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「 パラグアイの熱い夕陽 」 第2話



母の実家がある南米パラグアイの田舎町を幼い頃ぶりに一人で訪ねる

リアルストーリーです。
ブラジル、カナダ、コロンビアと海外で暮らした経験などをふまえ
自然と命、心の中に刻まれた想いについて綴った文章です。
この話しには多くの犬が登場します。
今まで何年も閉ざしていた心をパラグアイに強く生きる犬達や
ワイルドな叔父さん達と触れ合う事により解放してゆきます。

S.Bobo.S

  もくじ

黄金の魚 ドラド

牧場の熱い日々

狩が始まる

コロンビアの赤い夕陽

命を奪う

牧場の犬

愛犬ムク

牧場の風景



    「 狩りが始まる 」

「 今日は狩りに連れてってやるぞ、用意しとけ~っ!! 」

「 昨日のとこ?」

「 あっこは警戒して、しばっらくは飛んで来んからなぁ。
 もっといっぱいおるとこ連れてってやるからっ

 子供の頃、叔父さんから狩りの話を聞くのが好きだった。
狩りがしてみたいと言う俺に語った。

「 本当の狩りはキツいぞ~!! 何時間もジャングルの中を歩いて行くんだぞ。
塩が入った麻袋を木に縛りつけてな、シカやら野ブタやら、バクとかが
塩を舐めに来るのを夜通し木の上に登ってジッと待たないといかん。 
ジャングルの夜は真っ暗で何も見えんからな、音と勘で獲物を撃つんだぞ。 

何が獲れたかは電気を点けるまで分からんのだわ。 蚊がわんさか集って来てな、
パチンと叩くと音で獲物に気付かれるから、そろりと潰さないといかん。
帰りはダニだらけの獲物を血でドロドロになりながらジャングルの中を
担いで来るんだぞ!! お前、出来るか!?」

ひえ~っ!!

とりあえず昔叔父さんに貰ったサバイバル・ナイフのホルダーを
ベルトに通し腰にぶら下げた。
子供の頃からの俺の勇気のお守りだ。

「 これ使ってみるか?」

 テーブルの隅にあった長さ30㎝程のスコープを手渡した。
覗いてみると中心を十字が刻み線にミリ単位でメモリが打ってある。
ゴルゴ13の代物だ!!
スコープを覗きながら遠くにいる犬に十字を重ねると3倍くらい大きく見えた。
遠くに映る静寂がリアルである。

「 細い方の銃に付くんじゃないか? 
万力があるから行く前に照準合わせてみろっ。」

 壁に立てかけてあった22口径ライフルを手に取り、
スコープの支えを銃の上部にスライドさせるとピタリとフィットした。
ドライバーでネジを固く絞め固定する。

スコープを取り付けると「 ものすごくヤバイ銃 」になった。
プロの銃である。
22口径と弾が小さいのが逆にヤバイ。
銃声も静かだ。

 結構ワクワクしながら家の前に小さい机を出し万力を固定した。
ぐるぐると金具を回して万力を開きライフルを挟んだ。
およそ120m先の木の根元に照準を机を動かしながら合わせる。

木の根元まで空になったビール瓶を置きに行った。
銃まで戻り銃自体の照準を机を微妙に動かしながら遠くのビール瓶に合わせる。
続いてスコープを覗き十字の中心がビール瓶に重なるように
スコープの調整ネジを回して上下左右を合わせ中心にピタリと留めた。

とりあえずこんな感じかな。
カチャリとバーを引き、カチャリと弾を装填した。
22口径とはいえ実弾をスコープ付きで撃つのは初めてだ。
テンションが少し上がる。

銃を構えスコープを覗くと拡大されたビール瓶が映り、真ん中に十字が薄く重なる。

息を止め、引き金を引いた。
パーン!

スコープの中で拡大されたビール瓶が弾け飛んだ。
一瞬の事である。
スコープに映る対象が飛び散る様子はスローモーションのように脳裏に焼き付く。

でもビール瓶では正確にどこに当たったか分からない。
来る時に日本の空港で買った雑誌を出し木の根元に立てた。

また銃まで戻りカチャリと空の薬莢を飛ばし、カチャリと弾を装填した。
スコープを覗き込みながら微妙に机を動かし、
雑誌の表紙をでかでかと飾るアイドルの眉間に十字を合わせた。

どんな雑誌だよ?
息を止め、引き金を引く。

パーン!

いそいそと木の根元まで確認しに行くとアイドルの首に弾が当たっていた。
弾は雑誌を貫通し、木に開いた穴から樹液が垂れている。
結構下だな。
炎天下の下ハアハア息を切らせながら銃にたどり着いた。
スコープを覗きながら調整ネジを動かし、弾が当たったアイドルの首に合わせる。
カチャ、カチャッと銃をセットしてスコープを覗き
またアイドルの眉間に十字を重ねた。
息を止め、ハアハア、ハアハア
駄目だ、まだ息が上がってる。
本番のスナイパーとはこんな感じだろうか。
炎天下だと120mの距離でも往復してると息が切れる。
汗もびしょびしょだ。
深呼吸をして意識を集中させ、スコープを覗く。
遠くでアイドルが笑っている。
アイドルの眉間に十字を重ねる。
また深く吸い、息を止めた。
あばよ。

パーン!

射撃場で撃った事は無いが普通こういう場合、
手元の双眼鏡で弾の当たった位置を確認する。
無いのでまた木の根元まで120m暑い中歩いた。
そしてまた戻らないといけない。

弾はアイドルの片目を貫いていた。
写真が少しホラーっぽくなっている。
銃まで戻り汗を拭いた。
スコープを覗き、横の調整ネジを調整する。
銃をセットし、息を止める。
さばら。

パーン!

ハアハアと木の根元まで行くとアイドルの額に小さい穴が空いていた。
ハアハア、今日のところはもうこのへんで許してやろう。
ハアハア。

 軒先の日陰に避難しアイドルの顔に穴の空いた雑誌を手にハアハア言ってると、

「 当たるようになったんだか? 」

叔父さんが家から出て来た。

「 こんなのもあったぞ。 撃ってみるか? 」

手には銀色にピカピカと太陽に反射するチャカが握られていた。
32口径。名も無いアルゼンチン製のリボルバー式拳銃だ。
金具をずらし回転するリボルバーをカシャッと横に開くと、
鈍い金色の弾が5発装填されていた。
そこまで古くは無いがシンプルな作りで西部劇に出てきそうな銀色の拳銃である。
友達の家にあったへんなモデルガンより軽くてちゃっちい。

木の根元にビール瓶を3本立てた。
50mの位置から立ったまま真ん中のビール瓶を狙う。

引き金を引っ、引けないっ!?
安全装置をカチッとずらし、狙いを定めて引き金を引いた。

バーーン!!

当たらない。
乾いた衝撃が手の平に響く。
続けて

バーーン!!

また外し、地面の土が弾けた。

バーーン!!

また外す。
もう少し近付き

バーーン!!
パリ~~ン!!

ビール瓶が弾けた。
続けて横のビール瓶を

バーーン!!

また外す。
手がしびれてきた。

カチッ、!

「 ハハハ、もう弾切れだ、全然当たらんようだな。こっちのも試してみるか? 」

ボートで撃った黒いS&Wの38口径リボルバーだ。
ずっしりとしていて弾も一回り大きい。
安全装置を外し左手で底を支えて構える。

バゴーーン!!

太い銃声が地平線に広がった。
ずっしりとした衝撃が肩まで走り、跳ね上がった銃口から細い煙りが立ち登る。
ビール瓶は爆破されたように弾け散った。

バゴーーン!!

轟く銃声と共に最後のビール瓶が粉々に吹っ飛ぶ。

「 ちゃんとした銃は弾がでかくても当たるなぁ 」

もう一度木の根元に雑誌を立てに行くとガラスが散乱し、
木に空いた穴が弾け、ダラダラと樹液が出ていた。
「 木がかわいそう 」と、精霊が言った。

遠くに離れ、アイドルの頭に銃を向ける。
目を瞑って深呼吸し、さよならを言いながら引き金を引いた。
地平線が広がり、微風が抜けてゆく。

バゴーーン!!

