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古典リメイク『レッド・レンズマン』19章-2

19章-2 キム

 残る課題は、アイヒ族の本拠地へ反攻をかけること。そして可能なら、彼らの上位種族の正体を明らかにすることだった。アイヒ族がボスコーンの頂点でないことはわかったが、その上はまだ、霧に包まれたままなのだ。

 ただ、アイヒ族の母星ジャーヌボンはアンドロメダ銀河内のどこか、と判明しているだけで、それ以上の情報がない。

 小規模の探査隊をアンドロメダ銀河に送り込んでも、連絡が途絶し、行方不明になってしまうだけだった。つまり、大艦隊が準備できるまで、精々、訓練くらいしかすることがない。

 ぼくは進攻艦隊の一部を預かり、試験航行や戦闘訓練を行っていたが、ある日、最高基地のヘインズ司令から呼び出しを受けた。指令ならレンズを通して送れるのに、わざわざ会いに来いというのは、よほどのことだ。

 ぼくが数日かけて惑星バージリアに帰還し、〝丘〟と呼ばれる司令本部に出頭すると、ヘインズ司令は……以前より痩せて、それとわかるほど縮んでいた。

 それは、胸を突かれる発見だった。最高基地防衛の大作戦による疲労だけではない。リック先輩は、たぶん、ヘインズ司令の息子のような存在だったのだ。

 それにまた、部下や同僚を失う度、少しずつ、歴戦のレンズマンは縮んできたのに違いない……ただ、意志の力で、胸を張り続けてきただけで。

「やあ、キム、じかに会うのは久しぶりだな」

「はい、閣下がお元気そうで、安心しました」

 もちろん、ぼくは朗らかに言ったつもりだ。しかし、老練なレンズマンにはお見通しだったようだ。

「ふむ、若造にそう言われるとは、わたしはよほど、年寄りに見えるのだな」

 にやりとされて、冷や汗をかいた。不器用なくせに、余計なことを言うのではなかった。

「まあ、座れ。話がある」

 ヘインズ司令は、目の前の大画面に、アンドロメダ銀河の美しい映像を映した。ぼくたちの暮らす天の川銀河の隣にある、同規模の銀河系だ。

 どんな種族が住んでいて、どんな文化圏が広がっているのか、まだほとんど掴めていない。過去に幾度か、科学的な探検隊が向かったことはあるが、いずれも帰還しなかった。不運な事故のためだと思われていたが、おそらく、そうではなかったのだろう。アイヒ族の母星がこの銀河にあるのなら、既に大部分がボスコーンの勢力圏だと覚悟するべきだ。

 そこへ進攻するということは……戦闘に次ぐ戦闘になる、ということだ。最前線に立つのは、もちろん、ぼくのような若いレンズマンだろう。いわば消耗品だ。前衛が敵を蹴散らしたら、初めて、本隊が前進し、恒久的な基地を建設することができる。

「アンドロメダへ送り出す遠征艦隊のことだが……本来は、リックを総司令官にするはずだった」

「はい」

 先輩なら、誰もが認める司令官になっていたはずだ。デッサを取り逃がしたぼくの失態が、先輩を死なせてしまった。

 クリスさんは、ぼくのせいではない、気に病むことはしないようにと言ってくれたが……自分で一番、よくわかっている。ぼくの覚悟が、不徹底だったからだ。しかし、これからは、二度と同じ後悔はしない。

 ぼくが最前線で戦うことで、本隊がアンドロメダを解放できるなら、それでいい。いくらでも、捨て石になろう。

「……だが、今となっては、もう叶わない。そこでだ。きみに艦隊司令官を務めてもらいたい」

 数瞬、理解が追いつかなかった。

 遠征艦隊の……最高司令官?

 ぼくに……アンドロメダ攻略の……最高責任者になれと!?

