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「手」を止めるな!

「何を書いてもよいですよ」と言われると、はて何を書いたらいいのか、と立ち止まってしまうことがある。

ここ最近、迷うことが多いのが保育園の連絡帳だ。

保育園の先生方と家庭とのやり取りに使う連絡帳は、私が(いつの間にか)担当することになっている。なかなか日頃はわからない園での様子を、先生方がていねいに書いてくれるので、毎日帰ってから読むのを楽しみにしている。

だが、自分が書く段になると、とたんに迷ってしまう。

・・・あれ、今夜は家でなにしてたっけ?

おそらく雑事に追われて、連絡帳を書くところまで頭が回っていないのだろう。夜、帰宅してから娘とふれあう時間は少ない。だからこそ、もう少していねいに観察していればいいのだが、仕事をなんとか終えて帰宅し、夕食やら家事やらに追われていると、なかなかそうもいかない。本来は今日の出来事について、詳しく話したりできればよいのだが・・・。

といった状態なので、筆が止まってしまう。小さなノートに、4~5行書けばいいレベルなのだが(文字数の指定などはもちろんない)、これがなかなか悩ましい。

そして、「何を書いてもいい」ということは、書き手がテーマを主体的に選択するということを意味する。それは親の子に対する「視点」そのものだ。だから、そこまで深く考える必要はないのだろうが、何を書くかによって私の考えや行動が丸裸になるようで、微妙に緊張してしまうのだ。

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と、ここまで書いたところでこう思った。

余計なことを考え過ぎなだけでは――。

だって、今日も割と忙しかったけど、なんだかんだでこのnoteが書けてるじゃん。とにかく、手を止めなければいいんだ、手を。

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