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旅の終わりに 第5話

 ふと気が付くと、雨は小降りになっていた。もうちょっとしたら、走りにいくかな。
「コービー飲む?」
「苦いの苦手。」
「そっか、それじゃ、ミルクと砂糖入れたら?」
「それなら、飲む。」
俺は甘目のコーヒーを作ってあげた。
「おいしい。」
こんな甘いのがいいのか。コーヒーはやっぱり、ブラックなもんだろ。

 雨はそのうちやんだ。俺たちは念のためカッパを着たまま、走りだした。景色のいいあの場所へいくのだ。
「あ、虹・・・」
「ほんとだ。」
その場所に着くと、虹が見えた。広大な景色の中に大きな虹がアーチ状になって見える。この景色、最高じゃん。バイクを止め、二人でしばし見入った。

「こういう景色は目に焼き付けておいた方がいいよね。」
わかってるじゃん。
「そうだね。」
「スマホ、持ってきてたら、絶対にインスタにアップしたと思う。」
「みんなで共有するのもいいけど、これは独り占めだ。」
「ほんと、今はそう思う。」
わかってんじゃん。だけど、いつまでもこうしているわけにはいかないな。
「遅くなる前に、近くの駅に行こうか。」
「お願い、明日まで一緒にいさせて。」
「ん~、じゃあ、今日だけだぞ。」
「ありがとう。」

 あ~、なんてこと言ってしまったんだ、俺。今晩、どうするんだ。こんなテントじゃ、くっついて寝るしかないじゃないか。まあ、こんながきんちょに翻弄されないよな、たぶん。

「アウトドア、したことあんの?」
「全然、ない。」
「やっぱりな。じゃ、薪になりそうな木を集めてきてくんない?」
「わかった。」

 俺はその間にテントを張った。夕方、ちょっと早めの晩飯だ。ほとんど、インスタントだけどね。こんな食事でも、野外で食べると案外いけるんだ。

 彼女の集めてくれた木はほとんど湿ってた。仕方ないから、松ぼっくりを集めてもらった。なんとか、焚火ができた。やっぱ、夜はちょっと寒い。俺は濡れた服を乾かし、暖まった。結構、夜更けまで彼女と話しをした。彼女は少しづつほんとのことを打ち明けてくれた。

 実際の歳は16歳だった。いじめられてたんで、ほんとは引きこもりになるところだったが、両親とも一緒にいたくなかったので、家を出たとのこと。アテもなく、一人でフラフラしているところに、俺がいたんで便乗したってところだ。ようは淋しかったんだ。自分の話を聞いてくれる人が欲しかったんだろう。たくさん、話を聞くはめになった。まあ、そこまではよかったんだが、どうやって寝ようか。寝袋は1つしかない。

「これ1つしかないから、タカちゃんがこれで寝ろや。」
「それじゃ、そっちが風邪ひくよ。」
「いや、大丈夫だ。」
「だって、こんなに寒いよ。これ、大きいから二人は入れるよ、たぶん。」
まあ、入れるのは知ってるけどね。

「じゃ、お互い背中向きで。」
「うん、わかった。」
お互いの背中がくっつくと案外、暖かい。これなら、なんとかなるだろう。だが、朝起きると彼女は俺にくっついて寝てた。やっぱりな。そんな気がしたよ。

「おはよう。」
「いつ、俺にくっついたん?」
「先に寝たからすぐ。」
あちゃ~、まいった。
「でも、暖かかったでしょ?」
「まあ、そうだな。」
「なら、いいじゃん。」
やっぱり、がきんちょだ。

 今日は天気が良かった。朝飯を作って、ふたりで食って、俺たちは駅に向かった。
「ねえ、連絡先教えて。」
「やだよ。」
「いいじゃん、けち。」
また、付きまとわれると、かなわんからな。

 俺は彼女に別れを告げて、また走りだした。ようやく、ひとり自由になった。ここから150キロ圏内くらいのところで、よさそうなところがないか、地図で調べてみた。海岸線でよさそうなところを見つけた。砂浜というより、岸壁だ。その上からみる水平線がよさそうだった。よし、食料を仕入れて、行ってみよう。

 道すがら、俺は自分自身のこれからを考えていた。30過ぎて、こんな生活していていいのか。暮らしていけないことはないじゃないか。どうせ、ひとりなんだし、自由にやっていければ、いいじゃないか。俺とつきあいたいという奇特な人もいる。だけど、その人の人生に責任なんて持てやしない。

 そういえば、大型バイクの彼女、高木 彩さんに、どう返事したらいいんだ。忘れてた。その時だけの友達とか、彼女とかだったら、あと腐れなくていいんだけれどな。だけど、俺はいつだって、ひとりでも問題ないんだけどな。

