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『雌蛇の罠&女豹の恩讐を振り返る』(14)白馬の王子様を倒しに行きます。

生粋のキックボクサーであるダン嶋原と、総合ルールで、しかも異質の女子格闘家である奥村美沙子との試合が発表されると大変な話題になった。
普通ならこの両者のカードは組まれるはずがない。柔術をベースに寝技が得意な美沙子に組技なしの打撃系ルールでやれというのは無理がある。逆に打撃系ルールしか経験のない嶋原は総合ルールを頑なに拒否してきた。折衷案もあるが、格闘家としての両者は水と油で噛み合うはずもない。

「奥村選手との試合、僕は総合ルールでも構わない。堂島源太郎さんも、村椿さんだってNOZOMI選手との再戦は総合でやって敗れました。僕は奥村さんよりずっとキャリアがあり男ですからね。どんなルールであっても女子に負けることは絶対赦されません。NOZOMI選手以外の女子に負けたなら潔く引退しますよ」

こうして、この異色の対決は実現した。

奥村美沙子のマジックのような柔術を目の当たりにしている専門家の間では  “このルールではダン嶋原に勝ち目はない!” という声も少なくない。美沙子は自分より20㎏以上も重い男子プロレスラー、相川隼人を無間蛇地獄の末に絞め落としている。組まれたらいかに天才ダン嶋原とてお仕舞だ。

それでも、嶋原はルールのことでごちゃごちゃ言いたくなかった。

覚悟、開き直り?そうじゃない! 格闘技キャリアの乏しい女にどんなルールでも負けるわけがない。女相手にルールのことでとやかく言うのは自分の美意識が赦さない。
今まではマネージャー伊吹に従ってきたがもう自由にやらせてくれと思うのだ。
尊敬する堂島源太郎は、命を懸けて総合ルールでNOZOMIと死闘を繰り広げた。
そして、村椿和樹はNOZOMIとの再戦で、打撃系ルールで決まりかけていたのにも関わらず、総合ルールを希望し自ら死地に飛び込む形になり倒された。
(この試合の模様はいずれに検証します)
嶋原はそれが頭にあった。

NOZOMIは別格なのだ。
あれは女ではない! 異性ではなく異生物?異界からやって来た雌蛇NOZOMIという魔女の化身なのだ。奥村美沙子という女子選手は確かに柔術マジシャンかもしれないがNOZOMIではないのだ。普通の女格闘家にどんなルールであれ超天才キックボクサーと言われた俺が負けるわけがない。
ダン嶋原はそう自分に言い聞かせリングに上がった。そこには清楚な女(美沙子)が静かに待っていて、リングインした嶋原に向かってペコリと小さく頭を下げた。

試合は緊張が張り詰めるなかゴングが打ち鳴らされた。

両者微妙な間合い。
組技ありのルールで嶋原はどう戦うのかだろう? 美沙子にしても総合ルールの中でストライカータイプの男子選手を葬ってきてはいたが、嶋原のそれは正真正銘掛け値なしの本物ストライカー。今までの相手とは次元が違う。一発でもヒットすれば立っていられないだろう。嶋原も組み付かれたらそのまま蛇地獄の餌食になる。

緊張感のなかのファーストコンタクト。

俺はこんな女と本気で戦うのか?
そこらにいる、ちょっとかわいい普通の女ではないないか? 嶋原はそう思いながらも非情に徹しようと思った。そうでないと自分がやられてしまう。

本編でのこの試合の模様は。
『女豹の恩讐』(45)スキャンダル 。


ダン嶋原とリングで相対した美沙子は遠い日のことを思い出していた。
小学6年生の時だったろうか? 小さい頃から体操に夢中になっていた美沙子だったが成長期になるとぐんぐん背が伸び体質的に体操での才能に限界を感じていた。どうしても小柄な女の子のようにはいかない。
(嶋原戦での美沙子は174cm)

そんな悩んでいる時に何気なくテレビを点けた。そこに映っていたのはボクシング?
否、キックボクシングだった。テレビの中で「小天狗」「悪童」と云われていた若いキックボクサーの恐ろしく速い動きに美沙子は目を奪われた。彼はそのスピードとキレの良いパンチ、キックであっという間に相手を倒してしまった。
若き日のダン嶋原当時18才である。

”すごい! 世の中にはこんなに強くてかっこいい男の人がいるのね…“

それ以来、美沙子は嶋原に心まで奪われ憧れの存在になった。
憧れ? シルヴィア滝田が村椿和樹に憧れたのとは意味合いが違う。シルヴィアは村椿を格闘家として尊敬していたのだ。
対する美沙子は格闘技には興味なく夢見る乙女だった。アイドルに夢中になる普通の女の子のような気持ち? 美沙子は嶋原を、まるで白馬に乗ってやってきた王子様のような目で見つめていた。

あれから10年?