澄み切った空に銃声がこだました。

片手を腰にあて銃口から細く立ち登る煙りをかっこよく吹く。
いそいそと近くまで確認しに行くとアイドルの眉間に穴が空いていた。

「 いい銃だ 」
ハアハア、もう今日の所はこのへんでいいだろう。
ハアハア
木もかわいそうだし・・・・

万力からライフルを外し散弾銃と一緒に車に積み込んだ。

「 ぬかるんでるから長靴履いてった方がいいぞ~っ!! 隅にあるの使え~っ!!」

部屋のベットに腰をかけ、長靴を履いていると、

「 履く前にガンガン叩かんとっ、クモやらサソリが奥におるぞっ!!」

急いで途中まで入れた足を抜き出した。
ガンガン床に長靴を叩き付け、先っちょも踏み潰した。
奥に何もいないか手を入れて確認するのが怖い。
もう一度先っちょを何度も強く踏み潰ぶす。

俺はクモが大の苦手だ。
恐ろしい。
ムカデやサソリなんかは大丈夫だが、
あのクモの速さと足の毛深さには身の毛がよだつ。
厚木の山奥の家では、しょっちゅう手の平サイズのクモが、
ササッっと出て来てド肝を冷やしていた。
風呂に入っている時、湯船の脇から目の前に
でっかいカニみたいな毛深いクモがサッっと飛び出した時は
腰を抜かし、命からがら風呂場から這い出して膝を擦りむいていた。
巣から大量の子グモが涌き出してる光景は地獄絵図である。
多分それが始まりであろうか。
もっと小さい時に消し去った、クモにまつわるとんでもない記憶が
トラウマになっているんだと思う。

部屋の入口に立ち、左で右手を擦りながら指先を見つめ、叔父さんが話す。

「 ク~モに噛まれた時はひどかったぞ~~っ!! 
狩りの時に使うジャングルの山小屋でな、タバコを取ろうとして
棚の上に置いとった紙袋に手ぇ入れたら、チクッ!!っとして指先を噛まれてなっ。 
でっかい毛ガニの子供みたいな黒いクモが出て来てっ!! 
みるみるうちに手がパンパンに腫れてな~~  腕まで腫れ出して、
ズッキズキと凄い痛さだったぞ~!! 誰もおらんから
歯でベルトをギュッと腕に締め上げてな、そこから片手で3時間くらいかけて
一番近くの病院まで運転して・・・・・もう着く頃にはフラッフラで・・・ 
意識が朦朧としてて・・・危なかったぞ~!! 手ぇはしばらっく腫れとったな~ 」

ひえ~~っ!!
クモの恐ろしさの幅が広がった。
俺はその山小屋には行った事は無いが、前に兄貴が話していた超ヤバイ山小屋の事だ。
マウイ島で波乗りをした時、トヨタのピックアップ・トラックを運転しながら
兄貴が参った顔で山小屋の話をしていた事を思い出す。

「 あん時はヤバかったな~~。 ホルヘって云う叔父さんと、
上、裸で汗ビチョの現地人2人、日本から一緒に来た友達と
5人で行ったんだけどさぁ。永遠とジャングルの中を鉄砲担いで歩くんだけど、
やっと着いたと思ったらまず草刈りから初めて、やっと小屋が出てくる感じ。 
草刈りしてるともうバカでかいネズミとか!ヘビが!!
うじゃ、うじゃ!!出て来てもう最悪っ!!小屋は4畳くらいかな
板が張ってあるだけの。蚊だらけで超~~ヤバい場所だよ!!」 

「 マジで~~、クククッッ!」
兄貴は俺と違い、狩りなんて全く興味が無い。
一日に3回くらいオシャレな服に着替えたりする気分屋だ。
以前はマンハッタンに住み、フランスの有名老舗ブランド、
バンクリの宝石デザイナーをしていたくらいだ。
もうその世界は嫌になったと言っていた。

「 夜中に小屋を出てアルマジロを捕まえに行くんだけどさぁ。 
真っ暗闇で視界は月明かりに反射するガイドの背中までだね。
周りは背丈以上のアシに覆われた湿地帯で
靴の中までグッチャグチャのドロンドロン!! もう悲惨だったな~~っ」

「 キツいね~、クククッ、懐中電灯とか点けれないの?」

「 懐中電灯は昔の豆電球のヤツで、5人でひとつ。・・・・・・。」

「 ぷぷぷっっっ!!」
電気5人で一つってのが笑える!!

「 ホント真っ暗だからはぐれないようにしてた。 先頭のヤツが山刀でアシを
バシバシ切りながら進むんだけど、獲物の手掛りは遠くで吠える犬の鳴き声だけ。
 獲物を見つけてギャンギャン犬が吠える方向に
ひたすらグチョグチョになりながら前にいるヤツを見失わないように
必死で進むしかないって感じだよ、マジで!!」

「 悲惨だな~~、ぷぷぷっっ!!」

「 もうめちゃくちゃ暗闇の中を走ったりするもんだからさぁ、何回もコケたりして、
目の中や体中ドロまみれ!! あ、げ、くの果てに、頼りのガイドが
道に迷っちゃってさぁ~!! 言葉何言ってるか全然分かりません状態だし、
もう真っ暗闇の中、ホント何が何んだか分からない状態でひたすら藪漕ぎしてたね~」

「 ぷぷぷっっ!! 厳し~~っ!! で、その後おうち帰れたの?」

「 何時間も暗闇の中をさまよい続けて、やっと小屋にたどり着いたのは、
薄明るくなってからだね・・・・。 シャワーも無いし、ドロドロのままぶっ倒れて、
しばらく寝ちゃってたみたい・・・・蚊に刺されまくってたけど・・・・・。」

「 地獄だね~~っ!!ぷぷぷっ!!で、何んか獲れたの?」

「 犬が捕まえたアルマジロをぶつ切りにして、
鍋で塩ニンニク炒めで食べたけど、肉が柔らかくて意外と旨かったよ~ 」

「・・・・、へぇ~~~っ・・・・・。」

あの兄貴が悲惨な目にあってるのはおもろいけど、
「 旨かったよ~ 」
なんて、ラストが意外にアッサリと好転しちゃって、少しだけ強がってる感を感じる。
普通、最後に決定的なオチを持って来るのが礼儀である。

アルマジロ
旨かったんなら、しょうがない。
でも悲惨だな。クククククッ

「 でも4畳の小屋にドロドロの5人って、狭くない?」

「 現地のヤツ2人は、ずっと外だったよ。」

「・・・・・・、っ!!??」

「 お~~い!! そろそろ行くぞ~~っ!!」

叔父さんが運転席から叫んでる。
サバイバルナイフを腰にぶら下げて、プラプラと運転席に近づいた。

「 行くぞっ、早よ乗れっ!」

まだ乗れない。

「 あの~、今日ってさぁ、その山小屋ってとこ行くの?」

車の窓から腕を出し、俺を見上げながらニヤッとした。

「 大丈夫だっ!! いきなりあんなとこ連れていかんから、安心せぇ!! 
早よ乗れっ!! ハッハッハッハッハ!!」

ホッとして笑顔を取り戻し、助手席に乗り込んだ。
ああ、良かった。
いきなりあんな山小屋みたいな所に連れて行かれてサバイバルナイフ一本とかで
置き去りにされたりしたら堪ったもんじゃない。
叔父さんの男塾ならありえそうだ。
でも今日の狩りって・・・。 とっても気になる。

演歌の流れるパジェロはガタガタ道を走り出した。
白が途中まで車を追いかけてきて、胸を張ったように丘の上に立ち、
いつまでも車を見ていた。

今日は美空ひばりのカセットテープだ。
あ~あ~~川の流れのように~~と朝から絶好調である。

しまった!! こんな日だというのに、朝ガラナを飲んで来るのを忘れた!!
俺はもうかれこれ20年程、毎朝ガラナを飲み続けている。
気分と体調が抜群に調子いいのだ。

ガラナの由来はアマゾン・インディオの、グアラニー族からきている。
こちらでは、グァラナという発音だ。
 歳を取っても白髪も出ずに、エネルギッシュで若々しい彼らグアラニー族の
不老長寿の秘密を研究していた学者が発見し世に証したのだ。
彼らグアラニー族はガラナの不思議なパワーによって、
狩りで獲物が獲れず何も食べれなくても常に携帯しているガラナの粉だけで
1週間はジャングルの中を走り回れるという。