 もしかすると、それは今だけのことなのかもしれない。歳を重ねていくと、ひとりでは淋しくなるのかもしれない。どうしたもんだろう。俺はようやく岸壁に着いた。そこから水平線を眺めながら、その続きに思いを巡らせた。

 その場所で昼飯を食ってから、今日のキャンプ場への道を検討した。今日は銭湯へも行こう。どこか近くにないかな。ちょっと、遠くなるけど、銭湯を見つけたので、そこへいくことにした。銭湯が開くと同時に1番客として飛び込んだ。いや~、やはり、銭湯はいいもんだ。ゆっくり浸かりたかったけど、そんなにゆっくりもしてられない。晩飯の調達をして、キャンプ場へ向かった。

 うしろからやけにやかましいくるまが近づいてくる。なんか、やばい連中みたいだ。俺は左側に寄って走って、道を譲った・・・だが、そいつらは俺を抜きしなにやってくれたのだ。俺は意識を失った。

 気が付いたとき、からだは動かせなかった。あちこちが痛い気がした。もしかしたら、手足がもげているのかも知れないと思ったが、幸いにもそれは大丈夫だった。ヘルをかぶっていたんで、頭の損傷はなかったようだ。でも、全身打撲で、数か所骨折していた。内臓にも損傷があったみたいで、緊急手術をされたようだ。まあ、退院できるまで、しばらくかかるみたいだった。そんなことはあとから聞いたことだ。

 最初、俺が気付いたときに、俺のそばにはタカちゃんがいた。
「お兄さん、大丈夫?」
「ここは?」
「病院。びっくりしたよ。死んだらどうしたらいいのか・・・」
「俺ってどんな状態?」
「大丈夫、生きてる。」
「それは俺にもわかる。」
「詳しい話は看護師さんに聞いて。でも、手足が折れてるみたい。」
「そうか。どうりで動かせないと思ったよ。」
「でも、よかった。生きてて。事故があってから、5日ほど経ってるんよ。」
「そんなに意識なかったんか。」
「だから、心配したんよ。」
「でも、なんでタカちゃんがここにいるん?」
「テレビのニュースみて、びっくりして飛んできたんよ。どう見ても、お兄さんだったし。」
「そっか、ありがとうね。」
「家族とか、こないの?」
「俺にはいないからね。」
「そうなん?」
「ああ、そうだよ。」
「お兄さん、寂しいね。」
まあ、どうでもいいじゃん。

「で、なんで俺事故ったんやろ?」
「え~、それ覚えてないの?」
「覚えてない。」
「ヤンキーのくるまに襲われたんよ。」
「あっ、そういえば、後ろからやかましいくるまが来てたんで、道を譲ったんだっけ。」
「あとで、警察が聞き取りにくるって。」
「わかった。」

 そこへ見覚えのある女性が病室に現れた。その人は俺の姿をみるなり、泣き出した。
「生きてたのね、よかった。」
「あ、大型バイクの・・・」
高木彩さんだ。しまった、まだ連絡してなかった。

「ニュースを見て、飛んできたわ。」
「よかった、意識戻ってたのね。」
「来てくれて、ありがとう。まだ、動けないけどね。」
「生きててくれてよかった。」
そういうと、俺の手を握って、泣き続けていた。でも、タカちゃんの目が怖い。

「誰、この人?」
「タカちゃんと同じように知り合いになった人だよ。」
「ふーん、そうなんだ。」
おいおい、タカちゃんは高校1年だろ。彼女に嫉妬してどうする。まあ、その日はふたりとも帰ってもらった。看護師さんからモテモテねって言われた。なんでも、俺の意識が戻らないときにも、別の女性が訪ねてきたらしい。俺はそんなに知り合いおらんし、家族も親戚もおらんから、誰も見舞いなんてこないはずだ。いったいどうなってるんだろう。

 翌日、朝飯を看護師さんに食べさせてもらっているときに、突然、俺の病室に一人の女性が現れた。
「青島くん、大丈夫、心配したんよ。」
「あ、木島さん。」
なんで、木島朱里さんまで・・・。
「看護師さん、私がします。」
「あ、じゃあ、お願いします。」
木島さんから食べさせて頂くことになった。

「早く元気になってね。また、戻ってきてもらわないと、困るのよ。」
「は、はい。」
「だから、私がお世話してあげる。」
って、別にいらんし。
「いや、いいですよ。看護師さんがしてくれているんで。」
「私じゃ嫌なの?」
「そんなわけじゃ・・・」
「なら、いいでしょ。」
「でも、仕事が滞りますよ。」
「大丈夫、任せてきたから。」
ほんとに、うまくいくんかな。

