十字架スピーチ

「幸せはいつも自分の心が決めるんだもの」
これは、人間であることでお馴染みの、ミツヲ氏の名言である。
全くもってそのとおりであって、ワシはいつもその言葉をモットーに生きている。

あるクリスマスの日、友人の結婚式だった。
ワシはスピーチを頼まれた。
何股もかけまくったり彼女を取っ替え引っ替えしたりと遊び呆けていた友人がようやく落ち着いたという非常にめでたい結婚だ。
皆が、ほっこりするようなスピーチがしたいと考えていた。

スピーチの時がやってきた。
まずはマイクチェックと発声練習。
「えー、みなさん失礼。あー。あー。ドー、レー、ミー、ファー!ドーレーミーファー!ドレミファッ!ドレミファソラシドレミファソラシド〜!あっ、あー。ay!ay!ay!ay!オオオ〜〜〜。オオオ〜〜〜〜!!!ウ!ウ!ウ!ウ!ウ!オン!」
発声はバッチリだ。
「えー、皆さん、今日は大忙しの中、わらわらお越しくださって本当にありがとうと言いたいです。今日は、ワシの友人と新婦の…真由美さん?あ、タカシ?え?あ、タカコさん!に心からおめでとうと言いたい気持ちでいっぱいです。友人とはそれなりに長い付き合いで、あ、長いというのはあくまで主観的なものであって何年からなら長いと言えるのか明確な基準はないですけれども…」
ワシは、話している途中に感極まって涙ぐみ、言葉に詰まる。
「…ふぅ。失礼。えー、友人は、何股もかけまくったり彼女を取っ替え引っ替えしたりと遊び呆けていたのに、今日はめでたく結婚ということで本当におめでとうと言いたい気持ちでいっぱいです。本当におめでとうと言いたい!あと、友人は、新婦のタカシさんとお付き合いしているときも、『悪い!タカシにはお前んちに泊まってることにしといてくれ!』と言って頼ってくれたりしました。本当におめでとうと言いたい!あと」
ここで、マイクが不調だか何だか知らないが、音声が途切れてしまい、式場スタッフにマイクを取り上げられた。
ワシは仕方なく席に戻った。

宴は進み、新婦から両親へのメッセージの時間がやってきた。
涙で言葉に詰まりながら話す新婦につられて、会場中からすすり泣く声が聞こえる。
ワシも感動のあまり、「うっ…うわああ!割とガチで泣ける…!」と言って泣くのを抑えられなかった。
メッセージもクライマックスに差し掛かった。
新婦のタカシさんが力強く手紙を読み上げる。
「私は、お父さんとお母さんの娘になれて、世界一幸せです!」
会場からは大きな拍手が起きたが、ワシは黙っちゃられなかった。
「いやそれで言うとワシの方が幸せだから!」
会場は妙な空気に変わった。
「いやだから、世界一幸せなのはワシだと思う。だから、タカシさんは良くても世界で二位ね!よろしくです」

ワシは会場からつまみ出され、外の待合室にて待機させられた。
しばらくすると、式が終わったのだろう、人々が出てくるのがわかった。
「なんかやばい人いたね」「うん、途中でつまみ出されてたし」「本当にあれが親友なのか?」
明らかにワシに対して、この世の言葉とは思えないほどの罵詈雑言だ。
ワシは心が痛くなってきた。
でも、そんな時にいつも救ってくれたのが、人間であることで有名な、ミツヲ氏の詩。

『幸せはいつも自分の心が決めるんだもの』
そうだ。
所詮は幸せ度世界ランキング2位以下の下っ端どもが、世界一位のワシを妬んでいるのに違いない。
そう思えばみんなのことが可愛くすら思えてきた。
ワシは待合室から飛び出して、みんなを抱きしめて「まだまだ青いねえ、可愛いねえ。よしよし」となだめてあげた。
すると、まだまだ青い皆は、怒ってワシを拘束した。

気がつくとワシはチャペルの十字架に張り付けられていた。
神父さんが、ワシの足元で分厚い本を握り締め、何やら呪文のようなものを詠唱している。
その他大勢が、神父さんを囲んで応援している。
皆はワシのことを悪魔だと思っているようだ。
「効かんよ、神父さん。ワシにそれは効かん。だってワシは、『人間だもの』」
神父さんは、ハッとした顔をしたかと思うと、必死こいて分厚い本をワシに投げつけてきた。
「神父さん、そういうこと。それは普通に痛いです」
神父さんは我を忘れて、本を拾っては投げつけてきた。
これでは、本当に悪魔なのは神父さんの方じゃないかなあと思いながら、ワシは段々と意識が薄れてきた。
最後の力を振り絞って言った。
「ワシは…世界一…幸せだ…」
12月24日、ワシは十字架に張り付けられたまま、事切れた。
チャペルは歓声に包まれ、今にもエンドロールが流れ出しそうな幕切れとなった。

ワシのことを超一流であり続けさせてくださる読者の皆様に、いつも心からありがとうと言いたいです。