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チェルフィッチュ『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』岡田利規(吉祥寺シアター)

日本語を母語としない人々と日本語を母語とする人々の日本語による演劇。

アフタートークの岡田利規さん(作・演出)の話によると、演劇で「せりふの意味はわかるが、せりふが観客の中に入ってこない」ことへの問題意識も、日本語を母語としない人々と日本語の演劇を作ることへとつながったらしい。また、公演のサイトやパンフレットによると、非母語話者の俳優による演技への評価が言語の流ちょうさに影響され過ぎていることへの問題意識を出発点としているようだ。

今回の出演者にはワークショップの参加者からオーディションで選抜したメンバーもいて、約半数は俳優を生業とはしていない。言語のほかに「プロの俳優」でないからこそののせりふの言い方、伝わり方も作品に寄与しているのではないか。

カーテンコールでの観客の反応から、評価が分かれているなと感じた。

簡素な舞台。床と背面の壁から成る構造物が宇宙船の一室を表す。下手側にドアがある設定。客席側に向かって長方形の窓が設けられている。

演者は演技の合間に構造物から出て飲み物を飲んだりもしていた。下手側の構造物の外には芝居に参加しない人が控えていて、おそらく台本を持っていた?演者のせりふが正しく進行しているか確認したり、演者が台本をのぞき込んでせりふを確認したりしている素振りが見られた。実際にそうしていたというよりも、そういう演出だったのだろうか?

コーヒーメーカーや自動ドア、宇宙人(異星人)をスキャンして情報を得る機械の自動音声は、日本の電話受付の自動音声などを模しており、無駄な丁寧さなどが笑いを誘う。

宇宙船イン・ビトゥイーン号には4人の乗組員と1体のアンドロイドがいる。そこに1人(?)の宇宙人が現れた。宇宙船のミッションは、衰えつつある言語を宇宙人に習得してもらうこと。突如現れた宇宙人は高度な知性の持ち主で、あっという間に日本語を操れるようになる。

始まったのは、音楽談議。地球の音楽とは、宇宙の音楽とは何だろう?そもそも音楽とは何だろう?空気の振動が音に変換されることは、言語の翻訳に似ているのだろうか?といった問いをみんなで話し合う。

4人の乗組員は日本語非母語話者が演じていて、一部聞き取りづらかったり、たどたどしく聞こえたりもする。演技に慣れていない人もいるので、「棒読み」にも聞こえるかもしれない。しかし、学芸会のような「素人っぽさ」は感じなかった。そのぎこちなさが「自然な」掛け合いとなり適切な間となり演劇的効果を上げている。

舞台上部に英語字幕が表示されるが、舞台に向かって左上から右下へ線状の電灯があるため、その電灯の線が字幕の一部にかかってしまう。あえてなのだろうか?会場入り口には、英語字幕が見えやすい席は舞台に向かって右側ですという掲示がしてあった。

日本語が聞き取りづらいとき、英語がわかれば英語字幕を参照できる。日本語がわからない人は、英語字幕を読んで意味を理解することになる。日本語と英語がわかるかどうかで観劇体験に少し変化が生じる。その点も興味深い。

乗組員のせりふは、あえて、あまり話し言葉で日常的に使わないような文章っぽい言い回しや、慣用句などを入れていると思われる。また、あえて、こてこてのいわゆる若者言葉も入れているのだろう。

何回か「それが問題だ」と言う人がいて、シェイクスピアの『ハムレット』のせりふだから演者はイギリス(イングランド)の人かな?と思ったら、東ドイツ出身者だった。ほかの3人の非母語話者は、中国、ハンガリー、フィリピンの出身。

日本語母語話者2人のうち、1人はアンドロイド、もう1人は宇宙人の役だ。劇中の設定では、前者は日本語をプログラムされており、後者は日本語を話す乗組員から日本語を(瞬時に)習得したことになる。アンドロイドは人間である乗組員や機械ではなさそうな宇宙人に劣等感を持ち、宇宙人は人間と異なるセンサー(知覚器官)を持っているために音楽の概念が理解できないなどの設定も、言語の流ちょうさとの非対称性を強調するためのものだろう。

ラストでアンドロイドが乗組員たちに、宇宙人に(眠っているところを)起こしてもらったらどうかと提案し、乗組員が同意することは何を示唆するのか。

言語、特に異言語(外国語)や翻訳、言語が関わる文化などに興味がある人にとっては、面白い演劇作品だと思う。

ただ、テーマの探究はやや中途半端にも思える。「せりふが観客の中に入ってくるか問題」や「非母語話者に言語運用能力ではなく演技での評価を」といった問題意識をどう深めているかというと、まだ浅めにしか掘れていないようにも感じる。問題意識が先に立って頭でっかちになってしまい、演劇としての完成度は後回しになっているというか。しかし、この生焼きな感じ、未完成な感じは、テーマを表現するためのあえての仕上がり具合なのかもしれない。

▼この動画を視聴したら、作品の意図がもう少し見えるのだろうか。
【トークイベント】チェルフィッチュによるノン・ネイティブ日本語話者との演劇プロジェクトについて考える

作品情報

作・演出:岡田利規
出演:安藤真理、徐秋成、ティナ・ロズネル、ネス・ロケ、ロバート・ツェツシェ、米川幸リオン
舞台美術:佐々木文美
音響:中原楽(LUFTZUG)
サウンドデザイナー:佐藤公俊
照明:吉本有輝子
衣裳:藤谷香子
舞台監督:川上大二郎(スケラボ)
舞台監督アシスタント:山田朋佳
演出助手:山本ジャスティン伊等(Dr. Holiday Laboratory)

英語翻訳:オガワアヤ
宣伝美術:牧寿次郎
アートワーク:平山昌尚

プロデューサー:黄木多美子(precog)、水野恵美(precog)
プロジェクトマネージャー:遠藤七海
プロジェクトアシスタント:村上瑛真(precog)

製作:一般社団法人チェルフィッチュ
共同製作:KYOTO EXPERIMENT

主催:一般社団法人チェルフィッチュ
企画制作:株式会社precog
提携:公益財団法人武蔵野文化生涯学習事業団
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京、文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(創造団体支援)) |独立行政法人日本芸術文化振興会


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