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小学生の時に初めての遺書を書いたら、親に見つかった。

小学生の時、進研ゼミをやっていた。定期的に送られてくるやつ。勉強はやったふりして、答えを見ながら証拠を作った。あとは付いてる読み物を読んでた。
あれはなかなか子供心をくすぐるもので、半分は雑誌だった。私はそれが楽しかったので、進研ゼミを続けた。

私の小学校は宿題が出なかった。のび太が、ちびまる子ちゃんがあんなに宿題に追われてるのは、漫画の話だからだと思ってたくらい、本当に宿題がなかった。

だから基本家で机に向かう必要はなく、進研ゼミの購読に勉強時間があてられていた。

それでも親は勉強してると思ってただろうか?
それは今も謎だし、暗黙のやつだったかも知れない。

当時の私は、ほどほどに勉強ができた。
ファイルに保管されたテストは、高得点ばかりだったし、基本的には勉強に遅れをとることもなかった。

勉強できる小学生の能力なんて、所詮知れてる。
それでも、やはり親。子どもの能力に期待した。このままだと、〇〇高校だね。

そう言われただけだったし、過度に期待を背負わされたわけではない。

遺書を書いたのは、たわいもないことだった。少なくとも私の中では。

期待に応えられません。死んでしまいたい。

俗に言う中二病みたいなもんなのかな?小学3.4年で発症した。
酔ってた。
私は勉強ができるけど、それは天性のもので、かといって努力なんてしたくないの。それなのに、親は私にいい高校に行けと言う。私は勉強が好きじゃないの。ただ、少しできてしまうだけ。
みたいな。うざいな。

何に憧れたのか影響されたのかわかんないけど、小学生の時から、死が身近にあった。もちろん本気ではない。

ある時親に呼ばれた。
話があると。

過度に期待を感じなくていいよ、みたいな内容だった。

見たな!

その時に何かが弾けたんだよね。
あー、馬鹿みたいだな。
そんなつもりで書いてないのに。騒いじゃって。
しかも見たんだ。机の中にしまってたやつ。
そうやって定期的に私の机の中見てるんだ。

あんな遺書本気じゃないよ、書いてみただけ。ごめんなさい。

そう言えたら良かったんだろうけど。
拗らせは筋金入りなので。性格悪すぎ。

それ以来、中学に進学した私は、セオリー通り成績が落ちていった。英語以外は。
その結果、〇〇高校にも行かず、行けず。

合格発表の日に盛大にすっ転んだのに、ぬるっと合格した適度な高校で、勉強もせずに過ごした。

あの時、親の期待に応えてみても良かったのかも知れないいなと、今なら思う。

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