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烈火のごとく

※上は前回の短編小説です。リンクしています。



【短編小説】


 「始め!」

審判の合図で試合開始。

「イャャーーー!!」

攻める。

「コテッ! メン!! メン!!!」

軽く竹刀でいなされる。

「キェェーーー!!」

タンタン、ダン!

「メン! メーン!!」

見切られる。

「……っつ!!」

あたしが一瞬悩み、立ち止まる。狙いを定めて小手を打つ。

「ッ!! コォーテッ……」

空振り。小手を抜かれた。あたしの体は隙だらけ。

「メェェーーーーン!!!」

バシン!!!

脳天に直撃。面ありの一本。

(くっ、くそ! 噂通りのヤローだ)

呼吸を整えて、定位置に戻る。中学3年、最後の都大会。あたしは初戦から超強敵と当たっちまった。

(……落ち着け、まだ一本取られただけじゃねーか)

あたしはこの最後の大会は優勝すると決めている。なにがなんでもだ。初戦から躓いてらんねーんだよ。入江いりえ中学の女主将として、こいつは絶対に倒す。

「二本目!!」

審判の合図で気合を入れる。

「イャャーー!!」
「キィェェーー!!」

響くように相手も気合を入れる。

ドズン!!バァン!!バシィン!!

なんて重てー、打ちだ。男子並みのパワーかよ。鍔迫り合いも石のように硬く、ブレもしねぇ。一瞬目が合う。

(……うっ!)

力で跳ね飛ばして間合いを取る。

(あたしがビビってるってか、冗談じゃねー)

石館いしだて中学の雪代響子ゆきしろきょうこ。都内で最強の女子と言われ、この大会も万全のコンディションで臨んできやがる。いや、全国でもここまでの奴はそうはいねぇ。相手にとって不足はない。だが、対峙してここまでかと実力を見せつけられる。

(あたしだって、都内じゃ少しは名が知れてんだ。『烈火のごとく攻めの剣道』と言えば、あたし、八神蓮夏やがみれんかなんだよ)

間合いをジリジリと詰める。

(……っ!! 隙がねぇ!!!)

ギリギリの所で竹刀で受ける。右に左に、お手本のような足さばきで翻弄される。

(……くっ、くそ!!)

「コテッ! メンッ!!」

(……技が通じねぇ。先の先の攻撃はことごとく見切られる)

いつの間にか場外ギリギリまで追い詰められた。

(悩むな! 攻めろ!! 攻めは、あたしの武器だろがーー!!!)

思いっ切って飛び込み面を放つ。しかし、雪代が視界から消える。

パシン!!!

「ドォォーーー!!!」

(抜かれた!!!)

鮮やかな相手の抜き胴。文句なしの一本。完敗。剣道の試合時間4分にして、あたしは1分と持たなかった。放心状態で竹刀を収めて、礼をする。その後のことは、覚えていない。

「ッ……うぅ…………くそっ……」

体育館の外で、1人泣いた。ふと抱き寄せるように包まれる。

「……お疲れ様、蓮夏。頑張ったよ」

その声は、大事な大事な声。

「ッ……うっせっ。……いまは。……ほっとけ」

日野古都梨ひのことり。あたしの大事な友達。一緒に全中に行こうという夢は、団体戦でも、個人戦でも叶わなかった。

「……私が、頑張るから。私が、優勝して蓮夏と、一緒に全中行くから」

「後は任せて」そう言って彼女は次の試合へ向かって行った。

「……終わっちまったな。……あっさりと」

入江中学の女主将として、今日までみんなを引っ張ってきた。団体戦ではベスト4で敗れ、個人戦は1回戦負け。あたしの中学3年間の剣道部はこれで終わった。しばらくは何も考えられず、適当な日々が過ぎていった。

「おい、聞いた。高等学校の剣道部、来年から顧問変わるってよ!」
「まじ! 安藤あんどう先生が退任すんの」
「なんか、九州の方の、別の中学へ行くって」

ショックだった。都大会の敗戦からようやく立ち直り始めたころ、今度は入江高校の顧問が変わり、部員も減少しているということから、新しい顧問は練習量を減らし、細々と活動することを決めたらしい。

