zoom環太平洋

「オイコラ!まだゼムクリップを箱にビッチリと並べる作業終わってねえのか!?」

「はい!すんません!」

ワシは今日もオヒスの一角で叱られていた。

「何べん言ったら終わるんだよ!?」

「はい!すんません!」

「質問の答えになってねぇーだろ!一箱追加だコラ!」

ゼムクリップ整頓の指導係がゼムクリップの箱をドンッと置くと、

ージャラララリん。

途中まで並べていたゼムクリップはまたバラバラになってしまいました。

ワシはあちゃあと頭を掻きながら、ゼムクリップを見つめていた。

すると、このオヒスで唯一ワシにも優しくしてくれる神田聖人(かんだきよひと)さんが、慰めの言葉をかけてくれた。

「大丈夫かい?大変だね。僕も手が空いてたら手伝ってあげたいんだけれども…。」

「いいんです、キヨヒトさんが優しくしてくださるからなんとかやっていけてます。それに、キヨさんはこれからzooomで環太平洋経済推進的具体的協議会があるじゃないですか。ゼムクリップごときに手を焼いている場合じゃなあよ。」

「とんでもない。ゼムクリップ整理はきっと東洋太平洋の経済を具体的に協議だよ。凄いことさ。」

「キヨはお偉いさんなのに優しいなあ…」

ワシは褒めてもらえて誇らしくなった。

しかし、気を取り直してゼムクリップ整理に取り掛かった矢先であった。

「オイよ!まだ終わってねぇーのかよ!てか終わってねぇーのに油売ってやがったろ?」

「はい!すんません!」

「油なんか売って、てめえはガソリンスタンディングオベーションの店員さんか!?こちとら夢の国、ディーゼルランドじゃ、軽油持ってこいってんだこんちきしょう!」

「はい!すんません!」

「質問の答えになってねぇーだろ!三箱追加だコラ!」

指導係が三箱をドンっと置いていった。

オヒスの職員たちがゲラゲラと爆笑した。

さっきはゼムクリップ並べはほぼ進んでなかったのでバラバラになったのはまあ良いのだが、それよりも三箱追加は目を疑った。

二箱ならまだしも三箱か、と、ワシはあまりの理不尽に初めて怒りが止まらなかった。

ワシはキヨヒト以外のオヒスの奴らに復讐してやることにした。

ワシはありったけの金を注ぎ込んで並みの腕の殺し屋たちを雇った。

月の手取りは500万くらいはあるので、なんとか「必要な人数」を雇えた。

「必要な人数」とは、キヨヒトを除くオヒスの全員分だ。


ついに、復讐の日がやってきた。

ワシはいつも通り出社したが、今日の仕事はゼムクリップ整理ではない。

「やあやあオヒスの皆の衆!キヨヒト除いて皆の衆!ワシがこうして声上げたるは、皆の衆への返しのためよ!恐れ慄け皆の衆、ここで轟け巍峨の龍〜〜〜!」

口上は見事に決まったようで、皆の視線が集まった。

すると、方々から罵声が飛んできた。

「オイ、お前何騒いでんだ?さっさと仕事せい!」

「そうだ!邪魔なんだよ!うるせえぞ」

「そうだ!zoooo…oooom会議の邪魔なんだよ!」

皆が思い思いに怒鳴ってくる。

ーーーーーガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ。

「…やかましい!」

ーガヤガヤガヤガヤガヤガヤ。

ーガヤガヤ。

ー。

ワシの一声で、罵声がピタっと止まるわけではなく、ガヤガヤが減衰するように収まった。

ガヤガヤがピタっと止まることは現実ではあまりないのだ。

ワシは続けて口を開いた。

「そんな話はまあいい。今日はあんた方に復讐をする。」

指導係が食ってかかってきた。

「復讐だ?お前一人に何が出来るんだ!ゼムクリップもろくに並べられねえくせによ!」

「…そんな口の利き方をするお前から、早速復讐してやろう。」

「は?何言ってんだ?お前手ぶらじゃねえか。」

ワシは懐から携帯電話を取り出した。

『あっ、もしもし?あっ、あっ、はい。あっ、あの、あっ、はい。あっ、それで、はい。あっ、えっ?あっ、はい、それでだいじょう…あっ、はい、よろしくお願いします。あっ、失礼します。』

