20170810_チャイと杏

チャイと杏

泊めてもらうことになった村を歩いていると
向こうから男が歩いてきた

ジュレーとあいさつすると
はにかみながら ジュレーと返してきた

男は ティー?と僕に聞きながら
横の家を指さした

どうやら「うちで茶でも飲んでいかないかい?」ということらしい

 

男の家はとても質素だった

棚にはチベット式の お釜とも寸胴とも仏具ともつかないものがびっしりと並べられ

他にわずかな家族の写真と 絨毯と 
最小限の家財道具があるだけだった

男はシャイなのか寡黙なのか
口数が少ない

ひとつだけある窓からは
柔らかな光が差し込み
部屋を照らしている

少しずつお湯が沸いてくるチンチンという音と

風が木々の葉を撫でていく音だけがある 
穏やかな時間

湯が沸くと 丁寧にチャイを作り
自分の分は粗末なカップに入れ

僕の分は 部屋の様子に不釣り合いなほど美しいティーカップに入れてくれた

甘くて 心まであたたまるチャイだった

 

写真にうつる家族を
ひとりひとり紹介してくれているとき

奥さんが帰ってきた

僕を見るとにっこりしながらジュレーといい
夫にラダック語で何かを言った

すると夫は いそいそと
皿いっぱいに杏を入れて 運んできてくれた

どうやら奥さんは
「あんた、お客さんに杏を出していないじゃないの」と言ったようだった


この人はどなた?
どうして家に入れたの?

そんな無粋な問いは
ここでは不要らしい

むしろ 奥さんは僕が来ることを知っていたかのように
自然で 穏やかだったのだ

どうしたら
こんな風に生きていけるのだろう

どうしたら
この気持ちを心に留めておけるのだろう

 

きっといまの僕には 旅を続け

ひとつひとつカケラを拾い集めていくことしかできない

そこで食べた杏は とても瑞々しくて

いまでもその味は忘れられない

インド ラダックにて

たくさんの応援ありがとうございます。