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居心地の良い場所 第3話

 それからしばらくは、みんなにシスコンだと思われていたし、言われていた。仲のいい同僚たちと飲みにいって、その真相を聞かれ、ようやく、分かってくれる人が増えてきて、長くなったが、そんな噂もなくなった。

 そんなこんなで、俺は変な同居生活をすることになって、いつの間にか、数か月経った。
まあ、正子と一緒に住んでいるし、いろいろとよくやってくれているし、誕生日くらい祝ってやらないとな。

「そういえば、誕生日はいつなん?」
「実は今日。」
「あほ。なんで早く教えてくれないんだ。」
「だって、自分で言うもんじゃないでしょ?」
「ちょっと、待ってろ。」

 俺は大急ぎで、ケーキ屋に向かった。あんまり、いいのがない。でも、正子が好きなのが残っていたから、それにした。

「ただいま。誕生日、おめでとう!」
「ありがとう。」
あれ、なんで涙?
「なに、泣いてるんだよ?」
「だって、だって・・・」
俺はこういう時のためのワインを取り出して開けた。
「さあ、お祝いだ。」
「ハッピーバースディツーユー!」
「おめでとう。」
「ありがとうございます。」

 正子がこんなに泣いてるなんて、初めて見た。そんなに感激したのかな。
「だって、お祝いしてもらったのって、初めてだもん。」
「そうなんか?」
「うん。」
「それに私の好きなケーキ・・・」
「気に入った?」
「うん、ありがとう。」
よかったやん。
俺らはケーキにワインでお祝いして、いつも間にか寝てしまった。

 目を覚ますと、正子が俺に抱き着いて寝てる。げげっ、こんな体勢?なんとか、正子の手足をどけて、起きた。
「う、う~ん。」
おいおい、その声、色っぽすぎるやん。
「あ、おはよう。ここで寝ちゃったのね。」
「そのようだな。」
「すぐ、用意しますね。」
「今日は休みだから、いっしょにやろうか?」
「いいの?」
たまにはいいだろ。
「何したらいい?」
「じゃ、お湯を沸かして下さい。」
「がってんだ。」
「ふふふ。」

 なんか、正子と二人の朝食は楽しい。毎日、これでいいのに。って、俺、正子に惚れてしまったかも。こんなに近くにずっといると、いつの間にか、意識している自分がいる。だけど、正子は過去の人だ。もしかしたら、また過去に帰ってしまうかも知れない。なのに、好きになっていいんだろうか?正子は俺のこと、どう思っているんだろうか?

 こんなに近くにいて、そんなことも聞けないで、日にちだけはどんどん過ぎていった。俺は、会社から帰る時間が待ち遠しかった。そんな時に同僚や先輩から誘われると、なんて断ろうか考えてしまう。妹と言ってしまうと、また、シスコンって言われてしまうだろうし、いつも困ってしまう。正子にもスマホを買ってあげているので、連絡は取れるけど、いつも「会社のおつきあいも大切だから」って、言ってくれる。でも、俺は早く帰りたくて、うわの空だ。

 しばらくして、新入社員が入ってくる時期になった。俺は教育担当ということで、2人の新人を担当することになった。営業に行くときは一緒にいく。それも、6ヶ月もだ。まあ、俺から会社員としてのことを学んでくれたら、それでいい。その後は2年ほど、悩み相談なんかの面倒をみることになっている。男女一人づつ。こういうことが知りたいんだろうなとか、知ってないとだめなこととか、その時々に話をする。まあ、一回ではなかなか頭に入らないだろうから、何回も言う。彼らから「それ、聞きましたよ。」と言われたら、その話は終わり。次は新しい話をする。

 3ヶ月ほど経った頃、二人を連れて、飲みにいった。
「はい、お疲れさま。」
「お疲れ様です。」
「先輩。」
「んっ?」
「先輩って、シスコンなんですか?」
「ぶっ、誰に聞いたん?」
「みんな、言ってましたよ。」
「そっか。まあ、妹と同居しているだけなんだよね。」
「近親なんちゃら、とか?」
「あほか、そんなことないわ。」
「でも、いいですよね、兄弟仲良くって。ボクなんか、ケンカばっかしで。」
「そうだな。」
「ほんとうにシスコンじゃないんですよね。」
「当たり前だよ。」
「よかったぁ。」
「お、なんか、意味深だな。先輩に気があるんとちゃう?」
「いえ、そんなこと・・・」
顔赤いし・・・。バレバレやん。

