見出し画像

ほっといてくれ! 第7話

(あ、近藤刑事さんだ。)
(何か事件かな?)
(でもこれって・・・)

「こんにちわ。」
「ああ、近藤さん、いらっしゃい。」
「いい天気だね。」
「暑いくらいですよね。」
「外回りにはだんだんつらい時期になってきたよ。」
「で、今日のご用件は?」

(何も目ぼしいものないみたいよ。)
(じゃ、何を?)
(犯人を限定できる何か・・・)

「実は、捜査が行き詰ってて・・・」
「なんか歯切れが悪いですね。」
「有力な情報がないかを調べてほしいんだ。」
「じゃ、その事件の詳細を教えて下さい。」

 近藤さんが言うには、傷害事件が起きたのだが、被害者は加害者を見ていないので加害者がわからない。近藤さんたちが被疑者としている人と被害者を教えてもらった。

(本当に被害者は見てないわ。被疑者の中にも加害者はいない。)
(じゃ、一体誰なんだろうね。)
(とにかく、被害者の近辺の声を聴いてみるわ。)

ボクはわかり次第連絡する旨を伝えて、近藤さんには一旦帰ってもらった。

(確かに被疑者たちは加害者になり得る状況ではあるけど、実際はやっていないのよ。)
(あ、すごい憎悪の持ち主がいた。)
(ほんと?)
(被害者の病院を突き止めようとしてる。)
(そりゃ、やばいね。)
(やっぱり、この人だわ。)
(で、証拠は何かある?)
(まだ、ナイフを持っているわよ。でも、自宅の中に隠してる、よく洗っているので、血痕なんてみつかるのかしら。)

ボクの能力を使えば、そのナイフをここに持ってくることはすぐにできるけど、どこでそれを見つけた?とか聞かれたら、答えようがない。

(ちょっと待って、彼の足取りを意識の中から確認するわ。)

栗原さんはその人の足取りをメモし出した。犯行の時に着ていた衣類や靴、帽子、手袋なんかも書き出している。簡単な地図を描いて、彼の意識の中にある時計とその場所を記載して行った。それと被害者の足取りもその地図に記載する。どうやら、被害者を追ってだんだん間を詰めているようだった。実際の傷害現場には、その瞬間誰もいなかった。加害者の彼はその場所に防犯カメラがないことも知っていた。

(どうしようか?これ、難しいね。)
(足取りはこの通りだから、あとは証拠探しね。)
(被害者の意識の中には、加害者は出てこないから、警察に聞かれても加害者の名前が出てくることはないってことか。)
(警察に事情徴収されても、その日のアリバイはないけど、犯行動機もわからないから、被疑者になり得ないでしょ。)
(でも、何が動機なの?)
(被害者の喫煙を注意されたことよ。)
(えっ、そんなことで?)
(それも、2年以上前のことよ。だから、被害者は思い当たる節なんかないのよ。)
(初めは加害者も、そんなに憎しみとか怒りの感情もなかったんだけど、日が経つにつれて、だんだんそれが大きくなってしまったみたいなの。)
(大した事ないことでも、怖いね。)

 さて、どうしたもんかな。とりあえず、栗原さんが書いてくれた地図を実際の地図に当てはめて、被害者の足取りと、警察が被疑者と思っている人の足取り、本当の加害者の足取りを記入していった。その上に時間をところどころに記載して・・・、って、これを見ると、加害者が一目瞭然だ。だけど、証拠がない。そこは、警察に任せるのがいいのかな?

