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第92話 藤かんな東京日記⑭〜前世を占って、両親に背中を押される〜


心斎橋の前世占い喫茶店

 2024年3月12日。鍼灸院に行った。月に1、2回通っている行きつけの店だ。鍼灸師は40代前半くらいの女性で、和歌山県出身。関西のイントネーションが残る、話しやすい人だった。
「占いって好きですか?」
 施術中、彼女が聞いてきた。占いは普段あまり見ることはないが、スピリチュアルな話は大好きだ。
「こないだ、久しぶりに和歌山の実家に帰ったんですよ。それでついでに、大阪の有名な占い屋さんに行ったんです。そこは前世を3世代占ってくれるところで———」
 ん。なんかそれ、知ってるな。
「心斎橋にあるお店ですか?」
「あ、そうです。行ったことありますか?」
 たしか、社会人1年目の頃に、友人と行ったことがある。私の前世、何と言われたんだったかなあ・・・・・・。
 それから鍼灸師の彼女とは、前世や占いの話で盛り上がり、楽しい1時間を過ごさせてもらった。
 家に帰って、過去の日記を読み返した。私は10歳の頃から日記を書いていて、現在に至るまで約30冊ほどの日記帳があった。前世占いなんて超面白い出来事、日記に書いていないはずがない。・・・・・・やはり書いてあった。2016年7月2日土曜日、朝10時に家を出て、友人と心斎橋の前世占いの店に行っていた。日記の文字はとても弾んで見えた。

占い師に私のすべきことを告げられる

 心斎橋筋商店街の本通りから1本外れた場所に、前世占いの店はあった。深い青緑色のドアに、赤枠の窓。全体的に英国風の喫茶店だった。店内には花柄のテーブルクロスが敷かれた席が5つか6つあり、こじんまりと落ち着いた雰囲気だった。
 店に入ると、奥から黒いエプロンを着た50代くらいの女性が出てきた。白髪に近い金髪のベリーショートの髪型が印象的だった。友人が「予約していた〇〇です」と自分の名前を告げた。
「え、予約してたん?」
「ここ、完全予約制やねん」
 友人は右手の親指を立てて誇らしげに笑っていた。抜かりなさに感謝である。金髪の女性に席に案内され座り、彼女も私たちの前に座った。この人が前世を見てくれる、通称『ママ』らしい。
「まず前世とは何かのお話を簡単にしますね。前世とは魂の記憶なんです———」
 ママは淡々と涼しい話し方で、心地の良い声だった。そして歯並びが綺麗。
「今日は何世代見ましょうか? 大体3世代見ると魂の本質が分かりますから、今のご自分のあり方や、今後の方向性が見えてくると思いますよ」
 ちなみに料金は1世代1000円。友人は食い気味に「3世代でお願いします」と3000円を出した。私も迷う余地もなく3000円を支払った。
「それではこの紙に氏名を、漢字とカタカナで書いてください」
 ママが文庫本くらいの大きさの、白いメモ用紙を差し出した。私たちは言われた通りに名前を書き、ママは私たちの名前をじっと見て、前世を語り始めた。
 私の前世は、260年前が日本人女性で小間物屋の奥さん、172年前がイギリス人男性で村役人、84年前はフランス人女性で修道女、とのことだった。
「この3世代から分かることはね、あなた、約200年間、子供を生んでいないのよ。だから今、子供を産むイメージを持ってないでしょ」
 ドキリとした。同性代の中では結婚する友人が徐々に現れてきたが、当時の私には、それが遠い世界の出来事に思えてならなかった。
「でもね、それで良いのよ」
 ママは続けた。
「ただ、結婚して子供を産むことは、女性にとって、自分の居場所をつくることになるの。だから今世のあなたは女性として生まれて、子供を産める環境になるのだから、結婚して子供を産みなさい」
 的確な命令形に「はい。かしこまりました」と頷いた。
 さらにママは五行の話をした。五行とは、万物が水・金・土・木・火の5つで出来ていると考える思想で、人の魂はその5つの属性で分けられるらしい。
 私の魂の属性は「水」だった。水は柔軟に物事を受け入れる。しかし人の影響を受けやすく、自分がブレやすい。実際に私は自分の意思に反することでも、結局最後は受け入れてしまう。それは自分の弱さであり、自分の好きになれない部分だと思っていた。
「でもね、それで良いのよ。水は止まると淀みます。考えると上手くいかなくなるの。だからあなたは、来たものを受け入れ続けて良いの。自分を責めず、認めて、褒めてあげることが大切です」
 弱さというのは人から肯定されると、それが弱さでなくなるような気がする。これがママの力、というかその人のもつ言葉の力なのだろう。
 最後にママは総括を述べた。
「あなたがこれから目指すものは、1つ目は結婚して子供を産むこと。そして2つ目は人の話を聴いて、正しく覚えることです」
 この日の日記の終わりには「私の未来は明るい」の一文で締め括られていた。

両親に私のすべきことを告げられる

 占いとは未来を予言するものではなく、背中を押してもらうものだと思っている。前世占いをした直後の私は「私の未来は明るい」と思い、結婚や出産、生き方に対して背中を押してもらったようだった。だが、現在の私はまだ結婚も出産もしていない。そういえば最近よく、卵子凍結の話を聞く。全く興味がなかったが、少し考えてみても良いのかもしれない。
 ある日の撮影の仕事の時、メイクさんがこんなことを言っていた。
「卵子凍結することで、女は自由になれるのよ。出産ってある意味、枷(かせ)になるからね」
 自由になれる。その言葉が妙に心に残っていた。影響を受けやすくブレやすい私だけど、それで良いのよって言ってもらったのだ。そう思い、卵子凍結について調べるようになった。

 3月31日、日曜日。両親に電話をした。特に用はない。1週間前にファースト写真集のグラビア撮影が終わったので、ホッとしたのか、何となく両親が元気かどうか気になったのだ。
 電話には母が出た。「はーい! もしもし!!」と、嬉しそうな声が耳に飛び込んできた。母とは最近読んだ本の話や、観た映画の話など、他愛もない話をした。そして私が昔に前世占いをした話から、卵子凍結の話をした。「やるとは決めてないけど、ちょっと気になってるねん」と。すると母は言った。
「賛成も反対もしないし、したいならして良いと思うよ。あんたは自分の幸せを考えて生きたら良いんやで。お母さんの時代は、結婚して子供を産むのが当たり前やったけど、今は違うからな。お母さんたちのことは気にせんで良いで。自由に生きれるうちは、自由に生きなさい」
 母はいつもドキリとする言葉を言ってくる。母は私の仕事を知っているのかどうかは分からない。知っていなくても「自由に生きなさい」と、言っているのだろう。そんな気がした。
 電話は父に代わった。父はずっと電話している母の近くにいたらしく、私との話の内容は全て聞こえていたそうだ。
「焦る必要なんてないし、妥協する必要もないで。しょうもない奴と結婚するくらいなら、しない方がよっぽど良いわ。お前は自由に生きたら良いよ。お父さんもそう思ってる。で、次、いつ帰ってくるんや」
「ゴールデンウイークは帰るよ」と言って、電話を切った。電話の後ろから「待ってるでー」と母の声が聞こえていた。
 ゴールデンウイークが終われば、私のファースト写真集が発売される。藤かんなである自分を、さらに世に出すことになる。でも、きっと、きっと大丈夫だろう。両親は「自由に生きろ」と言った。この言葉を正しく憶えておこう。来世のためにも。

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