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モチベーション 正への接近か負からの回避か

大学時代
心理学をちょっぴりかじりました。



認知心理学
臨床心理学
社会心理学
、、、などなど色々あるみたいですが


今回は
「教育心理学概論」と題された講義で教わった
面白い理論について書いてみます。

子どもの勉強意欲どう引き出すか
という問題を
心理学の立場から考えるものです。



心理学において
モチベーションを引き出す様式は二つ。



①正への接近
②負からの回避

①は
「宿題が終わったら、ケーキを食べていいわよ」
という声かけがこれにあたります。
正への接近に基づくモチベーションです。


②は
「宿題やらなかったら、今日のゲームは無しだよ」という声かけがこれにあたります。
負からの回避に基づくモチベーションです。

ご褒美を目指して頑張れるのか
罰を避けるために頑張れるのか。
そのどちらが合っているのか
子どもたちひとりひとりに合わせたアプローチをしましょう、というお話。

なるほど〜と思いました。


この授業は
教員養成コースの必修科目で
教職の立場から子どものモチベーションについて考えるものでしたが


先生になるつもりのなかった私は
はて自分はどっちの傾向が強いんだろうかと
ぼんやり考えながら授業を聞いていました。



思うに私は
負からの回避をモチベーションとする傾向が強い。
それもかなり極端に。


いちばんの代表例が
中学生の頃の部活動選びです。


中学・高校と6年間吹奏楽部だったんですが
本当の本当は演劇部に入りたかったの。



でも
中学生って
いわゆる部活動カーストみたいな空気あるじゃない?
サッカー部はモテるとか
科学部はオタクなんていうアレ。



演劇部もそういう意味で
カースト低めの部活動だったから




変わり者って思われたくない
浮きたくない
陰キャって思われたくない


そんな思いが強く先行して

憧れだった演劇部は諦めて
楽譜もほとんど読めないくせに
吹奏楽部に入部届を出しました。


今思えばあの選択は
とっっっっても勿体なかった。


まだ何色にも染まることの出来る
心の柔らかい段階で

あんなに大切な時期の大切な決断において
自分のしたいことより他人からの評価を優先させたこと

しかも

良い評価が欲しい!
ではなく
悪い評価をされたくない!

という消極的な理由に基づいて選択・決断したということは

実に大きかった。




これから先もこんな生き方をするって
決めたことになっちゃったんだよね。


これはその後の人生に
大きな影を落とし
以来私は
何をするにも
まず周りからどう見えるか
を基準に考える癖がついてしまいました。


私の負からの回避による原動力は絶大です。
進学や就職や恋愛さえも
人生を180度方向転換させるほどのエネルギーを孕みます。
何かをぐっと頑張る理由も
全て負からの回避です。


その弊害や後悔は沢山あって

そういう
"嫌われない基準"の生き方ばかり続けていると
大人になった時
はたと困るんです。


これまで
何か小さな枠の中で
ある一定の権力や勢力による負の効果を基準にして
それを避けるべく選択・決断をし
波風立たない人生を送れてきた
言わばそんな"裏返し芸"みたいなやり方で
やってこれたとしても


大人になって
広い世界にぽつんと立たされた時に

では自分は何をすれば良いのか
どう生きれば良いのか
全く分からなくなります。

これまでの生き方に
自分の意思はこれっぽっちもなかったからです。




そして
そんなことばかり続けていると
やがてその思考癖は積み上がって
保身の色が滲み出るんだと思います。

この人
嫌われないために動いてるな
怒られないために言ってるな
責められたくないんだな
って

大人になればなるほど
そういうのを見抜かれて
嫌われたり軽蔑されたりします。



正への接近か
負からの回避か。

私は断然
正への接近をおススメします。

オススメとか言うのも変だけど

専門的な理論は一旦置いておくにしても

迷った時は
正への接近。



演劇部で思いっきりお芝居をしたいなら
誰になんと言われようとやればいい。

馬鹿にされても否定されても
あの時自分の気持ちを貫いたんだって
うんと大人になってから自信になるはずだから。


青春真っ只中の迷えるティーンたちには
正への接近
を意識することをオススメしますよ。


積み重ねてゆけば
やがて大きな
ちょっとやそっとじゃ揺るがない何か
が形成されるんじゃないかな〜なんてね。

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