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岡崎・MATOYAで見つけた原点の芽

7月下旬のある夜、何気なくSNSを見ているとある作家さんのうつわの写真が目にとまった。
見れば、岡崎で個展を開催中だという。

休みの日は個展やイベント、地域プロジェクトなど、焼きものに関するところへは積極的に出向くようにしている。
いまはネットでもそれなりに情報は得られるし、写真の画質だって昔よりは向上している。

それでも、やはり実物を見たいと思う。
写真から伝わってくる平面的な情報よりもずっと五感に近いところで、作品の佇まい、手ざわり、風合いを感じてみたい。

そして、作品そのものがもつ魅力とともに、展示空間や、知らないまちの空気を知ってみたいと思う。
まだ知らない場所への尽きない興味は、気がつくと私を名鉄電車へと乗せていた。

名鉄神宮駅から東岡崎駅までは特急で25分。
西尾張で生まれ育った人間にとって、三河はずいぶん遠い印象があった。それでも、電車に乗ってしまえばあっという間の距離だ。

東岡崎駅に降り立つのは、おそらく2回目。高校の部活の遠征で訪れて以来なので、駅前の景色はほとんど記憶にない。
2年ほど前に昭和の雰囲気が残る岡ビル百貨店が閉店したと聞いたことをおぼろげに思い出し、その時に来ておけばと思うけれど、なくなってしまった景色に出会うことはかなわない。

目的地のMATOYAは駅から徒歩20分とある。気温35度を超えようかというこの日、炎天下の道を歩き続ける気はなく、まっすぐにバス乗り場へと向かう。
知らないまちのバス乗り場は、その地名からどこをどう通っていくのかまるで予測がつかないのがいい。団地や病院を通る路線、見ず知らずの地名、それらの断片的な単語と直線がおりなす路線図から、まだ知らないまちの景色を思い描いていく。

バスの車窓から初めて見る景色をぼんやりと眺める。
駅を出るとすぐに一級河川の乙川を渡り、バスは北へと向かっていく。
広い道路沿いの歩道にはアーケードが連なり、岐阜や豊橋で見た風景をふと思い起こす。

すんなりと目的のバス停にたどり着き、バスを降りて路地を進んでいくと、右手に大きなテラコッタ色の建物が見えてきた。
アールのついた大きな窓枠、屋上に繋がると思しき窓の横にならぶアルミ色の簡素なドア、建物の一角を覆うように繁茂する蔦。
どこか懐かしい字体で名前が記されたその個人病院には、もう人の気配は感じられない。

その病院の向かいに3階建てのビルがあり、1階の喫茶店の窓の外には盛夏の日射しを浴びてのびのびと植物が育っている。
その脇にある階段を上っていくと、2階にあるのが目的地のMATOYAだった。

MATOYAでは、私が一目見たいと感じた齋藤一(さいとうまこと)さんの個展が最終日を迎えていた。
齋藤さんの作品は写真で見るよりさらに美しく、そして想像したよりも薄く繊細なつくりをしていた。

私は昔から色というものが好きだ。あらゆる彩が、無意識の中にあるイメージを呼び起こす。とくに淡い色は見ているだけで不思議と自分の中に入り込んでくるような感じがする。境界を溶かす色。混ざりあうことをゆるされた色のもつイメージは、ぼんやりと過ごしたい時間をやさしく包む。

齋藤さんの作品は淡い色が繊細に、幾重にもかさねられてふたつとない景色を描いていた。
ひとつひとつ丁寧に描かれた模様にも心が動かされる。
刷毛目のやさしい線が、作品ができあがるまでの時間を想像させる。ギャラリーのオーナーさんとお話していると、ひとつひとつ、丁寧に時間をかけて作られている作品だということもわかってきた。

それぞれの形ごとに欲しい色あいが異なり、どの作品を購入しようか迷っていると、オーナーさんが齋藤さんのうつわで冷たい抹茶を点ててくださった。

火照った体の中にひんやりとした苦みが流れ込み、ほっと息をつく。
そして、うつわを手に取って、ゆっくりと眺める。
展示してあるうつわを外から眺めるのとはまた違う。使う機会をいただいてそのものの魅力がひとまわりも、ふたまわりも身近なものとして感じられるような気がする。

私が漠然とうつわに携わりたいと思うようになったころ。
頭の中にはお茶を飲んだり、料理を盛りつけたりするイメージはもしかしたらそこまでなかったかもしれない。

ただ、ものとしての魅力、好きという気持ちが先行していたのかもしれない。

でもいまは、うつわを人に伝えたいという想いとともに、うつわを使うきっかけとしてお茶を飲めるような機会も作っていきたいという気持ちが大きくなっている。

自分の中にある原点のような小さな芽。芽吹きにゆっくりと注がれる水は、誰かとの偶然の出会いや経験から溢れていくことを思い出す。

だから、私はまだ知らない場所へと足を運びつづける。遠回りでも、合理的でなくても、自分の原点に立ち返り、水やりをするために。

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