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人はおんがくをころせない

くそったれ。大学の同期が新しいバンドを組んだ。プロを目指している実力派シンガーと一緒に、精力的に活動するらしい。「おめでとう」だとか「ライブ楽しみ」とか、出てくるのはそんな言葉ではなく「くそったれ」。あいつは音楽を生きがいにしている。私はどうだ。生きがいにする勇気なんて一度も持てたことがなかった。音楽と真剣に向き合うのはおそろしい。音楽ってやつは、どんな美男美女よりもモテるのだ。数え切れないほどの人々が、素敵だなあなんて憧れの眼差しを向けている。見ているだけじゃ我慢できなくて、仲良くしようとするやつらもごまんといる。音楽がその気持ちに応えてくれるのは、ごく稀なことだ。振り向いて仲良くしてくれたとしても、両想いとは限らない。こちとら何年音楽に片想いしてきたと思ってんだ。私はどうやら音楽から好かれにくい人間であることは、もうわかっている。むやみやたらに仲良くしようとしたって、失恋の悲哀が待っているだけ。だから私は他の相手を選んで生きてきた。なのに、大学の同期だなんてごく身近な存在が、まだやつを口説こうとしている。そんなのは、恋愛体質で失敗ばかりしているあの子みたいに、存在しない理想の恋人を探し続けるのと同じだ。本当にそうだろうか?あいつなら出来るんじゃないか。じゃあなんで私には出来ないのか。うるさい、うるさい!

こうやって勇気が出ない間は努力なんて出来ない。登りつめた分だけ落差が激しくなるのは怖い。その落差で音楽は人を殺す。殺してきた。音楽と親密になれた人たちさえも、27歳とかそんな若さで、殺されてきた。こうして音楽は人を殺すのに、人は音楽を殺せない。叶わない重い恋は、ときどき憎悪に変わる。やつと決別したくて気が狂いそうになる。生まれてこのかた、ずうっと依存してきたからかもしれない。15回払いのローンで買った10万円のギター。馬乗りになってそのネックを絞めたところで、何も変わらない。ステージの上で楽器を破壊するロックンローラーは、どんなことを考えているんだろうか。絞めるのをやめて、ギターを抱きしめた。抱きしめたというよりは、縋りついた。

(Self Portrait)

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