見出し画像

北インドカレーのスパイスの配合は誰がどうやって決めているのか?コリアンダーパウダー&クミンパウダー編

 こんにちは!鰤子です!いつも記事をお読みくださり本当にありがとうございます!前回の記事では北インドカレー作りで役に立つスパイスの配合に関しての2つの考え方

A.ターメリックとチリパウダーを必須スパイスとする考え方
B.クミンパウダーとコリアンダーパウダーを必須スパイスとする考え方

のうちのAの考え方について解説いたしました!この記事ではもう一つのBの考え方について解説いたします!それではさっそく本題に入ります~!

B.コリアンダーパウダーとクミンパウダーを必須スパイスとする考え方

 北インドにはコリアンダーとクミンパウダーだけで作られる料理が実際に存在します。ただ実際に存在しているとはいっても、その数は多くありません。というか本当にこの2種類のスパイスだけで料理を作ることはほとんどないと私は思います。
 Aの考え方ではターメリックとチリパウダーだけでもインドカレーが作れたのに、では一体どのようにしてこの考え方でインドカレーを作っていくのかということをこれから詳しく説明していきますね!

味の理論と香りの理論

 ”B.コリアンダーパウダーとクミンパウダーを必須スパイスとする考え方”で重視されるのは何よりもその2つのパウダースパイスの「香り」です。この考え方ではコリアンダーパウダーとクミンパウダーの香りを軸に、他に必要となるパウダースパイスの香りを加味して全体のパウダースパイスの配合を考えていくのです。この考え方ではコリアンダーパウダーとクミンパウダーの「香り」が無くしては北インドカレーは成り立たないと考えます。前の記事で解説した”A.ターメリックとチリパウダーを必須スパイスとする考え方”はどちらかというと料理の味のベースをターメリックとチリパウダーで作り、他の種類のパウダースパイスやホールスパイスで(味と)香りを整えるのでいわば「味の理論」、対してBの考え方は「香りの理論」といえるかも知れません。

高い自由度&高い難易度

 この考え方ではコリアンダーパウダーとクミンパウダーの香りを軸にして、料理一つ一つに対してどのスパイスをどの程度追加していくかを考えます。つまりそれぞれの料理をどのように仕上げていくか考えるときに、その出発点がコリアンダーパウダーとクミンパウダーの2つということです。これは言ってしまえば、コリアンダーパウダーとクミンパウダーの香りを軸に料理全体がしっかりとまとまって美味しくなるのであれば、後はどのスパイスをどのように加えてもいいということでもあります。なので自由度はとても高く、センスや経験があれば本当にやりたい放題できます(笑)ですがそこまでいかないにしてもやはり多少のセンスや経験がないと、この考え方を勉強するのも一苦労で、”とりあえずターメリックとチリパウダーがあれば大体のインドカレーを作ることができる”といったAの考え方に比べると習得の難易度が高く、理屈をしっかり理解した上で扱えるようになるのためには根気も必要です。しかもこの考え方が支配するキッチンでは、同じ人が同じ料理を作るときでも状況によってパウダースパイスの配合を替えることも当たり前なので(というかそれができないとこの考え方を習得したとは言えないので、そのキッチンではシェフとして認められません…)、最初は何がどうしてこの料理がこのパウダースパイスの配合になるのか意味がわからないかも知れません。
 この考え方を習得するためには、この考え方が支配するキッチンで勤めているインド人シェフの下について、徹底的にその人から料理を教わるのが一番なのですが、そうは言ってもそんな事普通にはとても難しいと思うので、この記事でなんとかしていけたらと思います!

AとB、2つの考え方は矛盾していないのか?

