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フリーライフ 第4話

 翌日、私は役所へ行ってみた。まず、自分の戸籍謄本を取り寄せて内容を確認した。すると、意外なことがわかった。私は養子だった。じゃ、本当の両親は一体誰なんだ。教えてもらえるだろう両親はもういない。私のルーツが問題なんだろうか。こういうことは、どこで聞いたら教えてもらえるんだろうか。うちに帰って、ネットで調べてみた。児童相談所、家庭裁判所、そんなとこで教えてもらえるんだろうか。とにかく当たって砕けろだ。

瑠璃さんから連絡がきた。

「智志さん、父が二度と会うなって。」
「なんだって?」
「絶対だめだって。」
「私が何をしたんだというんだ?」
「教えてもらえないの。」

そんなことで納得するわけがないじゃないか。

「もう一度、おとうさんがいるときに伺うよ。」
「絶対に家に入れないって。」
「私はそんなに嫌われているのか。」
「ごめんなさい。」
「君のせいじゃないよ。」
「私たちは子供じゃないんだから、ちゃんと理由を聞こう。」
「そうよね。」

 翌日、近藤さんから連絡がきた。

「とにかく、会って話そう。」

私は、近藤さんに会いに行った。

 近藤さんは会うなり、頭を下げた。

「私が紹介しておきながら、大変申し訳ない。」
「一体、どうしたんですか?」

しばしの沈黙から、近藤さんは口を開いた。

「君は自分が養子だということを知っているか?」
「昨日、役所で確認しました。」
「そうか、それで本当の両親を調べたのか?」
「そこまではまだ。」

だけど、なんで近藤さんはそれを知っているんだ。

「ここから先の話は、瑠璃さんには決して話さないと約束してくれるか?」
「どういうことなんですか?」
「瑠璃さんには言ってはいけない。その理由までは、私から話せない。」
「なんでですか?って、聞けないんですね。」
「そうだ。それに、この話を聞いたら、君から瑠璃さんに別れを告げなさい。」
「そんな・・・」
「そんなら、自分ですべて調べて、彼女と共有しますよ。」
「だめだ、絶対だめだ。」

いったいどういうことなんだ。

「この事実を聞いたら、君は彼女とは付き合えない。」
「意味がわからない。」

近藤さんは下を向いて、黙ってしまった。

「君のご両親は、小宮さんなんだ。」

突然、近藤さんは口を開いた。

「それじゃあ、瑠璃さんと私は・・・」
「兄妹だ。」

なんてことなんだ。それじゃ、結婚なんか絶対無理じゃないか。

「そんなことが・・・」
「おそらく、君を育てたご両親は、小宮さんと約束していたはずだ。小宮家には近寄らないと。」

そんなことなんか、知る由もないじゃないか。でも、もう私たちは付き合うことなんかできやしない。だけど、出会った兄妹として、仲良くしていくことはできるんじゃないか。ん~でも、一度芽生えてしまった恋心を抑えることなんかできやしない。やっぱり、近藤さんの言う通り、別れるしかないのか。

「わかりました。その通りにします。」
「わかってくれたか。」
「サックスのレッスンも終わりです。私は引っ越します。」
「仕方ないな。」

 私は、すぐに引っ越す準備をした。本気で愛した人が妹だったなんて。さすがに落ち込んだ。涙が止まらなかった。瑠璃さんから何度もスマホに連絡がきていたが、私は出なかった。家にまで来て、インターフォンを鳴らしていたが、私は出なかった。会いたくて、会いたくて、仕方がなかったはずなのに。会ったら、自分が壊れてしまうようで怖かった。

 私は北国の地方都市へ引っ越した。スマホも変えた。前のうちの関係者には、行先は秘密にした。どうせ、会社勤めなんかしていないから、なんのしがらみもない。田舎もないから、どこだって構わなかった。

 私は新しい部屋で、涙に暮れていた。瑠璃さんも同じだろう。私が突然いなくなって、行先もわからないし、連絡も取れないのだから。私が兄だという真実を知ったら、狂ってしまうだろう。私は再起不能だ。もうどうでもいい。そんな気持ちで数日間過ごした。

 ひさしぶりに鏡を見て、笑ってしまった。なんて顔なんだ。私はシャワーを浴び、髭を剃り、ようやくさっぱりした。これからは、ここで生きていくんだ。もう、恋はしない。絶対、しない。そう決心したのだ。