ブラジルのサッカー選手は試合の時必ずガラナを飲む。
ウォームアップが早くスタミナが持ち機敏な判断力と集中力が備わるのだ。

 気分的にもテンションが上がる所が好きだが、
質の良いガラナとそうでないモノの間には気分の上がり方に雲泥の差がある。
ブラジルではガラナ炭酸飲料がコカコーラと並ぶヒット商品で、
粉末ガラナも安くどこにでも売っている。
しかし炭酸ガラナ飲料もその辺で売ってる粉末ガラナも全然上がらないのだ。
たまに少しシャキッとする粉末ガラナもあるが、
胃がもたれるモノは合成カフェインが混ぜられている証である。
ガラナの鮮度も要因だがそれ以上に産地が重要だ。

最も高品質のガラナが採れるのはブラジル、マウエス産の物だと云われる。
朝、寝起きにこのガラナを飲むと直ぐに視界が広がり、
シャキッと目が覚め、仕事に行く気力が高まるのだ。
昼食後も眠くならず丸一日頑張れるのである。
最も喜ばしい効能は髪が丈夫になり白髪も出ない事でハゲる心配が無くなった。
運転中、眠気の限界がきてガラナに救われた事も何度もある。

多くのガラナの説明文には成分に、タンニン、カテキン、アルギニン、サポニン等、
アミノ酸の他にカフェインが含まれると有るが、
正確にはカフェインによく似た分子構造を持つガラニンという成分であり、
これが良い上がり方をする鍵である。
ガラナは鬱病の改善にもかなり効果的である事は自分の体で実証済みだ。

しかしガラナを飲んで無くても飲んだ時以上に調子がいい。
釣りの時の大笑いで体がリセットされてから、抜群に気分と体調がいいのだ。
やはり健康を一番に保つ秘訣とは笑う事である。
大いに腹の底から大笑いをする事である。

牧場から一本道をひたすら走ると道が枝分かれし
所々に家や建物が現れオンボロの小さな村に着いた。
道の所々に空いたでかい穴を避けながら進み、
コンクリートのガランとした家の前で車を停めた。

叔父さんに続き中に入ると薄暗い。
タマネギやらビール瓶のケースやらが雑然と積み上げられている。

奥のカウンター越しに白人の太ったオバハンが出て来た。
グアラニー語交じりのスペイン語でニコニコと叔父さんと話している。
カウンターの奥の棚には間をすごく空けて缶詰やらが
3つくらいずつ積まれていた。
ガラガラの棚に等間隔でわずかな商品を飾り
商品力を最大限に引き出そうとしている。
オバハンの努力が少し感じられる。
何が売っているのか、ぼけ~っと見ていると
叔父さんはもう車に買った物を積み込んでいた。

「 行くぞ~~!!」

助手席に座った俺にずっしりと重い紙袋を手渡した。
袋の中のずっしり重い箱を開けるとビッシリと22口径の実弾が詰まっていた。

「 そこに100発あるから好きなだけ撃っていいぞ!! 
足りんかったらまた買ってやるから 」

おお~っ!! 俺のお気に入りのライフルの弾を
100発も用意してくれるなんてっ!!
太っ腹とはこの事だ。カッコイイ!!

「 ちょっと腹減ったから、その辺で何か喰ってくか? 」

また車から降り、向かいの家に叔父さんが入って行った。
入口から大声で奥とやり取りをしている。

「 どーしたの? 」

「 何か食べれるか訊いたんだけどカルドぐらいだと。お前、それでいいか? 」

「 何でもいいよ~ 」

奥から白人のぽっちゃりオバハンが出てきてテーブルとイスを出してくれた。

「 ビールでいいか? 」

オバハンが奥から瓶ビールを持って来て
おもむろにビール瓶を自分の口に咥えると、
栓を歯で!? スポッ!!と、開けてくれた。

ぷぷぷっっっ!!
オバハンを見上げると、ニヤッとしながら照れくさそうに、
口からビール瓶の栓をプッ!っと吹いた。
栓はカラ~ンと入口の床に当たりカラカラと外の日差しに転がって行った。

「 看板とか無いけど、ココって一応食堂なの? 」

「 いいやっ、ここは只の知り合いの家だっ。 親父はどっか行っとると 」

「 ・・・・。 えっ!?」

いきなり人の家に入って行き、その家のオカヤンに昼飯を作らせるとは。
その辺で何か食べて行くか?って
そのまんまじゃん、って感じだ。
となりの晩ご飯状態である。
鼻からタバコの煙りを出しまくってる叔父さんが、どんどんヨネスケに見えてくる。
あまり見ないようにしてたが、もう無理だった。

ブブブッッ!!
ビールを鼻からおもいっきり噴き出したっ!!
素早く前かがみで立ち上がり、首を上に上げて対応する。

給食で牛乳を飲んでる時に笑わせる、鼻カラ牛乳。
日本の小学校で流行ってたなぁ。
クラスで一番人気の可愛い娘まで
鼻からおもいっきり吹き出した時は大受けだった。
当時の俺の必殺技は、あえて変な顔を造らず、さりげなく
静かに見つめ、鼻だけピクピクさせる高度な技だった。
鼻カラ牛乳の歌もあったしなぁ、あの頃は何でも大爆笑してたよなぁ。

しかし、これから狩りに行くというのに飯が来るまでかなり待たされている。
南米では飯が来るまでに、ビールでいえば
2~3本分を飲み干すくらい待たされるのは当たり前だ。
急いでる人なんて誰もいやしない。
しばらくしてライスもいるかと訊かれたが、
これから炊き出す恐れもあったので速答でいらないと答える。

やっとオバハンがカルドを運んで来てくれた。
具に牛肉の塊とマンジョカがゴロンと入っている。
牧場で食べたスープと同じだ。
あっさりとしていてコリアンダーの効いた
カメムシの屁みたいな風味が堪らなく旨い。
ナイフで肉を切り口に入れると牧場で食べた肉と同じ固さがした。
こっちに来てから牛肉による慢性的な顎の筋肉痛に悩まされている。
今日は鳥肉が是非食べたい。
今夜はカモ鍋か?

「 セニョリータ ありがとうね~ グラシアス!! カルド美味しかったよ~ 」

お礼を言うと、ハッハ~~ッ!!と大きなスマイルをした。

「 どういたしまして~ 可愛いわね~ また来なさいね~ チャオ~!! 」

きつく抱き付き俺の両頬にキスをぶちゅっと2回ずつしてくれた。
俺も彼女を強く抱きしめ耳元に2回キスをした。
笑顔が素敵な人で、笑顔があくびのように移り、俺も大きなスマイルになった。

カンカン照りの一本道をまたひた走る。
こんな時じゃないと演歌を聴く機会はあまり無いが、
じっくりと聴くとしみじみとして中々良いものだ。
パラグアイにいるというのに心の中にじっくりと日本が入ってくる。
長時間のドライブの間にすっかりと心の中が日本の風景に埋め尽くされた。
叔父さんもたまに北国の曲がかかると軽く口ずさんでいる。

パラグアイの道は北海道の果てしなく続く一本道によく似ている。
無いのは海と冬の景色だけ。
そして音楽は風景をセンチメンタルに色付けしてくれる。

「 あっ、そうだった! 水買っときたいんだけど

「 さっき買っといたぞ。 ビールばっか飲めんみたいだからなっ ハハハ~」

確かに釣りの時は炎天下の下、朝からビールしか飲めなくて正直参った。
今日は大丈夫だな。

何も無い道の途中で脇に入りゲートを開き車を通してまた閉める。
ガタガタ道を進むと家が見えてきた。

中型の雑種犬が3匹程狂ったように吠えながら飛び出してきた。
車の前輪に喰らい付いている!!
叔父さんはスピードを緩める事も無く、無関心に車を進ませた。

車を停めると3人のガウチョのオッチャン達が家の前の日陰でくつろいでいた。
挨拶を交わし輪に入ると叔父さんの次にマテ茶が回ってきた。

マテ茶は目上の者から飲む。
一番下っ端っぽい歯の無いヤツが
牧草のような茶葉が上まで詰まった木製のコップに
ポットのお湯をチョボチョボと注いで、順番に一人ずつ回してくれる。

金属製のストローがコップに刺してあり、ストローの根元は膨らんでいて、
茶葉が入らないよう細かい穴がいっぱい開いている。
この歯の所々ないオッチャン達から回ってきた熱いマテ茶を、
同じストローでズルズル啜るのだ。
兄貴にはこれが結構キツかったらしい。

ズズズッッ
アチチチッッ!!