 ヘインズ司令の重々しい顔を見て、ようやく、強い恐怖に襲われた。寒気がして、全身の毛が逆立ったほどだ。

「まさか、ぼくなんか!! まだ、ひよこ程度の代物ですよ!! 逆立ちしたって、無理に決まっているじゃありませんか!! もっと他に、歴戦のレンズマンがいくらでもいるでしょう!!」

 嘘だ、嘘だ、そんなこと。しかし、ヘインズ司令が、わざわざこんな冗談を言うはずもない。

「むろん、きみより年長で、経験豊富なレンズマンは幾らでもいる。だが、この遠征はおそらく、数年では済まないだろう。数十年、ことによったら、数百年はかかる戦いになるかもしれない。司令官は、若くなくては務まらないのだ」

「しかし……ウォーゼルなら。ヴェランシア人は、人類より長命のはずです」

「そのウォーゼルが、保証してくれた。きみの潜在的な能力は、リック・マクドゥガルを上回ると」

 ぼくは衝撃を受け、言葉を失った。

 頭から血が引いていき、倒れそうになる。椅子に座っていなかったら、本当に倒れていたかもしれない。

「アンドロメダ銀河は、ほとんど未知の領域だ。友好を結べる種族がいるかどうかも、わからない。圧倒的不利を覚悟の上での進攻なのだ。艦隊司令官は、最強のレンズマンでなくてはならない。それが、きみなのだ。リックも、きみには期待をかけていた。だから、レンズなしでデッサの懐にも送り出した」

「ですが……」

 待ってほしい。ぼくが最強なんて、そんなはずは。ほとんど、泣きそうだ。

「アイヒ族が、デッサを通してきみに精神攻撃をかけた時、きみはレンズを持っていなかったのに、自分を守りきった。他のレンズマンが、多数、死傷したのにな。それから、ウォーゼルの指導を受けて、レンズマンとしての修業を積んだな。その結果、きみの精神力は格段に向上した。つまり、次の精神攻撃があっても、きみが生き残る可能性は、非常に高い。いつまでも、今の思考波スクリーンが通用するはずもないからな」

 何でもするつもりではいた。だが、それは、最前線の消耗品としてだ。後方に位置する司令官だなんて。

「ぼくは未熟者です。クリスさんが目覚めさせてくれなければ、眠ったまま、衰弱死するところでした……」

「だが、目覚めたのだ。それは、きみの力だ」

 そうだろうか。ぼくは、クリスさんの力だったと思うのだが。あの誇り高い人が、なりふり構わず、ぼくを刺激し、現世に呼び戻してくれたのだ。今でも、信じられない幸運だったと思う。クリスさんが、人生の伴侶にぼくを選んでくれたなんて。

「……精神力の展開性なら、ウォーゼルの方が上のはずです。忍耐強さならナドレックとか、冷静さや知覚力ならトレゴンシーとか、非人類レンズマンの方が……」

「そうはいかん。艦隊の主力は、人類のパトロール隊員だ。人類が、銀河パトロール隊を創設したのだからな」

 ヘインズ司令が、デスクの後ろの壁に視線をやった。そこには、大きな肖像画がある。偉大なるファースト・レンズマン、バージル・サムス。

 彼が初めてアリシア人からレンズを授けられ、レンズマンとなった。彼の生涯は映画や小説で繰り返し描かれ、広く知られている。リック先輩とクリスさんの、遠いご先祖だ。彼の盟友ロデリック・キニスンが、ぼくのご先祖にあたる。

「大規模作戦の指揮官も、人類であることが望ましい。むろん、グレー・レンズマンたちには、援護者として参加してもらう。ウォーゼル、ナドレック、トレゴンシーがきみの補佐役だ」

 ああ、そうか、それなら……ぼくは、彼らの調整役になればいいのではないか。

 だが、びしりと言われた。

「間違えるな。指揮官はきみだ。きみが彼らに役目を割り振り、使いこなすのだ。彼らの特性に合わせてな」

 ぼくがそれを考えているうち、ヘインズ司令は楽しげに付け加えた。

「それに、メートランドも、ラフォルジュも、喜んできみの指揮下に入るそうだぞ」

 クリフが!! ラウールが!!

 懐かしさに、涙が出そうになった。また、あいつらと一緒に冒険できるのか!!

