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『舟を編む』

これは、読みたいと思いつつ、ずるずると読まずにきた本。なぜ読まなかったのか自分でも分からないが、さっさと読んでいたら、note に書くことはなかっただろうから、結果的には良かったのか。

私は若い頃、一度だけ、電子辞書に入れるデータのチェックという、超レアな仕事をしたことがある。

もちろん、一から辞書を作るわけではないから、難易度は比べ物にならないが、『舟を編む』の言葉の世界観はよく分かって、読みながらニヤニヤしてしまう。

ひとつの言葉について複数の辞書を引いて意味を比べてみる。『新明解国語辞典』の語釈が独特でついいろんな言葉を引いてみたくなる。Aという語を引いたら「Bを見よ」とあって、Bを引くと「A」と書いてある無限ループ。やってもやっても永遠に続くかのようなチェック作業に「ぎゃー!」と叫びたくなる。

そして、小説の中では、あってはならないことが起きてしまう。最終校手前の四校で項目がひとつ抜け落ちていることが発覚するという悪夢!!

ひとつないならひとつ入れればいいじゃない、って思いますか?いや、これはそんな単純な事態ではないのだ。抜け落ちがひとつあるということは他にもある可能性がある、と捉えるのだ。つまり、ぜーーーーーんぶ、チェックし直し!!!身も心も凍りつく瞬間である。

こんな地味で細かい作業を繰り返す日々の中、登場人物たちはそれぞれ誰かと心を通わせ幸せを掴んでいく。しかし、長年辞書作りに心血を注いできた先生が、あと少しで発売というところで天へ旅立ってしまう。先生と共に辞書を作ってきた面々の無念さは如何ばかりかと思うラストだ。

現在はデジタル化が進み言葉を調べるのもネットとなり、紙の辞書を引く機会がかなり減っているが、辞書を手に取ることがあったら、最後に載っている編集に係わった人たちの名前を見ようと思う。そして、その人たちが奮闘している姿を想像すると、きっと無味乾燥な辞書にも血が通い、文字列にも温かさが感じられるのではないだろうか。





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