席にしておくのだ。』(p 343から引用) 

記事を読んで生まれた問い

・「創造する男性性」を過剰にしているものは何か?

・なぜ既存のビジネスシーンでは女性的なものというときに「保持する女性性」の側面しか想起されないのか?

・「創造する女性性」と「保持する男性性」はどのようにして育む?発達させる?ことができるのか?

などなど。

さいごに

ここまででやっとスタートラインに立てた気がするので、今度は自分の経験を照らし合わせることを通じて、4つのエネルギー(特に「創造する男性性」以外)について理解を深めてみたいと思いますし、合わせて「どうやってそれぞれを育むか?」ということについても考察してみたいなぁと思ってます〜。


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