 ところで一つ前の記事で述べたように、インド料理にはコリアンダーパウダーもクミンパウダーも使わない料理がたくさん存在しています。Aの考え方ではターメリックとチリパウダーの2つが北インドカレーの必須スパイスなので、コリアンダーパウダーもクミンパウダーも使わずに料理が作れてしまうんですよね。そして実際、そのようにして作られる北インド料理はたくさん存在しています。なので一見するとAとBの考え方が同時に存在することはおかしいことのように感じられるかも知れません。が、実はそうでもないということをここで先に解説しておきます!
 これは一体どういうことかといいますと、インド全体で見るとターメリックとチリパウダーだけで作られる料理は確かにたくさん存在しますし、前々回の無料記事で紹介した料理体系の①と②においては、理屈の上ではほぼ全ての料理をターメリックとチリパウダーで作ることができるというのは本当のことです。(が、それをするかしないかは話が別。)ですが、これは北インド全体を俯瞰してみたときの話です。しかしインドには日々家庭や飲食店で料理を作られている方がたくさんいらっしゃって、そういった方々一人一人はやはりそれぞれ独自の視点、独自の価値観や理論を持っていらっしゃいます。そういった個々人の中に内在する北インド料理(極端な言い方をすると、その人の中にのみ存在する独自の料理体系)においてのパウダースパイスの配合に関する考え方として「私(たち)はコリアンダーパウダーとクミンパウダー(の香り)が北インドカレーの必須スパイスだと考えていますよ」というのが確かに存在しているのです。そういった方々は実際、かなり幅広い料理にコリアンダーパウダーとクミンパウダーを使われます。
 つまり2つの理論は視点というか、切り口が違うんですね。というわけで2つの理論は矛盾していませんし、なんなら外国人である私たちは北インド料理どころかインド料理全体に対しての客観性を持てますので、切り口の違う2つの理論を両方完璧にして、その時その時で使い分けることすらできるようになれるのです。

インドにターメリックを使わない料理はあるのか

 話は逸れますが、インド料理の中にターメリックを使わない料理というのは一体どういったものがあるのでしょうか。それを見ていく上で参考になるのが先の記事でまとめた北インド料理を構成する⑩の料理体系です。もう一度見てみましょう。

①北インド料理-ベジ・ヒンドゥーホームスタイル
②北インド料理-ノンベジ・ヒンドゥーホームスタイル
③ムガル料理-レストランスタイル
④ウルドゥー語圏のイスラム教徒の料理
⑤パンジャブ料理←シク教徒の食文化の影響下にある
⑥カシミール料理
⑦カシミール料理-ベジ・ヒンドゥー
⑧ラダック料理
⑨ヒマラヤエリア(標高が高い地域)の料理
⑩北インドレストラン料理

 この10の料理体系の中でターメリック無しで料理を作ることがあるのは、③、④、⑤、⑥、⑦、⑧、⑨、⑩です。これはもしかしたら偶然なのかも知れませんが、ターメリックはインドが原産で、ターメリックは古くからインドの医学、アーユルヴェーダでも重宝されており、また医学と宗教は古くから密接な関係があります。つまりアーユルヴェーダはヒンドゥー教の医学とも言えるわけですが、宗教と医学はさらに生活習慣や食文化ともまた密接な関係があります。実際、アーユルヴェーダの教えに従って行動するヒンドゥー教徒の国では古くからターメリックが日々の暮らしに取り入れられてきたと考えられています。そのときの古来のヒンドゥー教徒の料理体系が発展してきて現代の①と②の料理体系を形作っているわけですし、アーユルヴェーダに関しては廃れるどころか進化していますから、①と②の料理体系でターメリックが今もって重宝されているのは自然なことと思えますね。
 次に他の料理体系を見ていきましょう。③、④、⑤、⑥、⑦、⑧、⑨、⑩の料理体系のうち、③、④、⑥はイスラム教の勢力圏で発展した料理体系です。⑤は私が勝手につけた名称ですが、つまりシク教徒の文化の中で育まれたパンジャブ料理ですので、ここではシク教徒の料理と読み替えていただいて大丈夫です。⑦はヒンドゥー教徒の料理で、ターメリックの使用には⑥よりも積極的ですが、しかし⑥の料理体系の影響を受けているのでターメリックを使わない料理がそこそこの数存在しています。ただそれは料理全体で見た時の話であって、現地人の間でターメリックを使うことへの姿勢には、相当な個人差があると思われます。
 そして⑧はチベット仏教圏の料理です。ラダックではチベット由来の料理とラダック独自の料理と、インド料理の影響を受けた料理が存在しています(厳密に言うとカシミール方面からのイスラム教徒移民の食文化も浸透しています)。ラダックではターメリックはわりと色々な料理に使われることがあるのですが、チベット由来の料理を中心に使われないことも多く、また使われたとしてもターメリックが使われるその理屈の部分が北インド料理の発想とは大きく異なります。
 ヒンドゥー教だけでなく、もちろん他のそれぞれの宗教はやはりそれぞれの医学を持っています。ヒンドゥー教と異なる宗教の勢力圏で発展した料理体系、つまり他のどの宗教の元で発展した料理体系でも、ターメリックはヒンドゥー教の世界で重宝されているほどの価値を通常は持たないのです。(*ムガル帝国料理に関しては単純にイスラム教の料理と言ってしまうのは説明不足ですが、ここでは一旦そのように話を整理します。)
 ちなみに⑨はチベット仏教圏に隣接する地域の料理で、地域的にはヒンドゥー教の勢力圏ではありますが、2つの宗教の勢力圏の間にあるので双方の文化が入り混じっています。しかしこの地域では分かりやすいことに、ヒンドゥー教の料理でのターメリックの使用頻度は高く、ターメリックが使われないづらいのはチベット料理由来のものが中心です。⑩に関しては③のムガル料理をベースに発展した比較的新しい時代の料理ですが、上で挙げた他宗教の勢力圏で発展した料理体系から様々な料理を吸い上げているため、ターメリックを使わない料理が多数含まれています。
 では次に、それぞれの料理体系でターメリックを使わない料理にどういったものがあるのか簡単に見てみましょう。またこれらもほんの一例であることと、同じ名前の同じ地域の料理でもターメリックを使うバリエーションがあったり、全く違う見た目の料理が普通に存在しています。

