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「任せるよ」VS「人任せにしないで」

『お店どこにする? 』

『晴香の好きなとこでいいよ。どこでもいい』

 咲希から返ってきたメッセージがあまりに予想通りだったので、流石にうんざりした。
 咲希は昔から「どこでもいい」ばっかり。遊びに誘ってもいつも受け身で、「どこでもいい」「なんでもいい」「任せるよ」のオンパレード。
 学生の頃はそれでよかったかもしれない。でも、今はもうお互い立派な社会人で、お店だってスマホひとつで簡単に調べることができる。それなのに、調べようとしない。仕事が忙しくてしばらく会っていなかったから、その間に少しは受け身の姿勢が改善したかと思ったのに、相変わらずみたいだ。
 私が店の候補をいくつかメッセージで送ったけど、それに対しても咲希は「どこでもいい」としか返してくれず、結局、私のオススメのカフェバーに行くことに決めた。
 
『お店、予約した方がいいよね』

『別にいいんじゃない。晴香に任せる』

 またしても「任せる」だ。イライラしてきた。
店選びは私がやったのだから、「予約は私がやるよ」とか言えないのかな。けっこう人気の店だから混んでいるかもしれないのに。当日、席に座れなかったらどうするつもりだろう。
 それに、お礼のひとつくらい言えないのだろうか。
 確かに私は店を選ぶのも好きだし、幹事役も得意だ。でも、自主的にやるのと、やらされるのとではモチベーションがまったく違う。
 いつもなら、ここで私が折れて店の予約まで済ませてしまうのだが、咲希から続けてメッセージが送られてきたことで状況が変わった。

『たまには居酒屋とか行きたい』

 は? どこまでワガママなの? もう店は決まったじゃない。また別の店を探せって言ってるの?
 あまりのワガママぶりに、私の苛立ちはピークに達した。どうしてここまで自分勝手な言い分を押しつけることができるのか。
 もしかしたら、咲希がここまでワガママに振る舞うのは、今まではっきり言えなかった私にも問題があるのかもしれない。いつも、咲希に「任せるよ」と言われるまま行動してしまうから舐められているのだ。
 これまでは、反論するのが面倒だった。でも、咲希とは長い付き合いだし、咲希のためにも、この機会に自分の気持ちを話した方がいい。そう決心し、思い切ってメッセージを送る。

『ねえ、咲希。いつも人任せだと、そのうち友達なくすよ』

 自分でもきつい言葉だと思った。だけど、咲希とはこれからも友達でいたいと思ってる。どうでもいい相手なら黙ってフェードアウトすればいい。それをせずに自分の気持ちをはっきり伝えるのは、咲希のためなのだ。

+++

『ねえ、咲希。いつも人任せだと、そのうち友達なくすよ』

 それまで普通にやり取りをしていた晴香が、唐突に辛辣なメッセージを送ってきたので、軽く混乱した。
 え? どうして突然そんなこと言うの? お店選ぶの好きって言ってたじゃん。ていうか、これまで私が晴香の好みに合わせてきたつもりなのに。
 私は間接照明で薄暗いオシャレな店なんて本当は好きじゃない。大声で喋れる大衆居酒屋の方が気を遣わなくて好きだ。お酒もたくさん飲みたいけど、晴香の好みに付き合っていた。それなのに、なんで一方的に晴香がキレてるの。

『私だって、お店はどこでもいいんだよ。2人で楽しく話せればいいし。たまには咲希が選んでもいいんだよ』

 続けて送られてきた晴香からの説教めいたメッセージに鼻白む。
 どこでもいいなんて、そんなことないでしょ。晴香は店に対するこだわりがとても強い。私が好きな居酒屋を提案しても、ずっと無視した。晴香の言う「どこでもいい」は、「私の好みの店ならどこでもいい」という意味だ。
 実際、今だって居酒屋行きたいって言っただけでキレてるし。だから、いつも晴香に選ばせてたのに。

『今回は、お店の予約くらい咲希がやってね』

 店の予約だって別にしなくていいんだけど。晴香が勝手に予約してただけ。団体客じゃないんだから、よほどのことが無ければ店には入れる。
 それに、私は店の外で待つのもけっこう好きだ。待ち時間が長いなら、その場で別の店を探してもいい。それくらい自分でやる。でも、晴香は行き当たりばったりで店を選ぶのは嫌いなんだろうな。

『わかった。ごめんね。予約しとく』

 揉めるのも嫌だったし、了承の返事を送る。2人分の店の予約なんて、たいした手間じゃないし。そんなに大騒ぎすることでもない。
 これで晴香の怒りも落ち着くかと思った。だが、

『咲希、そういうとこ改善した方がいいよ。いつも人任せで受け身で。いつか言おうと思ってたけどさ……、』

 まるで用意していたかのように熱量高めの長文メッセージが送られてきたので、ちょっと引いた。今まで我慢してたけど〜、はっきり言えなかった私も悪かったけど〜、云々。まさかの説教モードで突然のお気持ち表明。
  
『咲希とはこれからも友達でいたいと思ってるし、咲希のためだと思って言ってるんだよ。厳しく言ってごめん』

 晴香からの長文メッセージは、そんな言葉で締め括られていた。だけど、内容は半分も私の頭に入ってこない。ただ、疑問が浮かぶだけ。
 そんなに嫌なら誘ってこなきゃいいのに。好みが違う人と気を遣いながら食事をするのは疲れる。どうして誘ってくるの。とても不思議だ。理解できない。
 ひょっとして、友達いないのはそっちなんじゃない?

+++

――人任せはやめなよ。
――任せたつもりない。

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