 翌日、近藤さんを呼んだ。
「さすがに早かったね。どう?」
「まずは、この地図を見て下さい。」
「ふむ。」
「この線が被害者の通った足取りです。ところどころに時間を記載しておきました。」
「こりゃ、わかりやすいね。」
「で、警察が被疑者と思っている人たちの線がこれです。」
「えっ、全然、重なってないじゃないの?」
「そうなんです。被疑者はすべて犯人じゃないんです。」
「だけど、この線だけは重なっているね。」
「そうなんです。この線の人は、ここから被害者の後を追うように進んでいて、事件現場まで行って、離れていってるんです。」
「こいつが犯人ってことか!」
「そうなんですが、私たちでは証拠がわからないんで、ここまでなんです。」
「いや~、ここまでわかればたいしたもんだよ。で、こいつは?」

ボクは名前と住所等を近藤さんに伝えた。あとはなんとかやってくれるだろう。近藤さんは警察に連絡を取って、帰っていった。

(竹内くん、あのね。)
(ほい、どうした?)
(妹がね、この近くの会社に内定したんで、多分、ちょくちょく私たちの事務所にくるかも・・・)
(まあ、いいじゃん。おめでとう会でもする?)
(本人はしてもらえると思っているみたい。)
(じゃあ、やりますか?)
(ごめんね。)
(なんのなんの。)

そういうことで、聡子ちゃんの就職祝いをすることになった。

「ありがとう。竹内さん、お姉ちゃんも。」
「内定おめでとう!」
「よかったね。早めに決まって。」
「友だちの中でも、早い方なの。」
「あとはしっかり勉強して、卒業しないとね。」
「そこらへんは要領よくやるから大丈夫!ところで、卒業まで竹内さんとこでアルバイトさせてくんない?」

(またきたわ。絶対だめ。)
(わかった。)

「前にも言ったけど、まだまだ不安定なんで、アルバイトを雇うだけの余裕はないんだよ。」
「そっか。じゃ、仕方ないね。」
「まあ、今日は好きなもの食べていいからね。」
「ほんと?ありがとう!」

焼肉屋さんの食べ放題コースなんで、なんでもOK。ボクらもこんなにお肉を食べるの久しぶりだ。ほとんど、聡子ちゃんの独壇場になってしまったが、就職祝いだから、いいってことだね。

「で、ほんとにお姉ちゃんと付き合ってないんですか?」
「そうだね。仕事仲間だからね。」
「じゃあ、私と付き合いません?」
「なっ、なんで?」
「お姉ちゃんと付き合ってないんなら、いいじゃん。」
「もうしわけないけど、仕事のこともあるし、まだ、そんな気持ちじゃないんだ。」
「そっか、簡単に振られたってことか。」
「聡子ちゃんにはもっといい人見つかると思うよ。」
「またまたぁ~。」

 確かに栗原さんの言う通り、あまり迂闊に言葉にしたら、どんなことになるかわからない。まあ、聡子ちゃんは要注意人物というこで、話をするときは気をつけようということにした。

 この仕事は、本当になんとかやっていけるもので、人は調査をしてほしいことを思ったより多く抱えている。警察は事件があるたびに、何かしら調査を依頼しにくるし、一般人もそれなりにあるものだ。ボクらの能力はうまく使えている。

 ある日、コンビニに立ち寄った時、普段はそんなことはないのに、やけに気になる人と出会った。その人はとても優し気な雰囲気をまとっていた。多分、ボクの一目惚れなんだろう。目を離せなくなった。思わず、彼女の意識に合わせてしまった。橘香織(たちばなかおり)さん・・・いけないと思いつつ彼女の記憶から様々なことを知ってしまった。

 こういう時に、この能力を使うのは気が引けるけど、いちいち聞かなくても、情報として確認できるのは楽チンだ。栗原さんがこのことを知ると、嫌がるだろうな。そんなことより、ボク自身がこんな気持ちになったのは初めてだ。まさか、あとをつけていくことなんかできないので、彼女の意識をずっと追い続けた。

 彼女が見た風景や街並みが全部わかる。女性用のマンションで一人暮らしということもわかる。今は彼氏もいない。ボクにも十分チャンスがあるわけだ。彼女の仕事は営業職。だからしゃべることは好きみたいだ。逆に聞くこともできる人みたいだ。ボクは夢中になって、彼女のことを知り続けた。

