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【掌編小説】 生國魂神社|御朱印GIRLS

 私は今年、前厄に当たる。しかも、大厄といわれる厄年の前厄だ。
 気構えはなかったが、バイト先の店長に大厄は前厄から来るよ! と言われて以来、身震いが止まらなかった。だから、

第四番所


「お願い! ついてきて! 一緒に来てください!」

 と美咲に泣きついた。御朱印巡りの友達は笑いながら、オーケーしてくれた。

「だって、今年に入って10日も経たないうちに、鞄が2個もダメになったんだよ!?」

 谷町九丁目駅。
 電車のなかで、厄払いにいきたいと急に言い出した理由を延々と語る私を、美咲は愉快だと笑った。

「それは災難だけどさ、それって厄年となにか関係あるの?」
「あるとかないとか、分かんないけどさ、なんか不吉じゃん!?」

 町中に出て、美咲の笑いはさらに大きくなった。美咲は来年、自身が私と同じ立場になることを一切考えていないようだった。

「良かったね。節分前に行けて」
「ほんとだよ! この日に予定入れてて本当に良かった!」

 美咲は確かに厄除けにオーケーしてくれた。が、「今度の神社仏閣巡りの時になら」と条件付きだった。私はすぐさまスケジュール帳を開き、予定日が節分前であることを確認し、胸を撫で下ろした。厄除けは節分までにいくもの! そう認識していたからだ。

「それで? 予約したの?」

 元々行こうと計画していた神社仏閣は、生國魂神社と四天王寺と一心寺の三社である。谷町九丁目駅で降りて、徒歩で巡る予定だ。厄払いで有名なところは多くあるが、この三社の中だと断トツで四天王寺だろうと思った。
 だから四天王寺で予約しようと思い、ネットでいろいろ調べてみたのだが、

「それが、予約が必要かどうかも分からなかったんだよね」

 肩を落とす私に、美咲は「じゃあ、どうするの?」なんて軽く聞いてきた。

「とりあえず、受けられるところで受けようと思って。だから、全部で聞いてみるつもり。多分、どこも無理でしたってことは無いと思うから」

 大通りを右に曲がると、遠目にしめ縄の鳥居を確認することができた。その奥で、木々が揺らめく。町中に小さな森が広がる、この感じ。やっぱり、神社はワクワクする。そう感じることが正しいのかは、分からないけど。

「受けられるといいね」
「ほんとにね!」

 しめ縄の鳥居をくぐり抜け、こつぜんと現れた歩道を横切ると、すぐに大鳥居が現れた。お邪魔しますと一礼をして、鳥居をくぐる。手水舎に寄り、手と口を清めた。

「あ、ハンカチ忘れた」
「使ったあとだけど」
「ありがとう」

 美咲が手をふくのを待って、拝殿に向かう。翠の屋根にベージュの柱は真新しく見え清潔、というよりも清廉な佇まいだ。歴史は古いとなにかに書いていた気がするが、拝殿からはそんな古めかしさは感じられない。ただ、なんというか、空気だけは別格だった。ような気がする、としか言えないけれど。厳かなというような重いものではなく、肌に馴染み自身の中にある捉えることのできない芯みたいなものと同一の風が、自身のなかに眠っていた清らかさを俄に沸き上がらせてくれる。そんな感じだ。
なんだかいつもと違う感覚を体の中に感じながら、美咲と二人、本道に向かい並ぶ。
 二礼二拍手一礼。
 顔をあげると、美咲はすでに参拝を終えていて、じっと拝殿の先を見据えていた。
私は深呼吸をしたあとに、勇んで脇にある社務所へ向かった。
 社務所には巫女さんが2人並んでいた。