③ムガル料理、④ウルドゥー語圏のイスラム教徒の料理
-マトンラズィーズ(Mutton Lazeez)、他にもコルマ(Korma)、レザラ(Rezala)、ヤクニー(Yakhni)など似たような見た目の料理がある。

⑤パンジャブ料理←シク教徒の食文化の影響下にある
-サルソン・カ・サーグ(Sarson ka Saag)

⑥カシミール料理
-マトンローガンジョシュ(Mutton Rojan Josh)

(右)マトンローガンジョシュ、(上)がアチャール
(左)リスタ-羊のつみれのカレー、(下)ハーク-青菜の煮込み
全てターメリック不使用です。

⑦カシミール料理-ベジ・ヒンドゥー
-レンコンのヤクニー(Nadir Yakni)

 ⑧、⑨に関してはターメリックの使用が積極的でない料理はチベット料理由来ということ、⑩に関しては上の③から⑦で紹介する料理と大いに被るため、それぞれ説明を省略することとします。
 ただ、そうは言ってもいずれの地域もインドもしくはインドに隣接した地域なので、①と②以外の料理体系においてもターメリックをもとから全く使わないわけでもないと考えた方が地理的には自然です。特に現代のインドとパキスタンにまたがるパンジャブはヒンドゥー教、イスラム教、シク教の入り乱れる地域なので、どの宗教でもターメリックは料理に使っていたはずです。この様にお互いに文化が混ざり合い相互に影響を及ぼす地域では、はるか昔からお互いの料理体系にお互いの料理が入り込んでカオスと化しています。そしてその相互作用の結果、もともとターメリックを使わなかった料理に、ターメリックを使って作るレシピがバリエーションとして生まれたりもしていて、話をさらにややこしくしています。
 そのカオスの代表例の一つがチキンコルマなのですが、コルマそのものはもともとルーツがペルシャやパキスタンと考えられています。現地で伝統的なスタイルとして”ターメリック不使用でヨーグルトを使って煮込むレシピ”もあれば、”ターメリック、チリパウダー、ガラムマサラを中心としたスパイスに、ヨーグルト、トマトを使ったカレーっぽいレシピ”もあったりして、現代では本当に様々なレシピのバリエーションが存在しており、結果として新しくインド料理を勉強する人たちを「コルマって何???」と常に悩ませることになっています。

チリパウダーが必須スパイスに含まれないのはなぜか

ここから先は

9,233字 / 8画像

¥ 600

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?