 私はまた、前のように昼と夜の食事を契約し、週一回のルームクリーニングもお願いした。食事の配達は若いお兄さんだったし、クリーニングの方は50前後のおばさんだったので、事務的に対応すればいいので、楽だった。万が一のことも考え、防犯カメラは必要箇所に仕掛けておいた。

 この町、今はまだ暖かい季節だから、普通にどこへでもいける。必要な施設がどこにあるのか、のんびりできる場所はどこにあるのか、ランニングコースはどこにしようかなどを考えながら、歩き回った。多分、自分から積極的にいかないと、私はこの町で孤独に過ごすことになるだろう。しばらくはそれでもいいと思った。帰り道、コーヒー専門店を見つけたので、ブルマンを買って帰った。

 夕方、コーヒーを飲みながら、図書館で借りた本を読んでいた。何も考えず、没頭できる。あ、そういえば、引っ越してきたときに、隣近所へなんの挨拶もしていなかったんだ。面倒くさいけど、粗品を買いに出た。その足で、同じ階の方と真下の部屋の方へ挨拶に伺った。半分もいなかったが、大半は家族世帯だった。そうだよな、単身でこの広さに住んでいるのは、私くらいだろう。残りはもう少し遅くなってから、再度伺ってみよう。

 私の真下の部屋の方は、若いご夫婦だった。お子さんもまだ小さかった。なんか、瑠璃さんとの生活を想像して涙が出た。まだ、無理だ。もっと時間が過ぎ去ってほしい。やっぱり、私のように単身者は、ほぼいなかった。ここはファミリー層主体のマンションのようだった。そんなことなんか、言われたかも知れないが、頭になかった。だが、私はほとんどインドアで過ごしていたので、他の家族に出会うことはほとんどなかった。

 ある時、インターホンが鳴ったので画面を見ると、見覚えのある顔が見えた。

「三浦ですが。」
「はい、今行きます。」

3軒ほど隣の奥さんだ。

「お待たせしました、何でしょうか?」
「自治会の会費をお願いします。」

あっ、そうだった。忘れていた。

「ごめんなさい、失念してました。おいくらでしょうか?」
「年間で4千円になります。」
「はい、じゃこれで。」
「ちょうどですね。はい、領収書。」
「ご苦労さまでした。」
「あの、高木さん。」
「はい、なんでしょう?」
「今度の日曜、クリーンデーなんで、参加お願いしますね。」
「スケジュールを確認しておきます。」

ほんとは都合つけれるくせに。

「いつも参加者が少ないので、ぜひ、お願いします。みなさんと仲良くなれるチャンスですしね。」
「わかりました。確認しておきます。」

そうか、こういう自治会は、私のような一人で生きていくヤツにとっては、まったく不要なものだけど、人といるのが好きな人にとっては、必需なんだろうな。

 自治会費を納めたということは、自治会の活動にも必然的に参加していく必要があるのだろうか。ゴミ場の担当もあるみたいだし、そこを利用している以上、せざるを得ないんだろうな。もしかしたら、少しは気が紛れるのかも知れない。行ってみようか。

 クリーンデー当日、集合場所に時間通りに行った。十数人の方が集まっていた。私は自分の部屋番号と名前を言って、ゴミ袋をもらった。およそ1時間、奉仕活動だ。私からどなたにも話しかけることはせずに、黙々とゴミを拾い、雑草を抜いて、袋に詰め込んだ。

「あの、あなたも奥さんに行ってこいって言われたくちですか?」

若い男の人が声をかけてきた。若いと言っても、ほぼ私と同じくらいかもしれない。

「いえ、私は1人身なんで。」
「えっ、そうなんですか?このマンションに単身者もいたんだ。」
「珍しいみたいですよね。」
「全部、ファミリーと思ってました。」
「お仕事は何をしてるんですか?」

やっぱり、あれこれ聞いてくるんだな。

「ネットでの自営業です。」
「お、すごいですね。儲かるんですか?」
「なんとか。」
「私なんか、うだつのあがらない会社員ですよ。同じような年代の方と思うのですが、お年は?」
「29です。」
「え~っ、オレより若いの?」

その方は、稲盛さんと言って、32歳の会社員で、奥さんとお子さんは2人いるとのこと。

「今度、そのうち一杯いきませんか?」
「いいですよ。」
「じゃ、また連絡しますね。」
しなくていいけど。

 結局、稲盛さんと後半、話をしながらゴミ拾いをした。結構、汗をかいたので、シャワーを浴びて、ブルマンを淹れてホッとしてのんびりした。午後からネットで、周辺情報を見ていた。あ、ここにも音楽教室がある、サックスも。行ってみようか。

