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占い師ケン 第5話

 また、オレひとりの生活になっていった。オレはこんな生活がすっごく気に入っていたはずなのに、なぜか淋しい。それはオレの気持ちがだんだん変わってきたからだろう。もしかしたら、少しづつ大人になってきたからかも知れない。

 占いには、いろんな人がやってくる。本当に悩んでいる人、興味本位だけの人、付き合いできた人、自分のことが分かっていない人・・・。オレは見えた通りに話している。たいがい、女の人は付き添いがいるケースが多い。

 ある時、その付き添いの人の未来に霧がかかっていることがあった。この人、オレに関わりがあるのだろうか。オレは気になったが、無視することにした。振り回されるだけかも知れない。オレと関わる人は、その人の過去からしっかり分かっていないと、未希さんのように、未来にどんなことが起こるか分からない。でも、オレと関わる人は霧がかかっているから分からないのだ。だから、オレは関わらない。まあ、変にこんなことがわかるオレは、ややこしいのかもしれない。ずっと一人でいるべきなのだ。

「ねえ、ケンちゃんにお似合いの人がいるんだけど、会ってみない?」

あるとき、ゆうこママにそう言われた。

「いや、いいですよ。」
「すっごく、いい子よ。」
「オレはこれから先もひとりでいいですよ。」
「そんな淋しいこと言わずに、会ってみたら。」
「大丈夫ですよ。」
「気が変わったら、いつでも言ってね。紹介するから。」
「まあ、ありがとうって、言っておくよ。」

 たまたまなんだろうか、妹の恵子までが、同じことを言ってきた。

「ねえ、兄ちゃんに紹介したい人、いるんだけど。」
「オレは紹介していらないよ。」
「そんなこと言わずに会ってみない?」
「いや、断る。」
「そっけないねえ。」
「気持ちはうれしいけど、オレはひとりでいい。」
「そんな淋しいこと言わないでよ。」
「お前まで、ゆうこママみたいなこと言うなよ。」
「え、ゆうこママも。」
「そうなんだ。オレに紹介したい人がいるってさ。」
「ゆうこママは、兄ちゃんを心配してるんだよ。」
「オレが占いを始めた頃からのつきあいだからね。身内みたいなもんだよ。」
「でも、一回会ってみてほしいの。彼女も会いたいって言ってるわ。」
「オレを知ってる人?」
「一度、会わせたことあるもん。」
「そうか。でも、あんまり気にしなくていいよ。大丈夫だから。」
「会ってみたくなったら言ってね。」
「わかったよ。」
オレのまわりには、オレを心配してくれる人もいるし、オレに興味を持ってくれる人もいる。恵まれた環境なんだって、改めて思った。

 いつものように、夕方占いを始めると、最初の客は、見るからにイカツイ男だった。

「ちょっと、見てくれ。」
「どうぞ、こちらへ。」

この男、竹中秀和という名前で30前後。暴力団の構成員だ。まあ、そんなことはいいとして、この人は構成員から抜け出したいと思っている。

「なるほど、組織からの脱退を考えていますね。」

さすがにぎょっとした。

「なんで、そんなことがわかる?まだ、言ってないぞ。」
「占い師ですから。」

 彼は脱退することで、どんな目に合わされるか心配している。だが、こういう組織からは簡単に抜けれない。捕まって半殺しになるケースが多いみたいだ。彼の場合、・・・兄貴と呼ばれる人が身代わりになってくれる。だから被害が及ばない。

「あなたの場合、兄貴が助けてくれます。」
「そうなのか。」

ちょっと、安堵している。

「だけど、兄貴はかなりひどい目に合わされます。」
「何だって。」

さすがに顔色が曇った。そういうわけにいかないと思っているんだろう。でも、組織からの脱退を選んだら、どういうことをしても兄貴の半殺しは免れない。自分が出て行ってもだ。

「どうすればいい?」
「脱退すれば、あなた一人か、または兄貴だけか、二人ともか、誰かが半殺しの目に合わされます。」
「死にはしないんだよな?」

ん~、自分一人だと数週間入院することになるが、なんとか五体満足な状態に戻れる。でも、兄貴の場合はその後ずっと車いす生活になる。兄貴を巻き込まない方がいい。

「あなた一人できちんと辞めることだ。兄貴を巻き込むと、兄貴は五体満足に戻れない。」
「そうなのか。オレはどうなる?」
「なんとか、普通の生活はできるようになる。」
「分かった。覚悟を決めるよ。」