「あ、また違う人が来てる。」
「タカちゃん、またきたの?」
「違う人?」
「この人、誰よ。」
「仕事の上司だよ。」
「ふーん、そうなんだ。上司に食べさせてもってんの。」
「親戚の方?」
「いえ・・・」
「姪のタカ子です。」
おいおい、姪かよ。
「そうなのね。姪御さん、来られたのなら、お願いしようかな。」
「はい、私がします。」
「木島さん、すみません。できるだけ、早く復帰できるようにしますから。」
「頼むわよ、青島くん。じゃ、タカちゃんだっけ、よろしくね。」
そう言って、木島さんは帰っていった。

「あの人、嫌い。」
おいおい、おまえがいうことじゃないだろ。
「タカちゃん、学校は?」
「今日は日曜。」
「そっか。」
どうやら、俺は病院でも休まる暇がなさそうだ。

 その日の夕方、またしても来客があった。病室の扉が開いて、俺を見るなり、こう言った。
「よかった、元気そうで・・・」
あの双子のやっている民宿のお姉さんの方だ。だけど、なんで俺なんか。お客のひとりでしかないのに。

「わざわざ、ありがとうございます。」
「妹も心配してるんですよ。」
「申し訳ありません。ご心配、お掛けして。」
「誰、この人?」
また、タカちゃんが言った。
「あら、ごめんなさいね。青島さんにお世話になった民宿をやっている山崎です。」
「ふーん、そうなんだ。」
「お兄さん、私の知らない女の人来すぎ。」
「そんなこと言っても。」
「お嬢ちゃんは?」
「姪のタカ子です。」
「そうなの、たいへんだったわね。」
タカちゃんは嫉妬しまくりだ。

「疲れるでしょうから、お暇しますね。」
「早く退院できるといいですね。」
「本当にありがとうございます。妹さんにもよろしくお伝えください。」
彼女が帰ったあと、俺はこう言った。
「タカちゃん、今日はもういいよ。俺ひとりで大丈夫だから。」
「そういうわけにはいかないやん。」
「なんで?」
「私だって、お世話になったんだから。」

 困ったもんだ。でも、こんなにいろんな人がくるなんて、びっくりだ。タカちゃんの話だと、俺が意識を戻す前に、タカちゃんくらいの若い女の子も来ていたらしい。いったい誰なんだ?

 タカちゃんは家が近いのか、毎日来てくれる。それはいいのだが、ここの費用はいったい誰が出してくれることになるんだろうか。多分、加害者だろうと思うのだが、そいつらは全然謝罪に訪れてない。

 やっと、警察が来た。
「ちょっと話ができますか?」
「はい、大丈夫です。」
「襲われた状況を教えてほしいのですが。」
「後ろからだったので、あまり覚えていません。でも、バックミラーに映っていたのは、改造したクラウンの、確か黒っぽい色だったと思います。」
「うむ、それからは・・・」
「もう、何も覚えていません。気が付いたらここにいました。」
「なるほど。」
「そのくるまに乗っていた連中は逮捕しています。ですが、彼らはそんなことをした覚えがないと言っているんです。」
「じゃ、俺は自損事故扱いですか。」
「いえ、あなたの事故した時間に彼らのくるまがそこを通っているのは、防犯カメラに写っているので、間違いないのです。」
「あとはあなたの証言がほしいのですが・・・」
「いきなり、投げ出されて道路で気を失ったのだと思います。それしか、わかりません。」
「あなたのバイクも調べてみたんですが、くるまの塗料とか、破片とか、なかったんです。」
「証拠がないというわけですね。」
これじゃ、俺がすべて支払わないといけないのか。ショックだ。

「そんなのひどい。」
タカちゃんが叫んだけど、仕方がない。
「ただ、あなたのヘルメットに棒状のもので、叩かれた跡があるんです。それに、あなたの背中にも同じような打撲痕があります。ただし、その棒状のものが見つかっていないんです。」
「ということは、私はその棒状のもので叩かれたということですね。」
「その通りです。」
じゃあ、その棒状のものが見つからないと、だめってことじゃん。
「わかりました。ありがとうございました。」
警察はそう言って、帰っていった。
とにかく、俺は早く回復しないとな。

「もし、まだ私がお兄さんの後ろに乗っていたら、私がやられたってことじゃん。」
「そうだね、だから乗ってなくてよかったってことだな。」
「私が変わってあげればよかった。」
「なんてこと言うんだ。タカちゃんはそれでよかったんだよ。」
「だって・・・」
困ったちゃんだ。

 それから、しばらくして、俺を襲った連中の正体が分かった。なんと、あの大型バイクの高木彩さんを襲っていた連中だった。あのあと俺を目の敵にしていたのか。あんなことで、執念深く俺を狙うなんて、十人十色とはいうものの、くだらないヤツラだ。まあ、この治療費くらいは払ってもらわないとな。

