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想い出

日は沈みかけていた。
過疎化の進む田舎町。
歩いている人はほとんどいない。
カラスの鳴き声だけが、紅く染まった空に響き渡っている。

赤いランドセルを背負った少女は家路を急いでいた。
そのとき突然、見えない恐怖と不安に包まれた。
少女はおもった。
「お母さんの中からバケモノが出てきて殺される」

少女は恐怖と不安を抱えたまま家の中に入った。
母親の様子はいつもと同じだ。
それでも、バケモノが出てくるかもしれないという恐怖は消えなかった。
しばらくの間、テレビと台所の間を何度も視線を動かした。

その日から学校帰りに友達と別れて一人になると
「お母さんの中からバケモノが出てくる」という恐怖がときどき襲ってきた。


少女に思春期がきた。
いつのまにか学校帰りに「バケモノに殺される」という
見えない恐怖におびえることはなくなった。

怖いものなんて何もなかった。
ただ、世界の中心が自分ではないことに
とてつもなく大きな不満を抱えていた。
そのころはきっと母親がバケモノを恐れていたに違いない。


時は過ぎ、少女は母親になった。
思い通りにいかない日常のすべてを幼い男の子に吐き出す。
おびえる小さな瞳を見て我に返る。

そして、おもう。
「あのバケモノがここにいる」、と。

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