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小1息子にとっての「ラッキーデー」

「今日は納豆ご飯にする!」
息子がそう言うので、冷蔵庫から納豆を持ってきた。
今日は"とろっ豆"。
パッケージに”今日の運勢"が書いてある。

「お。ケン、今日はラッキーデーやって。豆が5つ並んでる。」
「やったー!今日はラッキーデー!!」
こんなことで素直に喜べる、さすが6歳男子。


学童からの帰り路、息子と話しながら歩く。

「お母さん、やっぱり今日はラッキーデーやったよ。」
「そうなん?良かったじ。なにがラッキーやった?」

「ええとね、先生に怒られんかったし、ポイントもたくさんゲットできた!」
(支援級の先生とポイント制を始めたらしい。朝、お母さんとすっと離れられたら5ポイントとか)

「そっか。それは良かった。」

"怒られない"というのがそんなにアドバンテージが高いのか…と思った。


小学校1年生の息子は、5月ごろから登校渋りがあり、一時期は不登校にもなった。
見かねた教頭先生が、教育委員会にかけあってくれ、今は特別支援級に通っている。

支援級の先生(K先生)は、息子のことをとてもよく理解してくれている。

内履きズックが嫌いで、裸足で過ごしていた息子。
担任の先生や教頭先生から何度、「裸足は危ないからズックを履こう」と注意されても履かなかった。

K先生はそんな息子をみてこう言った。

「かかとをつぶして履いてるんだね。かかとが嫌なんでしょうね。お母さん、かかと切っちゃいましょう。それでもだめなら、白色のスリッパでも用意したらいいかも。」

そして今、息子は、かかとを切った内履きを履いている。

ある日息子は、「今日はこれを履いていく!」と言って、緑の蛍光色の靴下を取り出した。
以前の私なら、「学校へは白か黒か紺の靴下しかダメなんやよ」と言っていたところ。けれど、今回は認めた。
「K先生に聞いてみようか。良いって言ってくれるかも」

K先生は蛍光色の靴下を認めてくれた。

「靴下、履いてきたんやね!」
「すみません。色物の靴下で。これが好きみたいなんです。」
「いいですよ、お母さん。履いてきてくれたのならなんでも良いです!」


ズックも靴下も履かないことを注意され、
授業中、ふらふら歩くことを注意され、
話したいことがありすぎて、授業中しゃべることを注意され、
「次はこれをしましょう」と言われても、作業をやめられず注意され、

「自分ばっかり、なんで怒られるんだろう」

息子はずっと、そう思って過ごしていたのかな、と思う。
学校生活はそんなものなのかもしれない。
でも、息子にはそれがとてつもなく、耐えられない毎日だったんだと思う。

支援級にお邪魔するようになってから、息子は変わった。

午後、昼ごはんを家で食べてからしか登校できなかったのが、朝9時半に登校できている。
あんなに私と離れられなかったのが、「いいよ、行っても」と言って離れられるようになった。
「嫌なことばっかりあるから行きたくない」と言って休んでいた学童にも行くようになり、早く迎えに行くと「なんでもう来たん!?」と怒るようにまでなった。

支援級でも注意されることはあるだろうけど、通常級の比ではないと思う。
少人数とはいえ、協調性は求められるだろうけど、通常級の比ではないだろう。


学校は集団行動を学ぶべき場所であることはわかっている。
でもそれが"どうしても無理"という子もいるだろう。
それが、不登校という数字で表れてるんじゃないんだろうか。

息子の登校渋りや不登校をきっかけに、不登校関連の本やSNSでの投稿に関心が向くようになった。

"不登校"を選ぶ子どもが増えているということは、子どもがおかしくなったんじゃない。
「学校現場が、そろそろ本気で変わらなきゃいけないのでは?」という子どもたちからのメッセージなんじゃないか。

スクールカウンセラーの先生や、支援級のK先生には「日本の学校で窮屈でしょうね、息子さんは」と言われた。
「もっと先進的な学校なら、多様性を受けて入れてくれる学校なら、息子さんはもっとのびのびと自由に、学べたと思いますよ。」と。

実際に、オルタナティブスクールに通うことも考えた。
でも、経済的なことや環境のことを考えると、なかなか難しい。

今は、息子を理解してくれるK先生のもとで、少しでも"息子らしく学べる"時間が過ごせたら良いなと思っている。

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