そういうと、立ち上がった。

「ちょっと。」
「なんだ?」
「彼女はいい子だから、一生、大事にした方がいい。」
「そんなことまでわかるんか。」
「占い師だからね。」
「大丈夫だ、そのつもりだからな。」
男は立ち去った。多分、人生をかけての一大決心なんだろう。だけど、それをやり抜くと明るい未来が待っている。がんばってカタギになってくれ。オレはそう祈った。

 それから2、3ヵ月過ぎた頃、一組のカップルがオレの店に訪れた。

「先生、あの時はありがとうございました。」
「ん、ああ、あの時の。」
「今はカタギになって、まっとうな商売をしてます。」
「よかったですね。」
「こいつはオレの婚約者です。」
「田中明子といいます。」
「ふたりの明るい未来が見えます。奥さんの家業を手伝っているんですね。」
「わかりますか。」
「占い師ですから。」
「ホントは彼が病院に運び込まれた姿を見た時に、生還することができないかもって、覚悟しました。でも、オレは死なないって言うので。」
「先生に言われてたんで、安心してました。」
「大変だったけど、よかったですね。」
「兄貴を巻き込まずに済んだことも有難かったです。」
「よかったら、立ち飲みですが、一度いらして下さい。」
「ありがとうございます。」
彼は酒屋の仕事をしてる。重たい酒のビンを担いでいる。そんだけ、回復したんだ。その酒屋は立ち飲みもできるようだ。なら、ちょっと立ち寄ってみようかな。

 しばらくして、オレはたまたま買い物のついでに、例の酒屋へ寄ってみた。

「いらっしゃい。」
「こんにちわ。」
「今日は日本酒でいいのが入ってますよ。」

ああ、そっか。占いの恰好をしてたから、普段のオレには気づかないんだろうな。

「もう、すっかり元気そうですね。」
「えっ、どちら様ですか?」
「あなた、この声は占いの先生よ。」
「おお、占いの先生ですか。先生がこんな若い人だとは思わなかったです。」
「ですよね、普段の姿はお見せしてないから。」
「どうぞ、飲んでって下さいよ。」
「ありがとうございます。」

オレは珍しい日本酒を2,3飲ませてもらった。

「だけど、先生の占いはホント、よく当たるってかなり有名ですよ。」
「いえいえ、それでも占える人もいれば、できない人もいますんで。」
「そうなんですか?」
「私らは大丈夫ですよね。」
「ええ、占えますよ。」
「じゃ、何か1つだけお願いします。」
「そうですね・・・」

この二人は生涯添い遂げることになる。で、子供は3人、男1人に女2人だ。最初は女の子になる。

「最初に生まれる子は、女の子です。」
「そうなんですか。男の子は?」
「安心して下さい。男の子もちゃんと生まれますから。」
「そうですか、よかった。」

これから先、暴力団からみのイザコザもない。幸せな人生が待っている。

 しばらくして、オレは占いが終わり、晩御飯を食べに、炉端に向かう途中で声を掛けられた。

「ケンさん、ですよね。」

振り向くと、一人の女性が立っていた。

「えっと、どちら様ですか?」

なんとなく、顔を見たことがあるんだけど、誰だったか思い出せない。

「恵子の友だちの松本です。」

ああ、やっぱり、一度、会ったことがある人だ。松本由美子さん、一度、恵子が連れてきたんで、占ったことがある。

「思い出しました。その後、いかがですか?」

彼女は一人住まいをするかどうか、悩んでいた子だ。今の一人住まいをしている。実家とはちょっと問題があって、帰っていない。

「一人暮らしをエンジョイしてます。」
「それはよかったですね。」
「今からお食事ですか?」
「食事と言っても、炉端で一人飲みですけどね。」
「じゃ、ご一緒してもいいですか?」
「ええ、いいですよ。」

そういうことで、今日はふたりで炉端にいくことになった。

「恵子とは、ちょくちょく会うんですか?」
「最近は仕事が忙しかったので、そんなに会ってないんです。」
「そうですか。」
「あの、恵子から聞いてません?」
「ん?何を?」
「私がお兄さんに会いたいって言っていたということを。」

