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俺は強くなる

【短編小説】


 「宗介そうすけ、お前まだ剣道続けるつもりなの? 才能ないのに」

棘のある言い方をされたので、すかさず言い返す。

「うるせぇ! 俺の勝手だろ! 黙ってろよ」

座って剣道防具の手入れをしていたので、斜め上を見るよう睨み返す。

「宗介。私たちの両親はオリンピックにも出場した元有名選手。兄貴は今年の箱根駅伝優勝の立役者。そして私は高校女子短距離、期待の選手。お前はなんだ? ただの落ちこぼれじゃないか」

言われたくないことを矢継ぎ早に言われて、ムカついた。

「自分で期待の選手とか言ってんじゃねぇよ! うるせぇって言ってんだろ! バカ姉貴!!」

そう。我が家は爺ちゃんの代から陸上一家で有名な家系だ。それも生半可な有名ではなく、オリンピックにも出場して結果を出すほどの選手だ。両親が結婚を発表した時は世間を賑わし、マスコミにもしょっちゅう追われていたらしい。そんな親の子に生まれた俺たち3人の子供。長男の兄貴は大学陸上部の長距離選手で、今年の箱根駅伝でも大活躍したスター選手。すでに実業団から内定をもらっていて、今後の活躍次第ではオリンピックにも出場できる程の実力を持つ。

「……ふん。落ちこぼれの泣き虫小僧が。剣道なんかに逃げやがって」

姉貴にタオルを思いっきり投げつけてやる。

「剣道やってなにが悪い! 頭の固い陸上一家に生まれたからって、なんで俺たちまで陸上やらなきゃならないんだよ!」

親が有名だと子は大変だとよく言われる。俺は物心がついたときから陸上のジュニアスクールに通わされて、毎日毎日トレーニングを積んできた。兄貴と姉貴は小学生の時から、親より受け継がれた才能をいかんなく発揮して活躍し始めた。対して俺はどんなに努力をしても、結果が出ずに周りも有名選手の子供として取り扱うのは、いつも兄貴と姉貴だけだった。

「……ちっ、ガキが。結局、お前だけ才能がなくて逃げたんだな。だから父さんも母さんも、もうお前には興味がない。好きなことをして遊んでろってことだ」

とどめの一言を言われて言い返せなくなった。陸上を辞めてしまった俺には父さんにも母さんにも、期待されなくなり、いつしか会話も減っていった。家にいても居心地が悪い。俺はたしかに陸上を諦めた。小学生の時に、周りからはいつもダメ出しされて、必ず親や上の兄妹と比べられた。それに嫌気がさしていたそんな時、たまたま剣道のことを知った。きっかけは当時、空前のブームになっていたアニメの影響だ。刀を使い敵を倒す。ただ激しくチャンバラのように刀を振り回すのではなく、動きに型があることを知った。

「……もぅ。……いいだろ。……俺のことは」

町の剣道道場があることを知った俺は勇気を出して親に剣道をやってみたいことを伝えた。しかし、猛反対されて結局は流された。それでも1人で道場の近くを覗いてみては、うじうじと過ごす日々が続いた。ジュニアスクールでの日々がとうとう嫌になり、練習にも行かなくなった。当然、親からは叱られ、外野の声も聞こえてきて億劫になった。そんな時、祖母ちゃんに支えられた。

「お兄ちゃんもお姉ちゃんも陸上やっているんだから、宗介ぐらいは自由にさせてあげなさい」

あの時の言葉が忘れられない。結局、祖母ちゃんに背中を押してもらい、親は認めてくれなかったが、小学4年生から剣道を始めることができた。剣道も決して才能があってやっているわけではない。ただ、無理やりやらされていた陸上と違って、中学校での剣道部は充実していて楽しかった。親はもう呆れて何も言ってこないが、家では唯一話しかけてくるのが、この姉貴だ。

「……まぁ、いい。お前、もう家出ていくもんな」

顔を合わせば喧嘩ばかりだが、口だけではないのが姉貴の凄いところ。自分で言うだけあって、短距離女子の選手として高校2年生ですでにインターハイ、ジュニア・ユース大会、国民体育大会で3冠を達成。そして先日オリンピック代表権も手にしてみせた。今じゃ高校陸上界で北馬翠ほくばすいの名前を知らない人はいないだろう。

「しかも、よりによって総武学園そうぶがくえん高校だと。よくもまぁ、東第一あずまだいいいち高校永遠のライバル校へ進学する気になるよな」

この春から俺は家を出る。爺ちゃんと祖母ちゃんの家へ居住を移すことになった。陸上を離れた俺はもう、この家にはいられない。

「いいだろ。俺は総武学園の陸上部に入部するわけじゃないんだ」

総武学園高校剣道部は都内では中堅どころの高校だ。女子は強いのが数名いるが、男子はあまり結果も出ずにパッとしない。

「……俺が。俺が総武学園高校男子の剣道部を強くするんだよ!」

自分の強い意志で姉貴を見据える。

「泣き虫小僧にできるのかよ、そんなこと」

グッと睨みつけてくる姉貴の目はいつ見ても怖い。一瞬ひるみそうになる。姉貴がピンッとなにかを弾き、思わず慌ててキャッチする。

「……んっ? なんだよこれ」

手には健康祈願と書かれたお守りがあった。

「餞別だ。せめて体は壊すな。それと……」

部屋を出ていこうとして足を止める。

「剣道だけは辞めるなよ。絶対にな!!」

バタンと扉を閉めて出ていった。クソ姉貴が。これだから本気で憎めやしない。そのお守りを大事に竹刀袋へと収めた俺は、頭を丸刈りにして総武学園高校へ入学した。

「見てろよ姉貴! 俺が総武学園高校男子剣道部の歴史を変えてやるからな」

今日から俺の。北馬宗介ほくばそうすけの新しい一歩は始まる。


                 (了)


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