 だけど、この子も22歳だし、正子と同じ年。
「二人とも付き合っている相手はいるの?」
「ボクはいます。大学の後輩です。」
「私はいません。」
「そっか、まあ、いろんな人と出会って、いろんな経験して、人生を楽しんでね。」
「ところで、仕事上で分からないことある?」
「今のところ、大丈夫です。」
「私も。」

 そんなこんなで、ふたりと1時間ほど付き合って帰途に着いた。そういえば、あかりはいつの間にか、会社を辞めていた。それを知ったのは、最近だった。実家に帰ったようだった。俺にしてみりゃ、もう、過去の話だし、なんの未練もない。もう、とっくに終わった話だ。

 ある日、一本の電話があった。
「もしもし、田中ワタルさんの携帯で間違いないでしょうか?」
「あ、はい。」
「○×警察の加藤といいますが、前田正子さんをご存じですか?」
「妹ですが。」
「そうですか。苗字が違うからと思っていたんですが、お兄様ですか。」
「はい、そうです。」
「前田正子さんが事故に合われて、○○病院にいますので、来て頂けませんか?」
「えっ、事故?」
「よろしくお願いします。」
いったい、何があったんだ?とにかく、俺はその病院に直行した。

「前田正子はどこに?」
「2階の集中治療室の・・・」
集中治療室?俺は気が気ではなかった。なんで、そんなことになったんだ?とにかく、すっ飛んで行った。だが、正子は腕に包帯を巻いて、立っていた。

「えっ?」
俺は急に足の力が抜けた。
「あ、お迎え、ありがとうございます。」
「おまえ、集中治療室じゃなかったのか?」
「ああ、その様子だと、ちゃんと看護師さんの言うことを最後まで聞いてなかったのね。」
ん?どういうことだ?
「集中治療室の横の部屋で休んでいるって言ってたのよ、多分。」
そうなのか、ほっとした。だが、息が上がって、しゃべれない。
「そんなに心配してくれたんだ、ありがとう。」
「いったい、何があったんだ?」

 俺は正子から詳しい話を聞いた。なんでも、突然、腕を刺されて、振り返るとあかりがナイフを持って立っていたとのこと。刺された個所が腕でよかった、腹だったり、背中だったり、もっと深かったら、死んでいたかもしれない。なんということだ。

「あかりがそんなことをするなんて、やっぱ、俺が悪いんだろうな。」
「なんで?」
「おまえの話ばっかりしたから、シスコンだって、怒ってたんだ。」
「えっ、そうなの。」
あっ、言っちまった。

 とにかく、たいした怪我でなくてよかった。でも、なんであかりがそんなことしたんだろう。その後の自分の人生が大きく変わってしまうかもしれないのに。まあ、別れる時にあんな感じやったから、執念深さはあったのかも知れないな。俺も今後は気をつけないとな。でも、正子が無事でよかった。

「腕はだいぶ、深いんか?」
「ううん、擦り傷程度。このホータイが大袈裟なのよ。」
「そっか。」
正子の手当てが終わっていたんで、俺は二人で帰宅した。

「痛くて、持てないとかあるんやったら、やったるで。」
「大丈夫、ありがとう。」
本当は数針縫っていたらしい。俺が会社に行ってる隙に、抜糸とかに行っていた。まあ、これはずっとあとになって知ったことなのだがね。

 数日のうちに、傷の箇所に絆創膏を貼っていたので、俺はもうあまり気にしなかった。
あかりはニュースで報道されていたけど、すぐにその記事は見ることがなくなった。でも、会社では結構な噂になっていて、結局、俺よりあかりの方が悪いと思われていたようだった。とにかく、俺のシスコンの噂は吹き飛んでいた。あかりはしばらく刑務所にいたが、俺たちに付きまとわないことも言い渡されて、本当に実家に帰った・・・らしい。

 それから、しばらく経って、新人合同の研修打上げがあって、担当した俺のようなメンバーも一緒にその会に参加することになった。
「田中さん、いろいろとありがとうございました。」
「おう、これから一人なんだから頑張ってこいよ。」

 こうして見ると、新人も結構いるもんだ。それぞれの担当に2名づつ割り当てられていたけど、全体で20名の新人だ。ざっくばらんに話をしてたら、数人の新人女子がやってきた。俺が担当した佐々木もいる。