美沙子はこうして、ダン嶋原とリング上で睨み合っている。信じられないことにここで拳を交え憧れていた嶋原を絞め上げ関節を破壊しようと本気で思っている。

“嶋原さん、憧れていたけれど、私はあなたを超えてみせます。私の柔術を存分に味わってください。負けません…”

試合は意外な形で決着がつく。

謙虚であるはずの美沙子も、男子相手の格闘技戦で連戦連勝。総合ルールということもあり天才ダン嶋原を見くびっていた?

嶋原は不世出のキックボクサーなのだ。

今までの相手とはそのパンチ、キックのキレ、スピードが全然違う。
それでも天性の運動神経、カンで打撃を防いではいたが、それを防ぐだけで精一杯。攻め手が見つからず捕まえようとすれば引いている。逆にジャブがローキックが的確に飛んでくる。速い!見えない。
そして、ローキックからガードが下がったところを強烈なアッパーが飛んできた。これが決まればグラスの顎と言われる美沙子は終わっただろう。しかし、顎に掠っただけでそれを紙一重でかわす。

一瞬、嶋原に隙が出来た。
美沙子はそれを見逃さず、すかさずその腰に組み付いた。 

“こうなれば、もう死んでも絶対離さない。あとは寝技に持ち込むだけ”

ドスッ!!

美沙子の側頭部に嶋原の肘が炸裂。

嶋原は歴戦の兵だ、、一瞬の判断力、対応する能力は天才的なのだ。

今まで味わったことのない打撃を受けた。美沙子は一瞬意識が飛びそうになり、せっかく捕まえた嶋原の腰から腕を離してしまった。これは致し方ない。

ビシュッ!!

そこを狙いすました嶋原のストレートパンチが美沙子の顔面を捉えた。美沙子は初めてのダウンを喫する。それを見下ろしながら嶋原は何かを考えているようだ。

ダン嶋原は倒れている奥村美沙子の背後からその首に腕を回した。天才柔術女子に自ら組み付き寝技で勝負をつけようとする姿は、堂島源太郎が勝利寸前に自らNOZOMIのゾーンに入っていった姿に重なる。
しかし、美沙子は嶋原の肘とストレートパンチによって余力が残っていない。

「君は半分意識がない! これ以上やる必要はない。俺もこれ以上絞めるのはつらい。お願いだからタップしてくれ…。君は本当にすごい! ありがとう」

ダン嶋原は奥村美沙子の首を絞めながら、耳元にそう囁いた。

「はい!」

美沙子は嶋原の言葉に従い自らタップ。

” やっぱり、嶋原さんはかっこいい… “

たった1R、2分そこそこの攻防、結果的に嶋原の圧勝に映るが、彼はずっと緊張していた。腰に組み付かれた時、タイミング良く肘が決まっていたから良かった。又、その次の右ストレートが奥村美沙子の顔面を捉えていなかったら? 一瞬の攻防だったが思い返すとゾッとするのだった。

嶋原は以前から総合ルールに対応するための練習を密かに行っていた。それに、男子とは違う女子の間合い、リズムも研究していた。NOZOMIとの再戦を見越してのことだが、いくら総合ルールで柔術マジシャン奥村美沙子相手とは言え、NOZOMI以外の女子に負けたなら彼の格闘技人生は終わっていただろう。そして、今まで築き上げてきた ”天才ダン嶋原伝説“ も色褪せた意味のないものになってしまう。それ程、男が女に倒されるのは大変なことなのだ。
それでも、嶋原はあんな普通の女子の顔面を殴打したことに、ちょっとした罪悪感を覚えた。彼はそういう男なのだ。


(後日談)
決着の場面で、嶋原が美沙子の耳元に囁いたことは本編で書きませんでした。どういう経緯か知りませんが、後年、この2人は結ばれることになるようです(笑)。


さてさて、この物語を書くにあたって私はダン嶋原、村椿和樹、シルヴィア滝田、奥村美沙子の4人は思い入れが強かった。
物語は、堂島源太郎の遺児、龍太、麻美中心になっていきます。
成長した堂嶋龍太は、奥村美沙子、シルヴィア滝田と戦い、堂嶋麻美はダン嶋原と戦うことになります。

その前に、NOZOMIの vs渡瀬耕作、村椿和樹再戦、権代喜三郎という名勝負?がありますが、それらは次回からダイジェスト的にさっと振り返ろうと思います。

次回更新は今週後半。
つづく。




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