全身ワイヤレス

ワイヤレスイヤホンを線路に落っことしてしまう人が多いらしい。

ネットニュースでそれを見たワシは、そんな愚か者にはなりたくないと思った。

そんな愚か者になるくらいなら、死んだ方がマシとさえ思った。


ある日、駅のホームであたふたしている人を見た。

どうしたのかと思って見ていると、その人は駅員さんに話しかけた。

どうやらイヤホンを落としてしまったらしい。

線路にイヤホンを落としてしまった場合、駅員さんが終電後に専用掃除機等を使って回収を試みるらしい。

駅員さんにこの上ない迷惑をかける最大級迷惑行為であることに間違い無いので、

「駅員さんにこの上ないご迷惑、ご心配をかける最大級迷惑行為だな。お前が今後乗る電車は全て特急地獄行きだよ、このクソお騒がせ野郎め。」

と言うと、その人は怒って身を乗り出してきたので、ワシはスタコラサッサと階段を駆け降りて逃げた。

ワシはあんな迷惑野郎には絶対になりたくないなと思って、ワイヤレスイヤホンなんて絶対に買わないぞと思った。

ワイヤレスイヤホンどころか、有線のイヤホンを皮膚に埋め込んでやって、「ワシの体には音楽が流れてる!」と言えるくらいの覚悟でイヤホンをしようと思った。

しかし、ある日職場の清楚で可憐で素敵な女性に、「ワイヤレスイヤホンがとっても似合いそうですね!」と言われてしまったので、すぐに有給を取ってワイヤレスイヤホンを買いに電気屋にやってきた。

入店すると同時に全身タトゥーの全裸男性店員さんが駆け寄ってきて、

「どんなワイヤレスイヤホンをお探しですかyo?」

と接客してくれたので、絶対に耳から外すことができないものをオーダーした。

例の職場の素敵な女性に似合うと言われてしまっては、もう一生つけっぱなしにするしかないので、絶対に外せないものが良いのだ。

3秒ほど待つと、さっきの店員さんがイヤホンを持ってきた。

「これなんかどうyoすか?」

落ちにくい要素がいまいちわからなかったので試着しようとすると店員さんに言われた。

「一度つけたら外せない、つまり返品交換あり得ない、着けたら買いな、買うなら着けな、飲んだら乗るな、乗るなら飲むな、まだいける、まだ大丈夫は、もう危険。yo」

確かに、着けたら外せないのなら、試着ではなく買い取りすることになるし、お酒を飲んだら運転してはいけない。

納得したので買うことにした。

「お客さん様、一点ほど注意事項。毎日24時間365日、外れないように気をつけ続けた場合、外れないようになってるyo」

ワシは了解して店を後にした。



翌朝、ワシはイヤホンを装着して意気揚々と家を出たのだが、生憎の雨だった。

近くのコンビニの傘立てから借りていこうとしたが、知らない男が、俺の傘を盗むなとか言って横取りしてきた。

仕方なく雨に濡れて駅のホームまで到達した。

体がびしょびしょなので、犬のようにブルブルっと体を震わせて水を落とした時だった。

イヤホンが耳から外れて、線路へと飛んで行ってしまったのだ。

ーそんな愚か者になるくらいなら死んだほうがマシだー

ー最大級迷惑行為、特急地獄行きー

ー飲んだら乗るな、乗るなら飲むなやー

色んな言葉が自分に返ってきた。

どの道地獄行きなら、ワシはもう死ぬしかないと思った。

ホームに突入してくる電車が見える。

ワシは、唇を噛み締めながら線路に飛び込んだ。

飛び降りた先にはイヤホンが転がっていた。

一緒に行こうと呟いて、間もなく衝突する電車を待ち構えた。

あと3秒、2秒…。

しかし、頭に職場の素敵な女性のことがよぎった。

ワイヤレスイヤホン姿だけは見せたい、どうしてもあの女性に褒められたい、そう思った。

ワシは、それーっ!と踏ん張った。

何とか生き残ることができたので、そのまま電車に乗って出勤した。

職場につき、例の女性にイヤホン姿を見せつけた。

「どうですか!?ワイヤレスイヤホン姿、すごい格好いいでしょう!?」

すると女性は、

「え?あー、そう言えばそうでしたっけね。」

と言って、こっちを見向きもせずスマホをいじっていた。

LINNEをしているようで、チャット相手のアイコンには見覚えのある全裸タトゥー男がいた。

どうやらその女性は、交際関係にある全裸タトゥーマンの売り上げに貢献するためワシを唆したらしい。

ワシはすぐに有給を取り、駅に向かって走り出した。

#ワイヤレスイヤホン #小説 #エッセイ #有給 #電車 #ホーム #特急地獄行き #愚か者系男子マン

ワシのことを超一流であり続けさせてくださる読者の皆様に、いつも心からありがとうと言いたいです。