ヒッ、ヒ~~ッ!! ヘッ、ヘ~~ッ!! ヒ~ッ、ヒッヒ~~ッ!!

ガウチョ達が下品に笑っている。
こんなたわいも無い事でこれだけ盛り上がれれば大したものである。
ストローで吸い込む加減が分からないと
いきなり熱いマテ茶が上がって来て口の中を直撃するのである。
金属製のストローの先っちょでさえ結構熱くなっている。

 杯を回し飲む習慣はアマゾンのインディオ達に昔から伝わる
儀式的なものでもある。
パラグアイの日常に取り入れられた文化であろう。
パラグアイに住む人間にはスペイン、ポルトガル、ロシア系の移民が多いが
元々はインディオの暮らすジャングルであった。
ブラジルには多いのだが何故かパラグアイの田舎では黒人を見かけない。

もう結構な時間マテ茶を回しながらダラダラと話している。
そういえば日本でも野点等お茶を回し飲むよな、飲んだ事ないけど。
でもパラグアイみたいに習慣付いてたら風邪やら肝炎がすぐに感染するだろうな。

叔父さん達はグアラニー訛りで分かりにくいが、
また水田で犬がワニにやられたとか、水を飲んでて頭だけ齧り取られただのと
ワニ談義に花を咲かせている。

これから狩りに行くというのにいい加減そろそろ飽きてきた。
マテ茶ももう結構飲んでいる。
回ってきたマテ茶を断わった。

「 よし、そろそろ行くかっ 」

叔父さんが席を立つ。
ガウチョらに別れを告げ車に乗り込むとガタガタ道を少しだけ奥に進み
オンボロの木のゲートの前で止まった。

「 よ~しっ!! 今からスタートだぞ!! そこのゲート開けてみろっ 」

「 えっ!? ココなの?」

どうやらココが本日の猟場らしい。
いつも寄り道が多いのでまたさらに長い距離を移動するのかと思っていた。
ゲートを開き車を通してまた閉める。

「 後ろの猟銃、出してみろっ!」

スコープ付きの22口径ライフル。
あのヤバイ銃を車の後ろから取り出した!!

「 それと違うっ!!」

窓越しにずっしりとした散弾の弾を2つ手渡す。

えぇ~~っ!! そっちかよ~~っ!! と、心の中で小さく呟いた。
ヤバイ銃を戻し散弾銃を出した。
ガチャリと銃を折り、カチッ、カチッと弾を2発込め
ガチャリと銃を戻しセットした。

「 いつでも撃てるように、窓から構えとけっ! 
ほれっ、行くぞっ! 早よ乗れっ!」

 助手席に乗り込むとガタガタ道に揺られて銃が暴発したら危ないので
銃の安全装置をカチッとロックした。

「 お前っ! そんなの外しとけっ!! すぐに撃てんぞっ!! 」

カチッとロックを外す。

「 いいかっ、そろそろ道の脇からウズラが飛び出してくるからなっ
すぐに撃てよっ!!」

おぉ~っ!! いきなり始まったぜ。
しかも走る車の窓から猟銃を構えてだなんて、ワイルド過ぎるぜ広叔父さん。
シチュエーションは違うがゴルゴ13のワンシーンのようにライフルを撃てるとは
恐れ入る。
この散弾銃は肩がぶっ飛ぶから嫌だけど確かに飛び出す鳥を撃つ場合、
細かい弾が幾つも散らばる散弾銃の方が断然効率的である。

「 いいかっ! 撃つ時はなぁ、まず前方に牛とか人がおらんか、
よ~く注意して見とけよ~っ!! そのすぐ脇におってもいかんのだぞっ!!」

胸ポケットからMarlboroの赤い箱を取り出しタバコを咥える。
カシャリと銀色の古びたZIPPOを開いて火を付け鼻から勢い良く煙りを出した。

「 いいかっ! なるべく ゆっく~り進むからなっ、よ~く見とけよっ!!」

PAJEROの助手席から散弾銃を構え、辺りに目を光らせる。
窓から出した銃身を支える腕に灼熱の太陽が焼けるように降り注いだ。

あ~あ~~川の流れのように~~と美空ひばりの歌が3ラウンド目を迎えた。
叔父さんはこの、川の流れのように~と云うフレーズが好きだと言ってた。
広大なパラナ河に生きる自分の人生と重なるのだろう。
地平線に囲まれた壮大な風景にこの優優としたメロディー、
彼女の堂々と澄みきった心の歌声が溶け込んでゆく。

広大に広がる地平線の手前に緩やかな谷が下りジャングルが広がっていた。

「 この先に低く下っとる所が見えるだろ。 あっこには川の水が入り込んどって
よ~く動物が集まっとるんだっ。 その奥~の方に行くと水田が広がっとって
日本米を作っとる。日本から持ってきた種米を増やしてな
こっちの気候に慣らしとるんだわ。 水田の方から先見てみるか?」

ガタガタ道から外れ、道では無いアップダウンの激しい斜面を
前後左右に激しく体を打ち付けられながらMONTANAと名前を変えられたPAJERO
一直線にゆっくりと水田へと向かった。
ガッタガッタ、ガッタガタ。
窓から出した腕が窓枠にガンガンぶつかり銃なんか出していられなくなった。
しばらくめっちゃくちゃに揺られているとやっとなだらかな地面になってきた。

「 よしっ、ここが水田の入口だ。 そこのゲート開けてみろっ!」

降りてゲートを開け閉めするのは結構めんどいが、
ゲートを開く度に新たなステージにレベルアップして
再スタートする感じが興奮を盛り上げる。
このゲートは牛が入り込んで稲を荒らさないように設けられていた。

「 よしっ このままエンジン切って置いとくぞっ
ゆっく~り歩いて行くからなっ 」

道の両脇には膝の高さまでに育った稲がびっしりと遥か奥の方まで続いてる。
両脇に続く浅い水路をよく見ると8㎝程のハヤに似た魚が何匹も泳ぎ
時折ピチャッと水面を弾いていた。
しばらく水路にしゃがみ込み、透明に流れる水槽をじ~っとはまって見ていた。
かすれた小声で俺を呼ぶ叔父さんの声に我に返った。

「 お~いっ おったぞ~ あっこに見えるかっ? 」

右奥の稲の茂みに白や赤、ピンク色のサギや、
ツルのような足の長い水鳥達が10羽程集まっている。
その奥には緑鮮やかなジャングルが広がっていた。

鳥達の楽園だ。
美しい。
白い鳥のペアーが水滴を散らしながら長いくちばしを交互に空高く上げ
カツカツと鳴らしながら時折羽根を広げ、求愛のステップを踏んでいる。
色鮮やかな鳥達の宴は一面の緑にくっきりと映え
一枚の美しい絵画のように輝いていた。

「 お前、あれまとめて撃ってみろ。」

げっ、マジで!? 嫌だな~、あんな綺麗な絵に穴を開けるなんて。
叔父さんの男塾ではかわいそうだから撃てない、
なんて言うのは御法度だろう。
しかし撃たないと云うのも自分の意思である。
こちらの気配に気付いた瞬間、鳥達は一斉に飛び立つだろう。