 翌日、いつものように事務所に来たら、なんとなく栗原さんの様子がおかしい。どうしたんだろう。もしかして昨日のこと、全部知られているんじゃないだろうか。

 栗原さんは自分じゃ、なだれ込んでくる意識を止められない。そんな中にボクの意識があったのかもしれない。だから、ボクが一目ぼれしてしまった人のことがこと細かに、栗原さんの意識の中になだれ込んでいたのだ。

 ボクは、薄々栗原さんの好意に気が付いていたが、あまり気にしていなかった。そんな鈍感なボクがやらかしたんだから、もうどうしようもない。あんまり、にこやかな雰囲気じゃないから、声も掛けれない。こんな日に限って、お客は来ない。まいったな。

(今日はお客さん、来ないみたいだからコーヒーでも入れようか?)
(ありがとう。)

会話もすぐに途切れてしまう。どうしようと思ったら、急に栗原さんがお客さんを感じ取った。

(あの人が来る。)
(あの人?)
(あっ。)
(んっ?)

ドアを開けて入ってきたのは、橘さんだった。

「いらっしゃいませ。どうぞ、こちらへ。」

ボクは内心ドキドキしながら、応接に案内した。

(人探しみたい。)
(わかった。)

「あの、私、橘香織といいます。」
「私は松ノ木調査会社の竹内と言います。こちらは栗原です。」
「どうも。」
「早速ですが、人をお探し、ですか?」
「えっ?なんでわかるんですか?」
「たくさんの人を見てきましたから、その人の雰囲気でだいたいはわかるんですよ。」
「そうですか。」

(妹さんを探しているんで、追っかけてみるね。)
(オッケー、頼みます。)

「実は、私には妹がいるんですが、・・・」

栗原さんが依頼人の意識を紐解いていくんで、依頼人が話し終えるまでに、すべてがわかってしまった。

「なるほど、話はわかりました。」
「調査報告はどのようなタイミングでして頂けますか?」

(もう、わかったわよ。)
(さすが、早いね。)

「明日、お仕事の帰りにでもいらして下さい。最初の報告ができると思います。」
「えっ、そんなに早く?」
「どこよりも早く報告させて頂くことをモットーにしていますので。」
「わかりました。明日、会社帰りに、18時過ぎには来れますので、よろしくお願いします。」
「はい、お待ちしています。」

 妹さんは、生活が苦しかったので里子に出されていた。で、そのことを知ったのは、最近のことだった。彼女の母親が亡くなる時に、初めてその話を聞いたのだった。父親はもっと早い時期に亡くなっていたため、どうしても自分の妹に会いたいのだという。

(案外、簡単にわかったわ。)
(さすがだね。)

栗原さんには、勝手にどんどん他人の意識が飛び込んでくるので、コントロールするのが大変みたいなんだけど、それを逆手にとって、人探しは簡単にできるらしい。ボクは、いつでも人から意識が入ってくるのではなく、自分でそう思わないと、そんなことはできない。だから、人探しには向かないのだ。

(苗字が違っているので、わからないと思うけど、彼女のそばにいるわ。)
(えっ、そうなの?)
(まさか、同じ会社で働いているなんて、思わないでしょうね。)
(凄い偶然だね。)
(お互い全然知らないもん。)

 ボクは、栗原さんからもらった資料をパソコンに打ち込んで、正式な資料を作成した。その間、彼女との関係が顧客という関係から、個人的な関係に、どのようにして持っていけばいいのかを考えていた。でも、妹さんとの再会してからしばらくは、そんなことに気を向けるのは無理だよなとも思った。

 翌日、彼女がやってきた。

「たった1日で、どこまでわかったのでしょうか?」
「すべて確認できています。」
「えっ、本当ですか?あんなに情報が少ないのに?」
「一応、調査会社ですからね。」
「じゃ、妹は元気に暮らしているんですか?」
「はい、元気にやっていますよ。」
「今はどこに?」