「田中先輩、お話よろしいですか?」
「なんの話かな?」
「先輩は独身で彼女はいないって聞いているんですが、本当ですか?」
仕事の話じゃないんかい。
「まあ、そうだけど。」
「佐々木さんが先輩にぞっこんなんですが、付き合ってあげてくれませんか?」
めっちゃストレートやな。まあ、そんな素振りには気が付いていたけどね。

「その分だと、例の事件のことは知ってるのかな?」
「知ってます。」
「じゃ、話は早いね。俺は当分誰とも付き合いたくないんだ。」
「え~、そんなこと言わないでくださいよ。」
「ちゃんと、佐々木さんが癒してくれますよ。」

 そんなこと言われても、その気がないのだからどうしようもない。なんとか、うやむやにして彼女たちから逃れた。でも、あかりみたいなことになったらって、ちょっとは気になっていたが、日々の雑踏で、すっかり忘れてしまっていた。

 正子はあいかわらず、家事をきちんとこなしてくれていた。こいつは本当にいい嫁はんになると思うよ。だが、ある日、ふと、テーブルを見ると、正子の財布があって、その財布から何やらカードらしきものが飛び出ていた。

 んっ?なんだ?と思って、ちょっと、引っ張り出したら、免許証だった。昭和28年の免許証ってどんなん?ちょっと、興味があった。でも、それは・・・。俺は、もとに戻しておいた。

 その日の晩、一緒にご飯を食べているときに、切り出した。
「あのさ。」
「はい、なんでしょう?」
「正子はくるま、運転できんの?」
「できませんよ。」
「ふ~ん、そうなん?」
「だって、今はほとんど、オートマチックでしょ?」
「よく知ってるね。」
「だって、テレビでそう言ってましたよ。」
「そうか。マニュアル車なら、できるの?」
「だから、免許、持ってませんよ。」
「そうか。」
なんで、うそなんかつくんだろう?

「話変わるけど、今度さ、京都に行ってみないか?」
「京都ですか?」
「うん、俺、今度休み取るからさ。一緒に旅行しないか。」
「私も連れていってくれるんですか?」
「だめかな?」
「うれしいです。いつですか?」
「今度の連休。」
「じゃ、ここに赤丸しておきますね。」

 うれしそうに、カレンダーに赤丸入れてた。これ、演技かな、それとも本当にうれしいのかな?まあでも、うれしそうにしているから、今日のところはいいか。でも、免許証に書いてあった、京都の住所、ネットで調べたら、清水寺へ通じる茶店の場所だった。

 連休に、俺は正子と一緒に京都へ向かった。京都駅から四条河原町へ行き、祇園から丸山公園へ。さすがに正子の顔色が変わってきた。
「ねえ、清水やめて、四条に戻ってなにかおいしいもの食べない?」
「せっかくここまできたのに?」
「・・・」

 だが、正子には最悪の事態になった。正子を知る人物に出会ってしまったのだ。
「正子はん、今までどこにいらしたん?」
「誰かと間違えてませんか?」
「正子はんでっしゃろ?」
さすがに俺の手前、違うって言えんだろ?

「どういうこと?」
「ワタルさん、知ってたんですか?」
「先日、免許証を見たからね。」
「いじわる。」
「正子はん、お帰りやす。」
その人は、お店の人だった。

 俺たちはそのお店に入っていった。
「いらっしゃいませ、あっ!正子はん。」
「ただいま。」
覚悟を決めたみたいだ。正子は過去からきたんじゃない。京都から東京へ来て、俺の部屋に1年近くも居ついていたのだ。

「正子、あんたどこにおったん?」
「東京。」
「東京って、なんでやの?」
「私は、自分のしたいようにしたいの。この店に縛られるのは嫌。」
「なんてことを。」
どうやら、自分の将来を勝手に決められてしまっているのが嫌で、飛び出したみたいだ。

「この人が私の彼氏、結婚するの。」
「えっ?」
さすがに俺がびっくりした。だが、この場の雰囲気上、違うとも言えず、言葉を飲み込んだ。

「あんたはん、いったい誰や?」
「私は田中航と言います。東京でサラリーマンしてます。」
「そんなサラリーマンなんかと。」
なんとなく、ムカついた。

「サラリーマンですが、まっとうな商売です。何も問題ないと思いますが。」
「そうよ、ちゃんと働いているし、私、この人と同棲してるの。」
「なんちゅーことを。」

 俺もあえて否定はしなかった。本当のことだもんな。俺はせめて連絡が取れるように、正子のスマホの番号を渡すように言って、いったん、この店を出ることにした。

(つづく)

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