もう撃つしかない。
とりあえずこの場合、散弾銃の方が弾が散り、複数の鳥が獲れる確率が高まる。
手に持ったヤバイ銃を叔父さんの手にある散弾銃と交換した。
距離約100m。
速やかに猟銃を構えると銃身を支える手や首にチクチクと蚊が刺してきた。
車を降りた時から集られてはいたが
静止した状態ではまさに蚊どもの格好の餌食になる。

美しい鳥達の宴に銃口を向けた瞬間、最後に撃った鳥の事が頭をよぎった。
高Ⅰのコロンビアでのあの日以来、俺は鳥を撃っていない。
あの忘れられない悲惨な光景は未だに脳裏に深く焼き付いている。
赤く夕陽が射したボゴタの公園でのあの日以来。


  「 コロンビアの赤い夕陽 」

南米で最も治安の悪い都市、
コロンビアの首都ボゴタに移り住んだのは中2の始め頃だった。
アンデス山脈の標高2600mの位置にあり、
一年中秋のような気候で昼間でも少し肌寒い。
空気が薄く、母もよく頭痛に悩まされていた。
高地の為、睡眠も浅く熟睡は出来ない。

俺が住んでいた当時は左翼ゲリラとコロンビア政府軍との争いが
丁度ピークを迎えていた。
首都ボゴタにある国会の古いレンガ造りの建物がゲリラに占拠され、
政府軍との激しい市街戦が始まった。
大勢の人質がゲリラに皆殺しにされた。
政府軍は建物に戦車から砲撃し、でかい穴を開けた。
その後ゲリラも政府軍に皆殺しにされた。

道のあちこちに政府軍の兵士が立ち、戒厳令が出された。
またしばらく外出禁止だ。
家の近くにあったフランス大使館がゲリラに爆破された時も凄かった。

ドッカーーーン!!!!

爆音と共にでかい地震のような地響きがして、グラグラとアパートがしばらく揺れた。
バラバラバラ~~ッと、窓が割れるくらい鳴り響いていた。
その数分後また

ドッカーーーン!!!!
バラバラバラバラ~~ッ!!
グラグラグラ~~!!

市街戦が無い日でも、どっかしらで四六時中、朝がきても銃声が鳴り響いていた。
同じ国の人間がお互いを潰し合っている。
本当はどちらが正しいのか?
実は政府側も悪いヤツだらけだ。
奪い合っているのは利権。

コロンビアは 「 財宝の上に乞食が座っている国 」とも云われる。
石油を始め様々な天然地下資源、エメラルドなどの宝石、広大なジャンルの木材、
カリブ海の漁業権と、果てしない財宝の上で人々は貧しい生活をしている。

当時のボゴタの街は荒れ果てていた。
人々はボロボロで、飢えてる人達が大勢いた。
街中どこにでも物乞いをする小さい子供や
赤ちゃんを抱いたボロボロの母親が座っている。
この国には争いに金を使い果たし、国民にまで施す手段が無いのだ。
断水や停電はいつもの事。
スリ、ひったくり、強盗、誘拐、殺人、銃撃戦はありふれた日常だった。

信号待ちでナイフを背中に突き付けられた事もある。
母はネックレスを引きちぎられていた。

2チャンネルしかないテレビの映像は放送規制も無い。
爆破でぐちゃぐちゃになった死体や、半目を開けた銃殺死体など
悲惨な映像が常にニュースで流れていた。

マクドナルドがボゴタに一軒だけあった。
一度だけ入った事がある。
席に着きハンバーガーにかぶり付く。
ふと外を見るとガラス越しに何人ものインディオの幼い子供達が
黒く汚れた顔をガラスに付け、中で食べている様子をジッと見ていた。
裸足の子も何人かいる。

すぐにハンバーガーを袋に閉まった。
こんなにボロボロな幼い子供達の前で
俺のようなバカがのうのうと飯を喰ってるなんて。
窓の真横で太った白人のオバサンが大口を開けてビッグマックを貪っていた。

薄汚れた顔の幼い女の子が二人入って来て俺の横に来た。
一人はキャラクターシールのシートを何枚か持ち
もう一人は赤いカーネーションを持っている。

「 ポルファボール、これ買って下さい 」

母が多めにポテトとハンバーガーを買い、みんなで食べなさいと女の子にあげた。
すぐに店を出た。
飢えたボロボロの子供達の前で飯を喰う事なんて出来ない。
しかし、その場その場で何かあげてもキリが無いのだ。
この国はそんな子供達で溢れている。

小さい子供がオバサンの耳元にささやく様に話しかける。
オバサンがしゃがみ込み、何か聞こうとした所を耳を引きちぎりピアスを奪って行く。
コロンビアでは耳たぶが切れているオバサンをよく見かける。

子供が大人にぶっ飛ばされている光景もたまに見た。
泥棒でもして捕まったのだろう。
泣きながら容赦なく殴られ、踏みつけられていた。
余程腹でも空かせていたのか、家族の為なのか。
子供でも泥棒なら半殺しにしていいのだろうか。
この子には一生消えない人への憎しみが植え付けられたであろう。

コロンビアは美しい自然と深い悲しみに溢れている。
本来はインディオ達が幸せに暮らすべき土地であるはずなのに。
文明が発展する程に貧富の差が開き、先住民が虐げられる。

ボゴタの治安はこんなに酷い状況だ。
こんな環境の中、日本を出る直前にとんでもない事が起こり、
俺の心はめっちゃくちゃに壊れていた。
気分が死ぬ程落ち込み、心の中の葛藤と向き合う日々が永遠に続いていた。
自分の人生に於いて、この時期が一番キツかったかもしれない。
あれさえ無ければもう少しはコロンビア生活を楽しむ事が出来たであろう。

コロンビアに来てすぐに、町のスポーツ用品店で見つけた空気銃を買った。
銃好きは物心付くぐらいから遊んでいた骨董品の本物ブラジル製拳銃が切っ掛けだ。
それが弾の出る銀玉鉄砲に変わり、小5で日本に来てからは
お年玉で初買いしたプラスチックの弾の空気銃に夢中になっていた。
最初に買ったのは、BOLT888と云う全体が木目調のライフルだ。
おもちゃの空気銃なので鳥が死ぬ威力ではない。
その頃は空気銃仲間とよく撃ち合いをしていた。
弾に火薬を仕込んで撃つと当たった所が破裂して皆ビビっていた。

コロンビアで買った空気銃は本物だった。
日本では登録が必要な代物である。
アメリカ製、Daisy社のライフル型空気銃で直径6㎜の小さい鉄のBB弾か
てるてる坊主型の空洞になった鉛の弾を使う。
引き金の先のバーを開き、また閉じる毎に空気が圧縮される仕組みで
回数を重ねる毎にバーが閉じにくくなり、空気の圧力が増してゆく。
限界は10回までだ。
買ってすぐバーを1回だけ開き、
一番弱い空気の圧縮で部屋のドアを撃ってみたら穴が空いてしまった。
ベニヤのような薄い板が張られた空洞のドアで、板が一枚貫通していた。 
試しに10回空気をポンピングして鉄の缶を並べて撃ってみると2本貫通した。
アルミ缶ではない。

その凄い威力に感動したのを覚えている。
しかも100m先の的に正確に当たるのだ。
郊外での渓流釣りなど機会がある度に空気銃を持ち出し鳥を落としていた。
コロンビアでの渓流釣りは素晴らしい。
他に釣り人がいないので魚が全然スレていないのだ。
鮮やかな野生の欄が所々に咲き乱れ、すべての淵が美しい絵画のようだ。

鳥は家に持ち帰り羽根を毟り、毎回大量に釣れるヤマメと一緒に
油で揚げて食べていた。
まあまあの旨さだ。

最後に撃った鳥は悲惨な死に方をした。
夕方、広々とした緑が広がるボゴタの公園で鳥を撃っていた。
低い枝にスズメが群れで飛んで来て止まった。
5羽程が枝に並び、空気銃のスコープに映し出した。
真ん中のスズメに十字を重ね、引き金を引いた。
パシッと鉄のBB弾が発射され、スズメが一斉に飛び立った。

