月額ヤンキース

ワシがハリー&ポッツァの映画を観てたら、「アクシオ!」という魔法が執り行われていた。
どうやら遠くにあるものを手元に引き寄せる魔法らしい。
非常に便利だなと思って、ティッシュ箱に向けて「アクシオ!…アクシオ!アクシオ!コラァ!」と言ってみたが、やっぱりティッシュ箱は来なかった。
結局、ワシがティッシュ箱のところまで行く羽目になった。
これでは、ティッシュ箱の方がワシにアクシオを使ったも同然だった。
思えば、こんな経験はこれまでもあった。


学生の頃だった。
昼休みになると、クラスのヤンキースがワシにパンを買ってこいと言うのだ。
「え、ワシ?」などとたじろいでいると、ヤンキースのリーダー格である松井が、「はやくしろ!」とバットを振り回してきた。
「え、アクシオ?」と聞き返すと、「あ!?はやくしろっつってんだろ!あいっ!?」とまたバットを振ってきた。
ワシは慌ててパンを買いに行き、松井たちに届けた。
松井たちは、「美味しいなあ、ありがとう。チョイス良いな、お前すごいな!」などと言っていた。
ワシは普段から褒められるようなことが全然ないので、褒めてもらえてやる気になった。

別の日の昼休みも、松井たちはワシにパンを買ってくるように言った。
「おい、またパンを買ってきてくれるか?今度はもう少しはやく買って来れるか?」
また褒めてもらいたくて、ワシは大急ぎでパンを買ってきた。
「今日も本当にありがとうな。昨日より5分も早くなってるじゃないか。おかげで5分長くバットを振り回せるよ」
松井たちは昼休みに教室でバットを振り回すことで他を威圧し、覇権を握っていた。
だから、少しでも長くバットを振り回せることが重要とのことだ。
「なあ、お前、やる気があるのだったら、俺たちに雇われないか?月額報酬2,500円で、俺たち専属のパシリになってくれよ。他の奴らにパシられそうになったらすぐに言え。バットを振り回して助けに行くからよ」
それまで誰かに認めてもらえたと感じたことがなかったワシは、人生で初めての喜びを感じ、二つ返事で承諾した。
松井たちは、いつもきっちり報酬を払ってくれた。
金額の多寡はそれほど気にしていなかったが、その心意気が嬉しかった。
ワシが松井たちの期待を裏切らなければ、松井たちもワシを裏切らない。
ある日、ボーナスだ、と言って、ワシに金属バットをくれた。
ワシは、松井たちに強い忠誠心を持つようになった。


学生時代を終えたワシは、松井たちが興した会社で働いていた。
ワシは学生時代と変わらず、松井たちの期待に応えたい一心で働いていた。

ある日、得意先であるヴォルデマートという店から、緊急での納品を依頼された。
「行ってくれるか?」と松井がワシに言ったので、ワシはすぐさま車を走らせた。

指定の時間に充分間に合いそうだったので少し安心していたら、突然の着信があった。
ワシは車を停めて電話に出ると、母が倒れ、病院に運ばれたとのことだった。
母とはしばらく連絡も取っていなかった。
ろくに話もしていないまま、もしこれが最期になったらと、嫌な想像が膨らむ。
しかし、今から病院に行けば、取引先には間に合わない。
ワシはこんな時でも、松井たちを裏切りたくないという気持ちがどうしても消えなかった。
ワシはどうしようもなくなって、松井に電話をした。
「松井さん、申し訳ございません。取引先に向かうところで、急に母が倒れたという連絡がありまして…。ワシ、どうしたら…」
松井は言った。
「はやくしろ」
「えっ…アクシオ?」
「はやくしろっつってんだろうが!」
「は、はい!すみません!」
松井の一声でワシは迷いが消えた。
ワシは松井の期待に応えるべく、納品に向かうのだ。
そう思って電話を切ろうとしたとき、松井は続けた。
「はやく行けよ!お母さんのところに!取引先のことは俺が何とかしとくからよ。あいっ!?」
ワシは涙が止まらなかった。
松井は、ワシをただのコマのように扱う男ではなかった。
ワシを一人の仲間として認めてくれているような気がした。
ワシは母の元へ向かった。

病院に着くと、医者がワシに言った。
「息子さんですか?さっきからお母さんが、『あくしお…あくしお…』みたいなことを言ってるんです。何のことかわかりませんが、すぐに寄り添ってあげてください」
ワシは母の病室へと急いだ。
まるでハリー&ポッツァの魔法で呼び寄せられているようだと思った。
病室のドアを開けた。
母は意識があり、叫んでいた。
「アクシオ!アクシオ!オラァ!」
母は魔法でティッシュ箱を手元に瞬間移動させていた。
そしてくしゃみをした。
「ハクショイ!…ぇーぃチクショウ…」
母はこちらに気づいた。
「あら?あんた、来てたの。なんか心配かけたわねえ。ちょっと休日でハメを外しすぎて。昼間から飲み過ぎで倒れて救急車よ。ガハハハハ!ッハクショイ!ぇーぃチクショウ…」
母は心配するような事態ではなかったようで、呆れたが一安心だ。
それよりも母は引き寄せの魔法が使えるようだった。
すごいなぁ。

一方その頃、ヴォルデマートへの納品遅れに対応してくれた松井は、ヴォルデマートのお偉いさんに杖で叩かれていた。
「何で遅れたんですかっ!アバダッ!」
「いてて!」
「間に合うって言ってたじゃん!ケダブラッ!」
「あいたた!」
「はー、殴ってすっきりしました。今後とも末長いお付き合いのほど、よろしくお願いいたします」
「あいっ!」

病院から帰社すると、松井は普段以上にバットを振り回していた。
ワシは松井に礼を言ったのだが、「クビニスル!デテイケ!オマエナンテタダノコマダ!」などと良くわからない呪文を唱えていたので、わははと笑った。

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