「顔色がましになったな。技術部門では、カーディンジ卿とソーンダイク博士が開発チームを率いてくれる。艦隊は、進撃を続けながら拡大し、強化されるのだ」

「ですが、ソーンダイク博士は妊娠中では……」

「艦隊の出発までには、出産が済む。本人は、絶対に行くと言い張っているよ」

「まさか、赤ん坊を……テレサを連れて行くというのでは」

「悪いかね? このバージリアも、また戦場になるかもしれんのだ。大艦隊の中にいるなら、安全度はたいして変わるまい」

「そう……でしょうか……」

 アンドロメダには、どんな敵が待っているか、わからないのに。

「もう一つ、おまけをやろう。艦隊中で起こる問題に関しては、クラリッサ・マクドゥガル補佐官を頼ってよろしい。彼女が万事、仕切ってくれるだろう」

 しびれたような衝撃で、全身が熱くなる。

 そうか、わかった。

 これは、文明を移植する旅なのだ。この天の川銀河から、未知のアンドロメダ銀河へ、銀河パトロール隊の理想を広げていく旅。

 何十年、何百年かかるかわからないが、後戻りすることはない、大きな潮流なのだ。

 アンドロメダが平和になったら、またその先へ。人類と友好種族とパトロール隊は、永遠に進んでいく。

 自分はその大河の一滴にすぎないが、無数の一滴が集まってこそ、初めて大河となるのだ。クリフもラウールも、ウォーゼルたちも、みんなが加わっているから、大きな流れになる。

 もう、死ぬことを考えてはいけないとわかった。生きて、生きて、生き延びるのだ。それが、閣下の期待に応えることだ。そして、リック先輩の遺志を継ぐことだ。

 熱い涙がにじむのは止められなかったが、喉の塊を何とか飲み下し、立ち上がって、精一杯、勇ましく敬礼した。

「わかりました。キムボール・キニスン、遠征艦隊の司令官役を拝命します」

「よし。わたしは留守番をしているからな。しっかり頼むぞ」

 満足そうな顔になったヘインズ司令は、デスクの上で、平たい箱を押して寄越した。これは……グレー・スーツではないか。独立レンズマンの制服!!

「きみはもう、わたしの部下ではない。誰からの命令も受けない、独立レンズマンだ。おめでとう」

 さっそく、隣接する大会議室で、内輪の打ち合わせをするという。クリスさんも、グレー・レンズマンたちも揃っていると。

「艦隊司令が決定したという公表は、明日だ。覚悟しておきたまえ。忙しくなるぞ」

「はい」

 だが、広報に関しては、クリスさんがうまく計らってくれるだろう。ぼくはただ、にこやかに、晴れやかに、用意された原稿を読めばいい。銀河パトロール隊は、全宇宙のパトロール隊になるのだと。

「あ、そうだ……ヘインズ司令」

 ここ最近、ずっと考えていたことを伝える機会だ。

「艦隊が出発する前に、行っておきたい場所があるんです」

「もちろん、どこへでも行きたまえ。わたしに断る必要はない」

「はい、ですが……閣下のご意見を聞きたくて。アリシアへ行こうと思います」

 ヘインズ司令は、さすがに驚いた。

「レンズマンがアリシアへ行けるのは、生涯、ただ一度のはずだ。候補生時代、レンズのために精神の測定を受けた時、もう来てはいけないと警告されただろう」

「普通はそうだと聞いています。ですが、ぼくはその警告を受けていないのです」

 ぼくの場合は、単独航行の途中、招かれてアリシア大学の構内に着陸し、老教授から口頭試問を受け、もう行ってよいと宣告されただけだ。後から思い返して、その経験の全体が、幻覚だったのではないかと思っているが。

「きっと、アリシア人がうっかりしたのでしょう。いくら先進種族でも、完璧ではないでしょうからね。だから、行っても悪くはないと思うんです。アリシアに上陸できなくても、精々、叱られて、追い払われる程度なのではありませんか」

 ヘインズ司令は、疑わしい顔だった。

「アリシア人が、うっかり何かを忘れるなど、有り得ないと思うが……行って、何をするつもりだね?」

「尋ねたいのです。アリシア人は、何をどこまで知っているのかと。彼らは本当は、ボスコーンの正体を知っているのではないでしょうか。ただ、理由があって、言わないだけではないかと思います」

「ならば、きみが尋ねても、何の言うまい」

「彼らが答えなかったら、それが答えだと思います。それに、可能なら、ぼくを鍛え直してもらいたいんです。この先、どんな強敵にぶつかるか、わかりませんから」

   『レッド・レンズマン』19章-3に続く

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