 俺の加害者のニュースがテレビで流れたら、高木さんから飛んできた。
「ごめんなさい。私のせいですよね。」
「違いますよ。気にしないでください。」
「でも、もとはと言えば、私にスキがあったので、私のせいです。」
「それは違います。」
「いいえ、あなたに怪我をさせたのは、私のせいです。ほんとにごめんなさい。」
だめだ、どう言っても、自分のせいだと思い込んでる。困ったな。

「本当に気にしなくていいですよ。そんなに悲惨な怪我じゃないし。」
「そんなこと言っても、何か所か折れているじゃないですか。」
「でも、治れば、普通に生活できますし、車いすじゃないとというわけじゃないので。」
「じゃ、治るまでお世話させて下さい。」
まいったな。毎日のようにタカちゃんも来るし、俺、モテキなのかな。

 この後、案の定、タカちゃんが来て、ふたりは犬猿の仲状態。結局、曜日で分かれてもらうことで、なんとか納得してもらった。
「かわいらしい、姪御さんですよね。」
「いや~、それが違うんだよね。」
「んっ?何がですか?」
「タカちゃんも旅の途中で知り合った子なんだよね。」
「そうだったんですか。じゃ、ライバルですね。」
「えっ?何のライバル?」
「ここにお見舞いに来た人、みんな青島さんの彼女候補ですよ。」
「そうなんですか。まいったな。」
「でも、私を選んでくださいね。」
「・・・」
俺の周りの子たちは、なんて積極的なんだ。だけど、俺はその気なんてないってぇのに。

 しばらくして、なんとか、両腕の骨折は、ほぼつながったみたいだ。肋骨の方もだ。あとは足の骨だけなんだけどな。でも、体重を支える骨だから、無理は禁物だ。内臓などはほぼ問題ないくらいに回復している。俺は毎日リハビリをして、日常生活に戻れるようにがんばった。

 医者いわく、こんなに早く回復するのはすごいことらしいが、びっこを引きながらだが、歩けるようになった。おかげで退院ということになった。この時期までに、俺を殴った鉄パイプも見つかって、彼らが全額支払うこととなった。それと示談ということで、俺への慰謝料も支払ってもらって、俺は数百万を手にした。

 バイクはそのまま廃車になって、俺はひさしぶりに我が家に帰ってきた。大丈夫だと言ったのだが、高木さんが俺の荷物を持って、家まで付き添ってくれた。まあ、高木さんはもともと俺に好意を持っていたので、俺のそばに居たかったのだろう。それはわかるけど、自分の仕事とかは大丈夫だったんだろうか。なんて、そんなことを今頃聞こうとする俺も俺だ。

「高木さん、こんなに付き添って頂いて恐縮なんですが、ご自分の方、大丈夫なんですか?」
「気になさらないで下さい。大丈夫ですから。」
「そうですか。でも、自分優先してくださいね。」
「わかりました。」

 まあ、今回のような事故はめったに起こることではないと思うし、俺は今までのパターンを変えようとは思わない。だけど、将来的にどうしようかは、考える。高木さんには帰ってもらって、今後のことをじっくり考えることにした。今は完璧にからだを治すことが最優先だが、その後はどうするかな。まあ、当面は今まで通りの生活パターンで行こうか。そう思って、早速、いつもの派遣会社に連絡を入れてみた。

「いつもの会社がお待ちです。」
「そこ以外はないですか?」
「ちょっと、時給が安くなりますが、2、3ありますよ。」
「じゃあ、そこを紹介して下さいよ。」
「わかりました。その会社の情報をメールしときます。」
「ありがとう。」

 たまには違う会社も新鮮だよな。慰謝料もらっているんで、安い時給でもいいか。でも、その金にはあまり手を付けたくないから、できるだけ、稼いだお金でやっていこう。派遣会社に聞かれたら、俺はもう辞めたと言っておいてくれって言っておいたのに、他社で働いているって言ってしまったとのことで、木島さんからお怒り連絡が入った。
「どういうことよ。」
俺は正直に言うことにした。
「たまには別の会社で働きたいと思って。」
「時給上げてあげるから、うちに来なさいよ。」
「お金の問題じゃないよ。」
「じゃ、なによ。」
「もう、いい加減にしてくれないかな。」
「私が嫌いってこと?」
「そうだね。」
「・・・じゃ、もういい。」
固定電話だったら、ガチャン!って切られたってことだろう。もう、かかってこないだろうな。これも仕方がないってことだ。

 新しい派遣先への初出社の日、思わぬことが起こった。派遣会社の方と一緒に派遣先へ行って、担当者に挨拶。早速、プロジェクトの紹介を受けて、俺の対応するチームへ案内された。そこで待っていたのは・・・

(つづく)

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