「え~、じゃあ、私ら進路考え直すわ~」
「本当。高校でも剣道やりたいからね」
「でも、どうしよっか」

あたしたちの入江中学はエスカレーター式なので、普通にいけばそのまま入江高校へと進学する。だが、スポーツに秀でた才能ある者は他校へ引き抜かれたり、受験したり、それぞれのスポーツを極めようとより高みを目指す。あたしも高校は入江高校で安藤先生の教えを受ける気でいた。その安藤先生も来年はもういない。

(……ついてねぇ。あの都大会から……)

勉強に身も入らなくなり、剣道部も引退してからダラダラした生活を送っていた。そんなある日。

「八神! ちょっと職員室まで来い!」

あたしの教室に、顧問の山井やまい先生が押し掛けてきた。そのまま応接室へと通される。

「八神。こちらは総武学園そうぶがくえん高校顧問の大徳千十郎だいとくせんじゅうろう先生と、副顧問の宇都木琴音うつぎことね先生だ」

山井先生に紹介されて、私は軽く頭を下げる。

「はじめまして、八神さん。宇津木です。先日の都大会での試合、見させてもらいました」

宇津木先生とやらが、にこやかに話しかけてきた。

「いやぁ。良い剣道でした。迷いなく攻めて相手を崩す、『烈火の攻め』の八神を見させてもらいました」

今度は大徳先生が話を継ぐ。都大会の話はあまり思い出したくないんだが。

「……いえ、結局は負けちゃいましたし」

1分も持たなかったことも知っているのだろう。これ以上の言葉は出なかった。

「八神さん。顧問の山井先生より、以前からお話を聞いています。入江高校顧問の安藤先生が来年から九州へ行くと」

2人は山井先生の知り合いか。そのまま次の言葉を待つ。

「八神さん。総武学園うちへ来ないか?」

大徳先生の目が鋭くなる。

「総武学園剣道部は、特に女子部員の獲得には力を入れていてね、スポーツ推薦枠を八神さんに使いたいと宇津木先生より前々から言われていたんだ」

宇都木先生がほほ笑む。

「もし、進路先に悩んでいるようなら、総武学園うちへ来てほしい。同じ女性として、あなたの剣道を指導します」

その瞳が真剣であることは一目瞭然だ。その目を見ていると引き込まれるものがある。

「私と一緒に、今度こそインターハイを目指してみない?」

ニコッと、これでもかという笑顔を向けられて、あたしは思わず俯いてしまった。

「……少し、考えさせて下さい」

それだけ言って、面談を終えた。思わぬ話だった。あたしを必要としてくれている。都大会は無様な試合をして、雪代響子ばかりに注目が行って、あたしの剣道など誰にも見てもらえないと思っていた。だが、大徳先生と宇津木先生はあたしの剣道を認めてくれた。それは素直に嬉しかった。

「ふ~ん。良いことでもあったみたいじゃん、八神」

何かを見透かされたように教室で話しかけられる。

「……なぁ、火浦ひうら。お前、陸上で自分が必要だって言われたら、その高校、行くか?」

自信に満ち溢れた顔で火浦は言う。

「当然でしょ。まぁ、私の場合、どこの高校も喉から手が出るほど欲しがるでしょうけどね」

クククッと笑う。火浦凜ひうらりん。嫌なヤローだ。

「……だよな。悩むなんて、あたしらしくないか」

なんとなく、腹はくくれた。

「剣道のスポーツ推薦の話でしょ? 八神にしては良かったんじゃない? 必要とされているうちに、さっさと返事したら? そのうちどこからも声かからなくなって、惨めな思いをしたくなかったらね」

本当にムカつくヤローだ。あたしは向き直って言い返す。

「おい、火浦! 陸上女王様気取りもいいけどよ! この先、高校でお前を抜き去る奴が、きっとこの都内にいるぜ、間違いなくな!」

適当なハッタリをかましてやったが、火浦の表情が一瞬曇る。

「……なにを言ってるの? 私は全中に行くのに、都内で相手になる奴なんているわけないじゃない」

火浦の目つきが鋭くなる。ビンゴだ。心当たりのある奴が、おそらく今は影に隠れているんだろうが、いるようだ。

「まぁ、八神じゃ、高校でもインターハイなんて夢のまた夢でしょうけど、せいぜい頑張んな!」

それだけ言うと火浦は席に戻っていった。インターハイか。おもしれー。心は決まった。あたしは翌年の春に、総武学園高校剣道部へと入部する。


                 (了)

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