 私はそこへ行ってみた。一度はやりかけたので、そんなに緊張感はない。受付で初級コースを申し込んだ。ちょうど、今やっているので、見学できるということだった。私もそのコースになるというので、習う先生や一緒の生徒さんを見に行った。私が初めて受けたレッスンと同じような楽器の取り扱いの話をしていた。次回からなんで、歩調が合う。よかった。

 初級コースの先生は、おそらく音大を出たばかりの若い女性だった。一通り、楽器の扱い方を教え終わったところで、このコースの生徒さんが習う曲を演奏してくれた。いい音だ。こんな音を出せるようになりたいものだ。生徒さんは、60代くらいのおじさん1人と、30代くらいの主婦らしき女の人2人、それに次回からは私が追加でレッスンをうける。レッスンが終了したときに、受付の方が先生に私を紹介した。

「は~い、皆さん、次回から新しく高木さんが参加されますので、お願いしますね。」
「よろしくお願いします。」
早速、紹介されることになった。まあ、いいか。

 翌日、いつものように、朝ランに出かけた。すでに10キロくらいのコースを見つけていたので、ゆっくり走り出した。走り出して、10分もしないうちに自然が広がる道に出る。今はいいけど、冬は走れないんだろうな。雪が積もるまでは、朝ランを楽しもう。10キロほどなんで、1時間くらいでマンションに戻ってきた。この時間くらいになると、出勤される方が結構いる。割とくるまでの出勤が多いみたいだ。私はクールダウンして、エレベーターに乗った。そこへサックス教室の2人が乗り込んできた。

「あっ、高木さんですよね。」
「おはようございます。」
「走られているんですか?」
「はい。」
「健康的でいいですね。次回のレッスンよろしくお願いしますね。」
「こちらこそ。」

降りる階は1つ違いだ。

「では、失礼します。」

私は先に降りた。なんか、ご近所付き合いもだんだん増えてきたな。

 数日後、いつものように朝ランに出かけると、どこからともなく、一人のランナーが私の横についた。

「おはようございます。」

誰だ?こんな人知らんし。

「あ、おはようございます。」
「いつもこの道、走ってますよね。」
「ええ、日課にしているもので。」
「私も同じです。」

なんかスタイルを見ると、私より早いランナーだと思った。

「あ、どうぞ、自分のペースで走って下さいね。」
「いえ、たまには誰かと並走したくって。」

私は1人がいいんだけど。

「私、桜井って言います。」

また、名前を明かすのか。

「高木です。」
「来月にレースがあるんですが、申し込まれてます?」
「いいえ、日々走るだけですから。」
「レースも楽しいですよ。」

私はこの桜井さんに走ろう走ろうとしきりに誘われた。

「ごめんなさい、そこまでは。」
「あ、しつこかったですね。ごめんなさい。」
「いいえ、ごめんなさい。」

私たちは途中で別れた。まったく、何なんだ。私にスキがあるからなんだろうか。

 サックスのレッスンの日、音を出して音階を吹いてみようということになったが、年配のおじさんがかなり四苦八苦していたが、なんとか音階を吹けるようになった。私にとっては、割と簡単に音がでたので、いけるんじゃないかとの手ごたえもあった。しかし、1時間なんて夢中になるとあっという間だ。最後に先生から、生徒みんなにお食事のお誘いがあった。それぞれの都合を合わせて、日曜の午後に決まった。私だけ、行かないなんて言えないし、仕方がない。

 日曜、ファミリーレストランで、みんな集まった。

「皆さん、本当に上達が早いですよ。」
「そうなんですか。」
「そんなことないでしょう。」

やっはり、よくしゃべるのは女の人だ。私とおじさんは黙ったままだった。しばらくはサックスの話で盛り上がっていたが、そのうち、ターゲットが私になった。

「高木さんは独身なんでしょ?」
「そこですか。」
「教えて下さいよ。彼女はいるんですか?」

なんでそうなる。

「いませんよ。」
「じゃ、先生、どうですか?」
「残念でした、彼氏います。」
「じゃ、誰か見つけてあげないとね。」
「いいえ、大丈夫です。」
「男はいつまでも一人でいるもんじゃないわよ。」
「その時が来たら、ちゃんと結婚しますから、大丈夫ですよ。」
「だって、彼女もいないんでしょ?」

まいったな。この話、どこまで続く?

「はい、この話は終わりです。先生、私はテナーがいいと思っているんですが、やはりアルトの方がいいんですか?」
「それは・・・」

こうして話をぶち切らないと、ずっと集中砲火を受けっぱなしだ。

(つづく)

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