「…何の電話だ?」

「今、あんたの家に殺し屋が潜入した。」

「は!?何言ってんだ!嘘ついてんじゃねえ!」

「本当だ。お前の大事な娘を消す。何なら映像で見せてやる。」

ワシはスマホで中継映像を映し出した。

「…あっ、画面が見えるところまで来てもらってもいいですか?」

「アホ、モニターに写せよ!そういうとこ使えねえなぁ!」

「あっ、すみません、えっと…どうやるんでしたっけ?」

「もういいわ、スマホで観るわアホ。」

「…っす。じゃあ、これだ。」

指導係がワシのスマホを覗き込む。

殺し屋は家の中に侵入し、素早く娘を取り押さえた。

指導係は声もなく画面を見つめていた。

ワシは勝ち誇ったように言った。

「どうだ?お前の何よりも大切なものが失われようとしている気分はどうなんだ?」

「…これ、我が家じゃないぞ。この娘も、うちの娘じゃないぞ…?」

「あっ、えっ?」

「てかこれ、神田さんとこじゃないか!?神田さんの娘さんが危ないぞ!?」

「えっえっえっ嘘だ、ちょい待って。ちょい!」

ワシは慌ててスマホを取り出して、殺し屋にキャンセルしようとしたが、なかなか電話に出ない。

五回目のかけ直しで、ようやく繋がった。

『あっ、すみません!あの、キャンセルで!お願いします!…えっ、嘘。嘘…嘘だろ…嘘…嘘…ああ…嘘だろ…』

殺し屋にはキヨヒト「以外」の家にそれぞれつくように伝えていたのに、ある殺し屋が「以外」ってキヨヒトを含むんだっけ、含まないんだっけ?と悩んだ挙句、間違えてしまったらしい。

ワシはワシを恨んだ。

借金してでも、並みの腕ではなく凄腕の殺し屋を雇うべきだった。

そして、ワシはもう絶対に顔を上げられなかった。

キヨヒトに合わせる顔が無いなんてものではなかった。

唯一ワシに優しくしてくれたキヨヒトに、この世で最も辛いことを味わせてしまったのだ。

ワシは膝をついて、ただうなだれた。

内臓が口から出るかと思うほどの目眩がした。

そのとき、ポン、と肩に感触があった。

恐る恐る顔を上げるとキヨヒトがいた。

「キヨ…ヒト…。」

ワシが呟くと、キヨヒトが言った。

「ごめんね。私が環太平洋経済推進的具体的協議会をもっと早く終わらせて君を手伝ってあげられていたら、こんな悲しいことは起こらなかった。悪いのは私だ。君は決して気に病むことはない。とは言えいきなり切り替えることもできないよな、あはは。無理言ってごめん。よく食べて、よく寝て、一週間も経てば気分も多少晴れるさ。仕事で何か困ったことがあったらまた言ってくれよな。今度はもっと手伝うようにするから。何しろ君のゼムクリップ整理には東洋太平洋の経済がかかっているからして…」

キヨヒトはちょっぴり変わった男の子みたいだ。

キヨヒトはその後もしばらく東洋太平洋の経済について語っていたが、気が動転していて話が頭に入るわけもなかった。

「…さあー、みんな、仕事仕事!ほら仕事戻れー!俺の娘は無事だったようだし!」

はーい、と職員たちが気怠そうに仕事に戻った。

ワシも残りの殺し屋たちをキャンセルしてからとりあえずゼムクリップ整理に取り掛かかった。

キヨヒトも予定通り、アジアオセアニア地域における官民一体型伝統文化継承定例会にzooyoooyooomで参加していた。

ちなみに例の殺し屋は、「殺す」って殺すんだっけ、殺さないんだっけ?と迷った挙句、間違えて殺さなかったらしい。

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ワシのことを超一流であり続けさせてくださる読者の皆様に、いつも心からありがとうと言いたいです。