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夢の先の人生 第2話

 ボクは彼女のからだを動かせることも知っているけど、それもやっぱり話した方がいいかな?

(あの。)
(なによ。)
(ボクがあなたの意識に同居しているんで、ボクがあなたのからだも動かせます。)
(え~っ、本当に?)
(はい、でも、それは緊急でない限りしないつもりです。)
(当たり前じゃない。やめてよ。)
(だけど、思っていることがあなたに筒抜けじゃないの?)
(そういうことになりますね。)
(ひど~い、なんで私だけがこんな目になるのよ?)
(諦めて、現実を直視して下さい。)
(うるさい。)

「ねえ、ずっと黙りこんでるけど、大丈夫?」
「大丈夫じゃないわよ。」
「何、怒ってるの?」
「私の中に変な男が入り込んできたのよ。」
「どういうこと?」
「言葉の通りよ。」
「やだ~、気持ち悪~。」

 ボクはお互いの考えが通じ合わないようにするにはどうしたらいいのかを考えていが、それは無理みたいだった。

(何が無理よ。なんとかしなさいよ。)
(じゃ、ボクの考えを無視して下さい。ボクもそうしますから。)
(どういうことよ。)
(どちらかがしゃべっていても、自分が何かの考えに集中してたら、その人の言ったことなんか覚えてないでしょ。そういうふうにするんです。)
(そんなこと、すぐにできないわよ。)
(やって下さい。)

 ボクはそこから先は、自分の考えに集中することにした。彼女が何か言っても、無視して自分に集中した。とにかく、自分の戻る方法を探さないと、自分に戻れない。自分のからだはどうなってしまったのかを確認しないといけないよな。あの地域の事故のニュースを確認してみないと。

(そうね、わかったわ。確認してあげる。どこだっけ?)
(○○県××村。)

 彼女はネットのニュースで××村の情報を検索した。でも、そんなニュースはどこにもない。まだ、ニュースになっていないのかもしれない。っていうか、ボクは崖から落ちたままになっていて、誰にも気付かれていないのかもしれない。もし、自分のからだが死んでしまったら、どうなるんだろう?このまま彼女と同居ってことだろうか?

(そんなの嫌よ。)
(あなたが帰るからだを探してあげるから、ちゃんと帰ってよ。)
(ありがとう。)

 ボクらは、ニュースというニュースを調べまくったが、全然そんな話はなかった。それにかなり時間が経ってきているので、ボクのからだがだめになっている可能性さえ、考えはじめていた。

 彼女の仕事の都合で、○○県××村なんていくことができない。そうなると、益々もって自分へ帰れる可能性がなくなってきているような気がしてきた。

(そんな弱気でどうするの?)
(だって、全然動いてくれないじゃん。)
(仕方ないでしょ、私だって仕事してるのよ。)
(じゃあ、このまま同居するということで、よろしく。)
(あん、そんなの嫌よ。)

 ボクのからだがどうなったのか、調査が進まないうちに、ボクはあることに気が付いた。それは、彼女から別の誰かに移動できることだった。ボクは彼女が一人になりたいときには、彼女から別の誰かへ移動することにした。移動するのは自由にできる。でも、当初の自分の体へは移動ができない。

 ある日のこと、ボクは誰とはわからない人に移動した。その人はからだはあるのだが、意識がいない。あれ?おかしいな。こんなことは初めてだ。意識のいない人のからだに入るなんて、これじゃ、ボクがこのからだを意のままに操れることになる。でも、そうでもなかった。からだが動かないのだ。目さえも開けれない。いったいどうなっているんだろうか?

 まあ、一旦戻る事にしたのだが、どういうわけだが戻る事ができない。あれっ、なんで戻れないんだろう。どんなに頑張っても彼女のからだに戻れない。何回もトライしてみたが、無理のようだった。じゃあってんで、元の自分に戻ることも試してみたが、こちらも全然だめだった。もしかして、このからだから出れないの?ボクは疲れて果てて、そのまま眠りについてしまった。

 その次に、目を覚ます前に夢を見た。元の自分に戻って崖から這い出し、何とか元の生活に戻った夢だった。でもこれは、本当に夢であって、意識の移動ではなかった。目を覚ましたボクは、ボク以外の意識のないからだにいることに気が付いた。いったい、どうなるのだろう。彼女に戻れないことは、彼女にとっていいことなんだろう。でも、ボクはどうなるんだろう。いろんなことを考えたが、どうなるものでもないと諦め、このからだを動かすことから始めることにした。

 まず、目を開けることだ。腕や足は全然動かない。このからだはいったいどうなっているんだろう。せめて、目だけでも開けたい。そのうち、たまに誰かが自分の手を触っている感覚がわかるようになってきた。

 それから、音が聞こえるようになってきた。誰かがしゃべっているのが聞こえる。人の話声から、どうやら、ここは病院のようだと気が付いた。ということは、このからだは何らかの事故なのか、病気なのかの原因で、病院のベットに寝ているのだろう。

 たまに、誰かを呼ぶ声が聞こえる。それが自分のことなのか、まだ良くわからない。いつの間にか、耳の感度が良くなって、ボクはそれに集中していた。からだを動かすことより、今は耳に集中した。すると、少しづつ状況がわかってきた。まず、このからだの主は貴志という名で、事故でこの病院に運び込まれてきた。どうやら、長い間、目を覚ましていない。たまにくる家族がいることと、それが母親とお姉さんだということがわかった。

