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#3 末期の水は経口補水液の方がいい

私の知っている親父と言えば
仕事から帰ってきて一番にシャワーを浴びて
自分の飲む酒を作って定位置についたら
梃子でも動かない男。
自分のしまつですら動かない男。
それがゆえか丸丸と肥えた恰幅のいい男だった。

半面母は食事をしてないわけでもないのに
必要以上にがりがりで、
私の知っている一番細い時が160センチ38キロ。
私の母が異常に細過ぎることは、
友人との会話の中ですら
しばしば話題に上がる程だった。
仕事に育児に家事にと休む暇がないに加えて
亭主関白でアル中の暴力旦那では
いくら食事をしてもストレスのカロリーが上回って太れもしなかったのだと思う。

2011年の3月に親父が3億円を餌に
かどわかされるもっともっと昔、
私の母と親父が結婚した当初から親父は坂井に
何かにつけては金をかすめ取られていたらしい。
何故この人はそのことに気づかないのかと
それも離婚した理由の一つだったという。

ある特殊な地域の
ある差別運動にこんなにも親父がどっぷりだった元凶をさかのぼるにつけ
結局親父はマザコンだったのだよなぁと
そこに私は回帰する。

私の祖母はシングルマザーだった。
気の強い、強すぎる女性だった。
幼いころにあやまってかまどに落ちたことが原因で頭の皮膚にはやけどの跡があり髪が生えてこず、普段はかつらで過ごしていたが
孫の私の前ですら決してかつらを取らないので
祖母のそんな過去は誰も知らないという程でみな過ごしていた。
昼間いない両親の代わりに育ててくれた祖母は
男尊女卑が酷く男の子の甘やかし方が異常で
それは姉の私と弟で思い出の中の祖母という人物像が真逆の人間になるレベルのものだった。
祖母甘やかされた男はだいたい金にルーズで癇癪持ちで自分に甘い。(私調べ)

親父は3人兄弟の末っ子で、2人の姉がいる。
祖母があの当時差別の根強い特殊な地域で
シングルマザーとして生きるには
使えるものはなんだって使いたかったに違いない。
私が想像するに、本当の所は
「差別」なんたるかうんぬん等、深く熟考する余裕は祖母には無かったのではないかと思う。
とにかくこの3人をどう食わせていくか。
その方法の一つが差別撤廃運動体に所属することだったんじゃないか?と。
親父の2人の姉は高校卒業後、貧しい家庭のためすぐに働くつもりだったらしいが、
運動体が助成金を使って特殊地域の優秀な子供たちを大学に行かせるという策を取った、それに選ばれたりしているところを見ると、
関係を密にしてある程度媚を売れば
祖母にとっては多くのメリットがあったのだ。
運動体のトップには坂井の父がいた。

けれども
それが本当だったとして、
誰が祖母を責められよう。
そして万が一誰が祖母を責めたとしても、
私だけは絶対にそのことを責めてはいけないのだろう。
そのおかげで私の今があるのだから。
けれど、どうしても悔やまれる。

祖母よ、特殊な地域に生まれたその偶然すらも
子供を育てるためなら、利用できるものは
全て使いたかったのは理解できるよ。
でもあなたが頼ったその人物が
あんまり評判のいい人間ではなかったなら
裏では親父にちゃんと教えておいて欲しかった。
変なところで義理堅い祖母は
そのまま感謝して、信頼して、
関係性を大事にしてしまったんだろう。
感謝すべきは坂井一家じゃないのに。

そんな祖母を見て育った親父にとって
運動体のつながりは絶対だった。
だからこそそこで権力を持つ坂井一家が
本質的には搾取しかしないやつらだなんて
疑いもしなかった。
愛する母の信頼する人だから。

あとは2人の出来の良い姉へのコンプレックスから少々ぐれた経験のある親父にとっては
背中一面の入れ墨も多少は格好良く見えたのかもしれない。
そこまでする度胸なんかはない、気の弱い親父だから。



なんと親父のいるベッドの横には
車椅子が置いてあるではないか。
トイレにもう歩いてもいけないのか。
今となっては恰幅のかけらもない、
あの頃の母のように
余裕がなくて太ることもできない生活をしていることが見て取れる目の前の男。
数十年ぶりの親父を目の前に
私も弟も言葉を失った。

病院まで向かう車の中で弟は親父に謝ってほしいんだ、といった。
一言ごめんと言って欲しいと。
言うわけないと私は思ったけど、
顔を見た途端殴りたくなりはしないかと
自分を抑える方法を模索するくらいはしていた。