あれ? 落ちない 外れたか?
一羽だけ枝に止まったままで、動かないスズメがいた。
どうしたんだ? 様子がおかしい。
近づいても止まったまま動かない。
後ろからギリギリまで近づいても逃げずに小刻みに体を振るわせている。
正面からスズメの顔を覗き込むと、くちばしを根元から完全に失い
赤い血が顔からポタポタと地面に落ちていた。
放心状態で夕陽を見つめながら枝にしがみつき、小さな体を震わせていた。

厚木でのお別れ日、涙でぐちゃぐちゃになりながら顔を真っ赤にして
小さな体を振るわせていた、のぶちゃんが急に頭に浮かんだ。

コロンビアに行く直前のあの日、夕陽が沈む多摩川で一人堪えきれない悲しみに
涙でぐちゃぐちゃになりながら、打ち拉がれていた自分の姿と重なった。
心臓が張り裂け、涙がこぼれた。

「 俺はなんて事をしているんだ 」

すぐにスズメの頭の後ろに銃口を近付けた。
最後の一発を発射し、スズメは地に堕ちた。
食べるのなら許される。といった問題じゃない。
この悲惨な光景は未だに深く心に刻み込まれている。
あの日の赤い夕焼けは忘れられない。
あの時、もう鳥は撃たないと心に決めたはずだった。



    「 命を奪う 」

「 はやく撃たんと、逃げるぞっ!!」

ハッと我に返った。
引き金に掛けた指にチクッと蚊が刺し、それと同時に引き金を引いた。

ドカーーーン!!

爆音が轟き、まるで爆弾テロのように平和が引き裂かれた。
鳥達は足をすくわれたように驚き、
ギャーという悲鳴と共に大慌てでバラバラの方向に飛んでいった。
水田の奥には2羽の鳥がバタバタと、もがいている。

「 早く行って、取ってこいっ!! 」

水田に足を踏み入れると、すぐに長靴に水が入ってきた。
ぐちゃぐちゃと一歩踏み出す度に無数の蚊が飛び立ち顔中に集る。

白い小型のツルのような水鳥が羽根をバタ付かせている。
片方の羽根がだらりと下がり、飛び立てずにもがいていた。
近付くと長い首を後ろに引き、勢いを付けるように尖った長いくちばしで
突き刺すように突いてきた。
捕まえようと手を伸ばす度に必死に突いてくる。
身を引いて尖ったくちばしを何度も避けた。

「 大丈夫だっ!! もう死んどるからっ そのまま捕まえれっ!!」

叫ぶ叔父さんを尻目に、22口径のライフルの弾をカチャリと装填した。
正面から長いライフルの銃口を鳥の頭に近付ける。
真っ白な水鳥の目は青く澄み渡り小さな黒い瞳孔は鋭く銃口を睨んでいた。

パーン!!

軽い銃声と共に田んぼの水が弾け飛び、白い水鳥は水の中に頭を沈めた。
鮮やかな緑と豊富な水、輝く太陽の下、
この美しい鳥が輝かしく過ごした日々を俺は消し去った。
何年ぶりだろうか、こんな気持ちで心臓が張り裂けそうになるのは。

悪いことに奥でバタ付いている鳥はもっと綺麗だ。
必死に抵抗していたが、くちばしが鋭く無いので羽根先をつかみ回収した。

 「 そのまま、後ろに入れとけっ! 次、行くぞっ!」

生きたまま車の後部に入れるが、いつまでもバタバタしていた。

コロンビアで日本から来たばかりのヤツを連れて鳥を撃ちに行った事がある。
俺が空気銃で撃ち落としたハトくらいの大きさの水鳥はまだバタバタしていた。 

すぐに死なずにもがいている鳥は一番厄介だ。
とどめを刺そうと銃口を鳥の頭に近付ける俺をそいつは止めた。 
そいつ自身その前に大型の鳥を散弾銃で撃ち殺しているのに
かわいそうだと言って俺を止めるのだ。

「 じゃあ、好きにすれば。」
手負いの鳥を渡すと、そいつは地面に鳥を置き

「 そのままにしといてあげようよ 」と言った。
鳥は痛みと恐怖を感じ続けながら徐々に弱る。
無数のアリに少しずつ肉を喰いちぎられながら長い時間もがき苦しむだろう。
同じ死なら、とどめを刺されてあっという間に死ぬのと
苦しみながらゆっくりと死ぬのとでは、どちらがいいのであろうか。
引き金を引いている以上かわいそうと云う言葉を使うのは矛盾している。
虫や魚は殺してもいいが鳥や動物はかわいそうと云うのも矛盾である。
肉は食べているけど殺したのは自分じゃないから気にしない。
この肉はすべて動物が殺される事によって提供されているという事を
どれだけの人間が実感しながら食べているのであろうか。

地平線の先をぼんやりと眺めながら、しばらく車に揺られていると
開けた草原に出て車を停めた。

「 このすぐ先の下った所に池があるから、ゆっくり歩いて行くぞっ!」

叔父さんはまるでゴルフカートを運転するキャディーさんのようだ。
その距離やどこから撃つといいかなど、適切なアドバイスをしてくれる。
プライベート猟場とはこの事だろうか。

池は草原にぽっかりと空いた大きな穴のようで低い位置に水を貯めていた。
直径100m程の池だ。
この為に植えたと言っていた池の上の低木の茂みからそっと眺める。
池の奥につがいのカモがいた。

「 スコープ使ってみるか?」

いよいよヤバイ銃の出番だ。
22口径ライフルにカチャリと弾を装填し、スコープにカモを映し出した。

距離約130m
遠くで水を浴びる静寂の中のカモに十字を重ねる。
頭では無く胴体。
心臓あたりを狙った。

鳥を撃つ時、その鳥を殺したいと思う事は一度も無い。
また鳥撃ちが楽しいと思った事も無い。
撃つ時に思うのは、ただ単に当たるかどうか、と云う事だけだ。
しかし当たった時は決まって嫌な気持ちが心を埋め、重ねた罪に絶望する。
逆に外れた時は何故か少しホッとする。

息を止め、カモの動きが止まった瞬間、引き金を引いた。

パーン!!

静寂の中のカモは羽毛を飛び散らせ、弾け上がり水に堕ちた。 
水面に羽毛が散らばる。

ドカーーーン!!

すかさず叔父さんも飛び立つもう1羽を低い位置で撃ち落とした。
羽毛が微風に流されてゆく

池の縁まで行き、即死した2羽のカモを回収した。
車の後ろのでかい麻袋にカモを入れ、またゆっくりと走りだす。
しばらく続く草原を走り、また車を停めた。

「 この先にもう一つ池があるから、静かになっ 」

池の上の低木の茂みまでそっと近づき
池を覗くと白いサギが縁に立ち小魚を狙っていた。
池の中心や奥に5羽のカモがバタバタと羽根を広げ水浴びをしている。

「 次は俺に撃たせてみろっ。 人が撃つのを見てると腕がウズウズしてくるわっ
見本っちゅうもんを見せてやるから、よく見とけよっ 」

叔父さんの目付きが鋭く変わった。
こ、これは、ゴルゴ13の目だ!!
池を睨み付けている。
背も高くガッシリとしている。
若い頃はボクシングに明け暮れていたそうだ。

その瞬間、サッと猟銃を構えると
一瞬の躊躇もなく即座に引き金を2回連射した。

ドカーーーン!!

池の水が弾け、カモの羽毛が飛び散った。

ドカーーーン!!