 あとは、なんとかからだを動かしたい。

 お姉さんが来ている時に、なんとか目を開けようとがんばった。でも、なかなか開かない。それでもと、懸命にトライしたら、ようやく少し目が開いた。天井が見える。ボクはメッチャ感動していた。少しだけど、目を見開いた。目を左右に動かしてみた。動く。右側に女の人が見える。多分、お姉さんだ。すげぇ~、見える、感動だ。長らくトライしてきたことができるようになるってことは、本当に感動する。

「あっ、貴志、私のこと、分かる?ちょっと待ってね、看護士さん、看護士さ~ん。」

お姉さんは看護士さんを呼びに行った。その間にボクは頭を上下左右に動かせるのか、やってみた。なんとか少しできる。これで、コミニュケーションが取れる。

 看護士さんがやってきた。

「貴志さん、わかりますか?」
ボクは頭を上下に動かした。ほんの少しだけどね。
「わかるみたいですね。先生を呼んできます。」

 看護士さんはいなくなって、お姉さんだけになった。
「やっと、目が覚めたね。よかったね。」
ボクは頭を上下に動かした。お姉さんは結構美人だ。
「私の言うことわかる?」
また、頭を上下に動かした。
「わかるのね。よかった~。」

 今度はしゃべりたくなったが、それはまだ無理だった。当面、頭の動きでイエス・ノーを伝えるしかないようだ。先生もボクを診察した。少しづつ良くなると言っていた。

 それから数日後には、だいぶ頭を動かすことも楽にできるようになってきた。でも、まだ声がでない。口は開けることはできるけど、声が出ない。まあ、すべて少しづつなんだろう。

 夜中、誰もいない部屋で、ボクは発声練習をした。それは毎晩続けて頑張った。これも本当に少しづつなんで、まどろっこしい。ボクはちゃんと話ができるようになるまで、家族とは話をしないようにしようと思っていた。

 夜中の練習もだいぶ良くなり、ようやく普通に話ができるようになった。その頃には、手も動かせるようになっており、筆談はできるようになっていた。

「話ができたらいいのにねぇ。」
「できるよ。」
「えっ、できるの?しゃべれるじゃん。」
「夜中に練習してて、ようやくできるようになった。」
「すごいじゃん。よかったねぇ。」
「今までいろいろとありがとう。」
「あんたがそんなこと言うなんてね。」
「ボクは今までどんな人間だったの?」
「そこのところの記憶はないのかい?」
「うん、覚えていない。」

 このからだの主は、結構ヤンチャだったようだ。極め付けは、入れ墨を彫っていることだった。背中一面に羽の生えたトラを描いているらしい。今のボクには見ることができないけど。でも、この事実は、ボクにとってかなり衝撃だった。だって、入れ墨なんて、ヤクザだけがするものと思っていたからね。

 このからだの主、貴志は、現在20歳、高校は1年の時に中退して、暴走族をしまくりで、事故ってこの有り様らしかった。まあ、まともな友達なんか、いないんだろう。

 姉さんはボクに優しい。家族は母親と3人暮らしだったようだ。
「本当に貴志は人が変わったようね。」
「ボクもいままでいったいどんな人生を送ってきたのか、まったく覚えていない。」
「まあ、その方が良くってよ。」
「そうかな。」
「そうそう。」
「でも、これからいったいどうしていったらいいのかもわからない。」
「姉さんも考えてあげるから、一緒に頑張ろうよ。」
「ありがとう、優しいね。」
「貴方のお姉さまよ。」
「よろしくね。」

 こうして、ボクはこの意識の入っていなかったからだの主になることになった。でも、このからだの主が戻ってきたら、どうしたらいいんだろう。今更、返せと言われても、どうしようもない。それに、自由に他人のからだに移れることは出来なくなっている。もう、このからだでやっていくしかない。この入れ墨の入ったからだでね。

 姉さんはその入れ墨をみて、そんなに気にする必要はないと言う。少なくとも、家族は気にしないらしい。だが、表向きはヤクザみたいだし、決して、この入れ墨を人には見せられない。姉さんはヤクザなら、ボタンだったり、竜だったりするから、羽の生えたトラはヤクザに見えないという。まあ、周りが気にしなければいいのだが、気にする人は、多分気にする。

 数か月かかって、ようやく、杖なしで歩けるようになった。しっかり、走れるまではもう少しかかるかもしれない。でも、いつまでも家族の厄介になっているわけにはいかない。そろそろ、就職も考えないといけないようだ。ボクはいったい何ができるのだろうか。母親はスーパーのパートに行っている。姉さんは、どこかの会社の事務で働いている。ボクには何ができるのだろうか。

 実際問題、このからだの主は高校中退なのだ。
「夜間でいいから、高校を一から行かせてもらってもいいかな?」
「もちろんよ。あなたがその気になったんなら、姉さん、応援するわ。」

 20歳の新しいボクは、今から夜間の高校に通うことになった。日中は近所の酒屋のアルバイトを始めた。母親の知り合いの店だという。まあ、チカラ仕事だけど、リハビリにもなるし、その分気持ちがいい。

(つづく)

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