だけど全然、言葉も怒りも出てこない。

気の毒だったからだ。
落ちぶれていたからだ。
見るからに。

それは、私を、家族や親戚を自ら捨てた親父ではなかった。
誰も彼もから捨てられた後、何もかもを無くし
ただ死に際に立つ男だった。ひとりで。

「私のこと分かるん?」
ふり絞って出てきたのがこの言葉。

「分からん。昔よりぼれ瘦せたもん。」
(※ぼれ=すごく)
嘘つけよ。痩せたのが分かるんだろ。
相変わらず正直じゃねぇな。おもしろくもねぇし。

「どうしようたん、今まで。」
弟がやっと質問する。

「坂井さんとこに世話になって、仕事いきょうるよ。駅のとこの警備会社。」
「仕事しとん!?」

読んでくださっている方に私と弟の驚きが伝わるだろうか?
一時は架空の3億を
もらえると言い張って仕事をせず、
私たちの奨学金をも使い込み
母名義で借金をし
親戚や自分の知り合いから何百万も金を借りてそれでまでも仕事をしなかった男である。
(何といっても坂井から3億貰えますからね)
それが死に際の今の今まで仕事を!
それもっと前にやれよ。

「世話んなっとるてもう帰れんのんじゃろ。
お金ないって聞いたけど、入院せんともうどうしょうもなかろ。
病院に滞納あるって言われたし、今日から入院するならお金のことこっちで管理するけ財布とか全部出して。通帳あるならそれも出して。」

「まあちょっと待てえや。仕事ん人にも入院するゆうてないし、
持っとる携帯会社の所長さんが借りてくれとるやつなんよ。
それも返さんといけんし・・。」

「会社名教えて。携帯もこっち預けて。
私たちが全部やるからもうええから。
今日から入院するんじゃけそれだけで生活できるじゃろ。
もう何もせんでいい!」

話をしているうちにやっと私も調子が戻ってきた。
語気を強めて親父の言葉を遮ると、
親父は弟の顔を見て黙りこくる。

弟は毒気を抜かれた後親父に会えた嬉しさが込み上がってきたようで、甲斐甲斐しくポカリを買いに行ってやったりしていた。

彼はそもそも好きなのだ。この親父のことが。
酷い折檻を受けた過去なんて、根にも持ってないみたいに優しい。
私とは違い、彼は死に間際の実父に冷たく当たらない。
時に甘さとなりはするけれど、
私にはない、分かりやすい優しさが彼の良いところだといつも思う。

後から弟に聞いた話だが、私が入院手続きで席を外している間に
「あいつ、ぷりぷりするところは変わらんの。」
と言っていたらしい。
冗談じゃないわ。この程度でぷりぷりて。
言わせてもらうけど、あんたみたいな親父じゃなかったらぷりぷりしねーよ私も。
そもそもぷりぷりってなんだよバカ。

とにかく入院手続きを済ませて
次は生活保護に切り替えられないか市役所に聞いて、会社に携帯を返さないといけないので会社にも行かないといけない。

バタバタしている間に、
弟は2本目のポカリを親父に強請られて買ってやっていた。
もうやめろ。お前は。

それどころか私たちが帰ろうとしたら
「このテレビって契約?」
と抜かすので
「一日500円だから、見なくていい!未払いもあるのに贅沢に何言よん!」
と返したら、
また弟の顔を見て
「携帯、ほしいのう。ないと困るけのう。」

もうええ加減にしてくれ。
ポカリで味を占めて、テレビに携帯。
さっきも言ったが未払いもあるし
こいつほんまにどーいう神経??

あぁ、でもこういうやつだったわ。。。。
思い出した。
まあもうしないといけないことが山積みだし、
こいつと言い合いしてもしょーがないし、
いいわ。
数十年前とは私も違う。
親父に関しては悟りきっていると言っていい。

とりあえずこのくそ親父は置いて病院を出ることにしてまずは会社に向かうことになった。
この親父ほんとにちゃんと働けていたんだろうか。
前借とかしてそうで怖い。
たぶん携帯とかも借りてもらったってことは
その残債があるだろうし。
あー怖いなー。

弟は優しいけど金遣いは微妙で貯金もないし
(親父譲り?)
お金のことは言わずもがな私持ち。
私はこの時親父には言わなかったけど妊娠していた。
(こちらの話はまた別途エッセイで連載しています。)

お金、足りるかなぁ。。
病院を後にしながら
坂井に取られた私たちの奨学金のたった一部だけでも帰ってくる方法はないものか、と思ったけれど
宝くじの方がよっぽど確立が良さそうなので考えるのをやめた。







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