「あのー、御朱印をお願いしたいんですけど」

 奥にいた巫女さんに話しかける。

「はい。受付はあちらになります」

 手前にいた巫女さんを手のひらで示しながら笑顔で丁寧に対応してくれた巫女さんにしどろもどろに答えながら、さらに質問を重ねる。

「えっと、あの、祈祷って予約なしでも受けられますか?」
「はい。大丈夫ですよ」

 こちらで受け付けておりますと言われ、御朱印と祈祷、どちらを先にお願いするか悩んでいると

「祈祷は受けられますか?」

 見かねたのか、巫女さんが声をかけてくれた。

「は、はい」
「なら、御朱印もこちらでお預かりします。こちらにご記入をお願いします」

 祈祷の受付用紙を受け取り、御朱印帳を差し出す。背後に備えられた机で名前・誕生日・住所を書いて、提出する。

「奥に行っていただきますと、待合室がございますので、お呼びするまでそちらでお待ちください」

 巫女さんの案内にしたがって、左手奥に進もうとしたけど、不安になって後ろを振り返った。美咲は少し離れたところで様子を伺っていたようで、目が合うとこっちに来てくれた。巫女さんに言われた通りに通路を進む。なにやら建物があり、床には赤い絨毯が敷かれていた。
 靴のまま入っていいか迷っていると、近くを神社の方が通ったので、思いきって訪ねてみた。連れが入っていいのかもついでに尋ねてみる。

「大丈夫ですよ」

 と、優しく返してくれた。美咲と二人、赤絨毯の上を恐る恐る進みながら、待合室に入る。
 備えつけのテレビでは地域のニュースか神社の報せらしきものが流れていたけれど、緊張からか詳しい内容までは入ってこなかった。横を見ると美咲は普段と変わらない様子で部屋のなかを見渡していた。少しすると夫妻が入ってきたので、お辞儀する。どうやら、祈祷を受けるのは私だけではないらしい。なら、夫妻に習えばなんとかなる! と思うとなんだか落ち着いてきて、目に見えるものを捉えることができてきた。待合室にはチラシやお人形があるだけではなく、飲み水まで完備されていた。
少しして、神社の人が呼びに来た。
 私は奥にいた夫妻に先を委ねると、そのあとに習った。美咲は私のあとに続く。
 興奮とは少し違う胸の高鳴りが、静かにそして少しずつ早くなる。開け放たれた拝殿の扉をくぐるとき、夫妻の奥さんが私は付き添いだからと言って身をひいた。私は夫妻の旦那さんに続き、美咲は奥さんに習う。その後ろに巫女さんがいた。

「お二人もどうぞ」

 巫女さんの声に振り返ると、いいんですか? と奥さんが聞き返していた。巫女さんが良いですよと促し、奥さんは長椅子に腰かけた。美咲も奥さんに習って端に座ったのだが、お寺の人の薦めで少し内側ーーこちら側に寄った。
 私は欲がでたようで、付き添いの二人とは違い、堂々と中央に座していた。少しして、恥ずかしさに襲われる。しかし移動できない空気に、身体を縮こめることしかできない。そんな私をよそに、宮司さんが名前と誕生日、住所の確認に来た。間違いはなく、頷く。チラッと横目で夫妻の旦那さんを見やる。誕生月は聞き取れなかったが、誕生した日にちが一緒だった。驚きを必死に隠していると、宮司さんが本殿に向き直った。

 祈祷は神聖な空気のなか、行われた。
 宮司さんに言われるがまま頭を下げたり、手を合わせたりしながらじっと前を見ていた。
 神様がおられる本殿と私たちの間には雨のカーテンがかかっていたが、空は晴れていて、そんな天候がまた、私の気持ちを洗ってくれている気がした。
 宮司さんの指示についていくのに必死になりながらも、現実と異空間との狭間に立っているような感覚に身体を寄せる。その空気に全てを預けてしまうと宮司さんの声が聞こえなくなる気がして、必死に踏ん張った。

 祈祷が終わると、宮司さんが月の始めである1日はいい日取りなんですよと教えてくれた。そのため、この神社では、なにか毎月催しをしているらしかった。
 最後になにやら袋を受けとると、祈祷は終わった。ありがとうございましたと、お礼は欠かさない。
 拝殿をでると、なんだか神聖な空気に包まれた気がしている私は、目を閉じて深く息を吸い込んだ。そんな私に、美咲は変わらない口調でこう言った。

「私、鴫野神社行きたい」

 いつの間に見つけたのか、美咲は境内案内を私を差し出した。そこはどうやら、生國魂神社に数多ある末社の1つらしい。

「女性の守り神だって。有名らしいよ」

 祈祷の名残に浸る私なんて、お構いなしだな。なんて思ったけれど、

「……行く」

 誘惑に負けた。

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