ああ、この子だったのか。以前、恵子がオレに会わせたいって言っていた子だ。この子は恵子に言って、オレを待っていたんだ。なるほど。

「そういう子がいると聞いていただけだったので、名前までは。」
「私です。会えてよかったです。」
「そうだったんだ。だから、オレを待ってたんですね。」
「あれ、バレました?」
「バレバレですよ。まあ、いいでしょう。」
「ありがとうございます。」

いつもはひとりだけど、たまには誰かと食事もいいだろう。松本さんはよくしゃべる印象だ。でも、そんなに悪い気はしない。オレはどっちかというと聞き役に回った。

「よかったら、これからも一緒に食事でもいいですか?」
「そんなに頻繁でなければ。」
「よかったぁ。断られたらどうしようかと思いました。私、よくしゃべるでしょ。嫌がる人も多いので。」

まあ、そんなことはない。

「大丈夫ですよ。」

 オレは、そこで松本さんと別れて自分の部屋に帰った。部屋でのんびりしていると、恵子から連絡が入った。

「どうだった?」
「早速、聞いたのか?」
「うん、で、どう?」
「良い子だね。よくしゃべるし。」
「嫌じゃなかった?」
「いや、全然。楽しかったよ。」
「よかった。また、会ってあげてね。」
「わかった。」

たまには問題ないし、そういう時間も楽しい。でも、恵子の友達ということがちょっと気にかかるかな。

 翌日、オレは久しぶりにゆうこママの店へ行った。

「最近、ご無沙汰じゃないの?」
「ごめん、ごめん。」
「まあ、いいわ。」
「師匠、いつものでいい?」
「あ、お願いするよ。」

ゆうこママは、カウンターに座っている一人の女性と話をしている。よく見ると、外人だ。珍しいな。

「もう、しっかりスナックに馴染んでいるやん。」
「師匠、そう見えます?」
「その師匠ってのは、そろそろ終わりにしてくんない?」
「だって、師匠だもん。」
「ケンさんとでも、言ってくれないかな?」
「わかりました、今日からケンさんにします。」
「頼むぜ。」

 すると、ゆうこママがカウンターの女性に手招きした。

「ナオミさん、こっち。」

んっ、何だ?

「ケンちゃん、丁度いいから紹介するわ。」

いきなりかい?

「こちら、ナオミ・クロフォードさんよ。」
「高山健です。」
「初めまして、よろしくお願いします。」

へえ~、日本語大丈夫なんだ。って、いきなり、何だ?オレのそんな顔をみて、ゆうこママはこう言った。

「以前、紹介するっていったでしょ。」

 ああ、そうか、そうだったな。この人か。でも、外国人やん。彼女は日本に来て、2年ほどになるらしい。だから、たいがいの日本語はしゃべれるらしい。日本人よりちょっと色が黒い感じの黒人系だ。ただ、ものすごくスタイルがいい。オレとは絶対に合わない。どうみても、オレは胴長短足だ。

「モデルさんですか?」
「いいえ、違います。」

声もオレ好みだ。

「ものすごくスタイルがいいんで、てっきりモデルかと思いました。」
「はずかしいです。」

 オレは、ゆうこママに小声で言った。

「オレとは絶対に合わないぞ。オレ、胴長短足やし。」
「そんなこと、気にしなさんな。彼女はOKって言ってるだから。」

そうなのか。まいったな。

「まあ、ふたりでお話しなさいよ。邪魔しないから。」
「ありがとうございます。」
「まいったな。」
「ケンさんは、占いを職業にしているんですってね。」
「あ、はい。」
「珍しいですね。」
「そうですね。そんなに多くはないと思います。」
「ナオミさんはどちらの国の方ですか?」
「アメリカのアリゾナです。」
「今、日本で何をしてるんですか?」
「外資系の企業に勤めてます。」
「なるほど。」

じゃ、アメリカにいずれは帰るんだろうな。

「私も占えるんですか?」
「できますよ。」

 オレは彼女の過去と未来を見た。やっぱり、日本のマンガを見て、憧れてたんだな。未来は・・・えっ・・・オレ?オレと付き合っている姿が見える。なんで?いつもそういう人には、霧がかかって見えないんだけど。

(つづく)

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