飛び立つ間も無く、二羽目のカモは低い位置で羽毛を空中に散らし水に堕ちた。
池の二カ所で羽毛が宙に舞い、微風に流されてゆく

さすがである。
あの俊敏で正確な二発目の発射には恐れ入る。
無言で池を睨みながら猟銃をガチャリと折る。
空の薬莢が白い煙りの線を引きながら飛び出し地に落ちた。
まだ薬莢からは細く白い線が昇っている。
胸のポケットからタバコを取り出し、
カチャリと火を付けると無言のまま池を眺め、煙りを吐いた。

ゴ、ゴルゴを見た。
確かに俺は、本物のゴルゴ13を見たのだ。
しかし叔父さんはどう感じているのだろうか。
終止無言で表情が落ちているようだ。
やはり漠然とした嫌な気持ちが心を埋めているのだろうか。

「 もういいだろ、結構獲れたし。 もう帰るか 」

回収した2羽のカモのうち1羽はまだバタバタと生きていた。
叔父さんが表情も変えずに、暴れるカモの首を
雑巾を絞るようにひねり上げ、カモは息絶えた。
手渡されたカモは首がだらりと下がり薄目を開けていた。

「 袋、入れとけっ。」

叔父さんが麻袋を開くと中は鳥でいっぱいになっていた。

「 結構、獲れたなっ 」

叔父さんがニコやかに鳥のいっぱいに詰まった
でかい麻袋を肩に背負った。

あっ!! ヤバイ。
また重なっちゃった。
こ、これは・・・
傾いた陽を背に浴び、ニコやかに笑う白い歯
鳥がいっぱいに詰まった麻袋を背負う日焼けした叔父さんは

「 パラグアイのサンタクロース 」みたいになっていた。

クリスマス・プレゼントのカモに大喜びするパラグアイの子供達を思い浮かべた瞬間
俺の爆笑が解き放たれた
ぷっふぁ~~っ!! はっは~っ!! ひっ、ひ~~っ!!

もう我慢する事無く、腹の底から大笑いした。
しかし南米の子供なら薄目を開けたカモでも本気で喜ぶだろう。

「 お前、突然と何が可笑しいんだ? 楽しいのか? 」

でかい麻袋を背負い、ニコやかに訊くが

「 お前、プレゼント何が欲しいんだ? カモでいいのか?」

に聞こえ、さらに爆笑を高める。
ぷっふぁ~~!! はっは~っ!!
またしばらく大笑いをした。
ハアハア、もう腹筋が苦しい。
笑い過ぎで喉が渇いた。
冷たい水が飲みたい。

後ろのクーラーボックスを開けると氷の中にキンキンに冷えたビールと
2ℓペットボトルのコカコーラが一本入っていた。
水は無い。
南米ではコカコーラが水なのだ。
俺も物心付く前からブラジルでコカコーラをガブ飲みしている。 
南米ではへたな水を飲むより、コカコーラの方が細菌が発生せず安全なのだ。
氷は絶対に入れない方がいいだろう。
コロンビアで2週間も続いた腹痛では、
医者にアメーバがいると言われ、しばらく強い薬を飲んでいた。
コロンビア人がお米とココナッツを混ぜ
コカコーラで炊いていたのを見た時には驚いたが
ステーキや揚げた魚の付け合わせとしては、なかなか旨かったのを覚えている。

プシュッとキャップを開き、キンキンに冷えたコカコーラを流し込む。
ピリピリとした爽やかな炭酸と欲していた糖分が喉の奥に広がり
体がビクビクッとした。
灼熱の太陽の下で飲むキンキンに冷えたコカコーラは格別の喜びだ。
久々に旨いコーラを飲んだ。
大笑いをしながら冷たいコカコーラを飲むと、
さっきまでの嫌な気分がシュワッと炭酸のように消えていった。
あぁ、コカコーラ
もう一杯。

今日の猟もこれで終わりだ。

「 よしっ、奥の水場で獲物捌いてから帰るぞっ。」

ガッタガタとPajeroは進む。
牧場の細い道に出た。
両脇には腰の高さまで雑草が生い茂げり、地平線に囲まれた。
ふと急に車が止まった。

「 おっ、あっこにネズミがおるぞっ!! 早く撃て!! 」

50m程先の道の端、雑草の脇にモルモット程の大きさの動物が出て
ちょこんと立ち、こちらを警戒して見ている。

「 降りたらすぐ逃げるからっ! 窓からすぐ撃てっ!!」

俺は散々鳥を撃ってきたが哺乳類を撃った事は一度も無い。
あんなヤツを撃ったら鳥以上に嫌な気持ちに襲われるのは分かっている。

「 え~~っ!! だってあれ食べれるの~っ!? 」

「 お前っ、何やってんだっ! 逃げるぞっ! 早く撃てっ!!
 あいつは稲を食い荒らす悪いヤツだからっ!! 肉も旨いからっ、早よせっ!!」

車の後部座席に移り22口径のライフルにカチャリと弾を装填した。
車の窓からライフルを構えるとアイツはまだ立っていやがった。
早く草陰に隠れればいいものを。

害獣だと云う事と食用と云う言い訳を得たが、正直あまり撃ちたくは無い。
しかし叔父さんはやたらアイツを毛嫌いしている。

スコープ一杯にヤツが映し出された。
50mの近さだと結構大きく見える。

ちょこんと立ったまま口をモグモグさせたり、鼻をピクピクさせている。
ヤツの顔はまるで子供の頃好きだったネズミの漫画のガンバにそっくりだ。
のんきな所がよく似ている。
でもアイツは悪いヤツなんだ。
ガンバの胸の中心にスコープの十字を重ねた。
音の無いスコープの中の世界。
静寂の中にヤツの今生きている陽に照らされた日々が映り込む。
次の一瞬にしてその輝かしい日々が真っ白に消え去る事など思ってもみないだろう。
子供の待つ巣にはもう戻れない。

お前さんには何の恨みも無いが、叔父貴のシマを荒らしている以上
それなりの落とし前を付けて貰うぜ。
叔父貴が一生懸命に作り上げた日本米をたんまりとアジトに貯め込みやがって。
太てぇ野郎だ。
てめえのような野郎が増えると、このシマはどんどん悪くなって行く一方だ。

まるで本物のドンを狙っているようだった。
息を止め、ヤツの胸に重なった十字をピシッと静止する。
人差し指に軽く力を加え、引き金を引いた。

パーン!!

静寂が引き裂かれ、微風が抜けていった。
タンポポの綿毛を吹いたように白い毛が宙に散り
スローモーションのように一回転して、ネズミは地に堕ちた。

スコープから目を外し、現実の太陽が降り注ぐ。
ライフルの銃口から細長い煙りが白く空に流れていった

ああ、俺はまたやってしまった。

見に行くとガンバは胸から血を流し即死していた。
生きてもがいたりしてなくて良かった。 
苦しんでいるコイツにトドメを刺すのは凄く嫌な気分だろう。
長距離で狙い即死した場合より目の前でトドメを刺す方が
命を奪うと云う実感と罪悪感に襲われる。

戦争でミサイルを撃つヤツも長距離なので殺人の実感は湧かないだろう。
しかし命乞いをする人間の頭に銃口を突きつけ、撃ち殺した場合
一生もしくは死後までも悪夢にうなされるであろう。

父のJICAの友人はコロンビアでゲリラに研究農園を襲われた時
ひざまずき至近距離から額を撃たれて死んでいた。
そこにいた人間はすべて皆殺しにされたのだ。
ゲリラにとって政府に協力するものはすべて敵である。
農民に必要であると思われる技術援助でさえも
土地や利権が絡むと障害が発生する場合もあるのだ。

ガンバの目を閉じ、麻袋に入れ、また車を走らせた。
急に道の脇からバタバタとキジのメスのような茶色い鳥が飛び出した。
斜に陽が射した地平線を低くく慌てて飛んでゆく。
上に飛び立つと撃ち落とされる事を知っているのだ。
低く飛び、地面の色に溶け込むように逃げてゆく。

「 お前っ!!今のがウズラだぞっ!! あれが一番旨いんだぞっ!! 」

銃も構えていなかった
もう俺には十分だった
夕陽が斜に目に刺さる

しばらく走ると徐々に木々が生い茂り、深い日陰の森を抜けた。
空が開け、高台に出た。
アシが茂る広々とした沼が夕陽に輝き、遠くまで広がっていた。
奥には鮮やかなジャングルが永遠と地平まで続いている。
壮大な美しい景色とはこの事であろう。
なんて鮮やかで美しい水場だろうか。