どんどん質問されまくりそうだったので、ボクは橘さんの質問を遮った。

「でわ、最初からお話しますね。」
「あっ、ごめんなさい。気が焦ってしまって。」
「妹さんは〇×県の今井さんというご夫婦に引き取られて、育てられました。ごく普通のご家族です。」

妹さんが中学校の頃、父親の転勤でこの近くに引っ越してきたこと、妹さんは〇〇高校から、××大学に進学し、今は〇〇会社にお勤めであることをお話した。

「えっ、私と同じ会社なんですか?じゃぁ・・・」
「そうです。あなたの隣の部署にいる今井さんが妹さんです。」
「そんなことって・・・」
「でも、妹さんはそんな事実を知りません。今でも、今井家が自分の本当の家族だと思っています。」
「そうなんですか。この話は妹に打ち明けた方がいいんでしょうか?」
「それはあなた次第です。妹さんはお姉さんの存在を知りませんし、今の家族を本当の家族だと思っていますから、いきなり、姉ですって言って、どんな反応が返ってくるでしょうか?」
「そうですよね。」

 彼女はちょっと悩んでいる様子だったが、しばらくは他人として接しようと思ったようだった。

「こんなに早く対応して頂いて、ありがとうございます。」

 ボクと彼女の接点は、依頼人として・・・だけなんだなって、思った。今は、妹のことでいっぱいになっていることだろうし、ボクの入る余地なんかないような気がした。なんか、今日は一人でご飯というより、栗原さんを誘ってみようかな。

(いいわよ。)
(えっ、聞いてたの?)
(うん、ごめん。)
(まあ、いいよ。じゃ、一緒に食べに行こうよ。)
(うん。)

 ボクらは、早々に店仕舞いして、いつもの炉端へ行った。

(竹内くんはあの人が好みなの?)
(好みって言うか、多分一目ぼれかな。)
(ふ~ん。)
(なんか、とっても興味をそそられた感じかな。)
(で、もういいの?)
(だって、あの調子なら、妹のことで頭がいっぱいだろ?)
(多分そうよね。)
(だよね。まあ、仕方がないや。)

(話、変わってもいい?)
(いいよ、何?)
(この調査会社、今後どうしていく?)
(というのは?)
(今は私たちの能力があるから、成り立っているけど、それがなくなったり、できなくなったりしたらってこと、考えておかない?)
(そっか、全然気にしてなかったけど、それもそうだね。)
(もし、私の能力がなくなっても、竹内くんの能力で対応はできるの?)
(それは難しいね。一人づつ聞いてまわらないといけないもんね。)
(そっか、調査は私がいないと無理ってことね。それと物証は竹内くんがいないと無理よ。)
(そうだね。もし、ボクらがどちらか一人になってしまったら、この仕事は閉める。そう心に刻んでおくよ。)
(私もそういうつもりにしとくわ。)

 まあ、そこまではボクも記憶があった。それからは、多分飲み過ぎた。久し振りに外食して、飲みすぎて、完全に酔いつぶれてしまった。

 次の日、ボクが目を覚ますと、見覚えのない部屋にいた。だいたい、ボクは布団で寝てるのに、これはベッドだった。あれ?と思って起き上がろうとすると、隣に栗原さんが寝ていた。

 えっ、ボクは栗原さんちに泊まったのか?なんで?あかん、全然記憶がない。落ち着け、落ち着け。多少気持ちが落ち着いたので、状況を観察することにした。ボクらはなんでかわからないけど、手を握っている。ボクも栗原さんも下着になっている。同じベッドに寝ている。彼女の寝顔は・・・なかなかかわいい。えっ、ボクはどうしちゃったんだ。彼女はビジネスパートナーだぞ。

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?