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子どもは親を見ている。

そう思わされることがよくある。

先日の夜、娘(3歳)はNetflixで動画を観ながらおやつを食べていた。おやつを食べる合間に、ちゃっかりジュースも飲んでいる。

飲み食いし始めてから1時間ほどが経過し、就寝時間も迫ってきたので、そろそろ止めるようにやんわり促した。

しかし、動く気配はまったくなし。何度か声をかけたが、ほぼノーリアクションだったので、最終的にちょっとキツめに注意した。

ところが、娘はそれがたいそう不満だったようで、烈火のごとく泣き出した。「なぜ、自分だけが強制的に止めさせられなければならないのか!」

本人としては親も同じことをしているのに、自分だけが禁じられることに納得がいかなかったようである。

そう、娘が指摘する通り、親である私も同じことをしているのである。その姿を彼女はしっかり見ているのだ。

Netflixでお気に入りの番組を観ながら、ジャンクフードを肴にビールを飲んでヘラヘラ笑っている私の姿を。

だから、当然自分も同じことをしたいし、それをする権利があると思っているようだ。そのことに気づいたら、返す言葉がなくなってしまった。

とりあえず、その場は「大人はいいけど、子どもはダメなんだ」という支離滅裂な主張でうやむやにして諌めた(全然、諌まらなかった)。自分の行動を顧みない、典型的な失言だったと反省している。

だからといって、この習慣をいまさら止めるのも気が重い。だって、ビール飲みながらの動画視聴って、端的に言って最高じゃないですか。

こんなに手軽で効果の高いストレス解消法はない。いきなりこれを禁じられたら、別のところでなんらかの問題が起きそうな気がするほどだ。

とはいえ、このままの状態にしておくわけにもいかない。そこで最近はもっぱら動画ではなく、本を読みながらビールを飲んでいる。その姿を見た娘に、読書をする習慣がつけば一石二鳥ではないか。

けど、3歳の子どもがおやつとジュース片手に絵本を眺めているという光景も、それはそれで不健全な気も……。

そんな今日は、花金です。

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