「 この水場はなぁ、川と繋がっとってこっから水田に水を引いとるんだっ。
 獲物出してそこで捌いてみろっ 」

水場に置いてあった長い板の上に本日の獲物を並べた。
カモが4羽、水鳥が2羽、ネズミが1匹。
とりあえずカモの羽から毟り出した。

「 そんなもん毟っとらんないから剥け、剥け。
 羽根も根元から落としてしまえっ!」

サバイバル・ナイフでガツガツと羽根や頭を落とし
そのまま皮を引っ剥がすように剥いた。
腹を裂き、血でぐちゃぐちゃの内蔵を手で掴み出す。
もう既に1羽目で手もナイフも血でドロドロだ。

確かに内蔵は臭くて気持ち悪いが、蚊が多いのでテキパキと無心で作業を進めた。
カモの内蔵には籾がらの付いた米がいっぱい詰まっていた。

「 こいつらっ、うちの米っ、喰っとるなぁ!!」

落とした羽根や足、内蔵などを沼に投げ捨てる。
ネズミの頭もガツッと落とし、皮を剥いで臭い内蔵を抜き出した。
何枚ものカモの羽根、白い大きい羽根、何足もの鳥の足
そして頭、ネズミの頭とぐちゃぐちゃな内蔵までもが沼に投げ入れられた。

淵はどろどろで不吉な悪魔の沼と化した。
まるで傘の柄のような長い首は
黄色い目玉が開らき、ずっとこちらを見ている。
すっかり不気味になった沼で血だらけの鳥の腹をバシャバシャと洗うと
辺りの水が血で赤く染まり、その沼は完全に呪われた。

最後に血でベタベタになったサバイバル・ナイフと血に染まった自分の手を洗う。
ピチャピチャと水面が騒がしくなり、沼に浮かんだ鳥の残骸が動き出した。
鳥の羽根や頭がどんどん水中に消えてゆく。
よく見ると5㎝程の小さい魚が
何匹もピチャピチャと鳥の残骸に喰らい付いている。
水中にキラリとオレンジ色がチラチラと見え隠れする。

「 あれは、ピラニアだっ。」

サイズは小さいが水面がピチャピチャと増々騒がしくなり、
ピラニアの狂い喰いが始まった。
ピチャピチャがバチャバチャに変わり水面のあちこちで跳ね上がった。
狂い喰いが始まってからものの数分ですべての屍が水中に消えて行った。

「 昔この近くに釣りに来た日本人の親子がおってなぁ、
子供がボートから落ちて川に流されたんだけど、
バタバタと暴れるもんだからピラニアを寄せてしまってなぁ。 
父親も助けようとすぐに飛び込んだけど二人ともピラニアに喰われてしまったんだ。
乾季にはなぁ、川の水量が少なくなって水の溜まっている所に
もの凄くピラニアが集まってる事があるんだぞっ。」

川で溺れながら歯の鋭い無数のピラニアに体中、
内蔵までも喰い破られながら死んでいく時の心境とは。
目の前で子供がもがき苦しんでいる時の心境とはどんなものなのであろうか。
自分の子供や友達がピラニアに襲われている時、
はたして自分はどのような行動を取るのであろうか。
血に赤く染まった沼を見ながらその惨事を自分に置き換えて想像すると、
体がブルッと震えた。

俺は日本でピラニアを飼っていた事がある。
ピラニアの噂は子供の頃から聞いていた。
その獰猛にエサに喰らい付く様子を一度は見て見たかったのだ。

多摩の実家の近くに、Boasorte と云う名の熱帯魚屋がある。
何種類もの魚を始め、ヘビやトカゲ、鳥や昆虫など、
あらゆる生き物が綺麗に展示されている。

この人も子供の頃から生き物が好きでこうなっちゃったんだなぁと云う
感じのいいオーナーの兄さんはいつも親切に飼い方やエサの説明をしてくれた。
暇さえあればここに来てじっくりと水槽の魚を観察していた。
ある日この店に体長4㎝程のピラニアの稚魚が入荷された。
20匹ほどのピラニアの稚魚は機敏に向きを変えながら、ピンピンと泳いでいた。
値段は1匹500円。
水槽に一匹飼いされていた体長30㎝程の、
ブラックダイアモンド・ピラニアというヤツは
あんなに恐い顔なのに、15000円もする。
買える。
買える値段だ。
この時、衝動買いしてしまったのだ。
大学生の時だ。
ピラニア・ナッテリーと云う種類の稚魚を3匹買った。

エサとして800円もするクリルと呼ばれる、
乾燥したエビが詰まった缶も1つ買った。
友達のカップヌードルに黙って数匹入れといた時は

「 エビでかくなったなぁ、一杯入ってる~、はふはふ、ズルズル~ 旨っ!」
と喜こんで旨そうに食べていたのを思い出す。

急いで家に戻り、ピラニアと酸素の詰まった袋を水槽に浮かべ
水温の急激な変化を避けるために10分程そのまま放置する。
魚は敏感なので急に水温が変わると死んでしまうのだ。

3匹の小さいピラニアを家の水槽にそっと放す。
体長20㎝程の、アルビノ・オスカーと云う
結構賢い魚がピラニアにそっと近付く。
ピラニアは機敏にオスカーから距離を保ちながら、ピンピンと泳いでいた。
水槽に浮かぶ乾燥エビにピチャピチャと喰らい付く。

次の日、Boasorteに行き金魚を3匹買った。1匹30円。
兄さんがあえて何も聞かずに金魚と酸素を袋に入れてくれる。
家に戻り水槽に金魚を放した。
しばらく何も起こらず、ピラニアは金魚の様子を伺うかのように間近まで近付き、
ピッと機敏なターンをして、また離れると云った動きを繰り返した。
水面にいる金魚のヒレを一匹のピラニアがスパッと喰いちぎると、
驚いた金魚は水面でピチャピチャと水を弾いた。
それを合図かのように他の2匹のピラニアもバタバタと尾びれを振りながら
ガツガツと大胆に金魚に喰らい付いてきた。
3匹のピラニアの歯形がサクサクと金魚から消えてゆく。
ものの30秒程で金魚が消え、水槽の水が汚れた。
オスカー君はようやく隅に追い込んだ金魚を丸呑みにし、
お行儀悪く口から金魚の尾びれを出していた。
今夜は久々のごちそうだ。
カリカリのフィッシュ・フードなんて好きじゃない。

このように南米で川に落ちた場合、ピラニアにバレないように、
そっと泳がなければいけない。
絶対にピチャピチャと川で音を立ててはいけないのである。
海でも同じだ。
中3の時、カリブ海で魚を水中銃で突いていて
少し先に3m程のでかいサメを見た。
結構離れたボートまで肝を冷やしながら音を立てずに
そ~っと泳いだ時の事は嫌でも忘れられない。

この川にはピラニアよりも、もっと恐ろしい生物がいる。
南米の川でピラニアより恐いと云われるのはカンジルという魚だ。
色は白く体長15㎝程の八つ目ウナギのようなヌルっとした魚だ。

目が点のように小さく、細かくて鋭い歯が顔の先端に並んでいて、
エラ辺りに鋭い刺がある。
川に入っているとカンジルが急に喰らい付き、体をドリルのように回転させながら
体の奥へ奥へと肉を鋭い歯で削ぎ取りながら入って来る。
抜き出そうとしてもエラの鋭い刺が返しとなって引っかかり、なかなか抜けないのだ。
そのまま内蔵まで喰い破られた場合、死に至る事もザラだと云う。
南米ではピラニア以上にこの魚の被害が多いのだ。

スルビと云うバカでかいナマズも侮れない。
体長3m前後。
口は座布団くらいの幅がある。
水辺で遊ぶ子供にドロのように忍び寄り、
いきなりガバッとでかい口を開けて子供を飲み込むのだ。

沼地に潜む体長8m以上にもなるアナコンダというヘビはバカでかい。
ものすごい力の筋肉で全身の骨が折れる程締め上げられ
人でも頭から丸飲みにされる。

体長1m程の電気ウナギは近付くと牛でもひっくり返る程の電流を発生させ、
エサの魚や敵のワニを感電死させる。

座布団サイズの淡水エイも多いので
足で踏んで尾の付け根にある毒針で刺される事がある。

ワニは大小どこにでもいるので噛み付かれないように気を付けよう。

プライベート猟場最後のオンボロ・ゲートを閉じた。
ようやく今日の猟が終了した。


ガンバ

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