シウィトトルの話

シウィトトルの話をしましょう。

アメリカ大陸東海岸、南東へと分かれのびたフロリダ半島から、さらに南へ下っていくと、海中にひとすじの隆起があります。
細い島々と、海面上に出るにはいたらない浅瀬がつづいています。フロリダキーズです。一帯は、豊穣なサンゴ礁であり、多種多様な生命でみちています。

ふたまた尾びれを金色の鋏のようにかがやかせるイエローテイルスナッパー。
まっかな地に黒水玉で装うカーディナルフィッシュ。
ひょろりと口長胴長のトランペットフィッシュ。
彼らを狙う大魚グレートバラクーダ、ゴライアスグルーパー(体長2.5メートルにもなります)。
やや小型のナッソーグルーパー。

この、海の密林になじむ虎さながらの縞模様をした肉食魚は、海底近くにひそんでいます。サンゴの枝陰や、石灰砂の白さにまぎれて、じっと待っています。いいのが通りかかったら、いきなり大口を開けて、ひゅう、ばりばり、というわけですが、ちょっとおもしろいのが、彼は「床屋」の常連なのです。「床屋」には、青帽子のブルーヘッドやオーシャンサジョンがたむろしていて、やってきたナッソーグルーパーをつつきまわします。体表の老廃物や寄生虫を食べてくれるのです。恐ろしい顔をしたナッソーグルーパーが口をあんぐり開いたまま、中を床屋だか歯医者だかが出入りするのにまかせ、サービスを堪能している様子は、なかなかに愛嬌があります。

さて、バヤトケイサはフロリダキーズに属する島のひとつで、古くはシウィトランといいました。

シウィトランには、シウィトセロトルがすんでいます。シウィトルはトルコ石、またその青さ、ターコイズブルーのことです。オセロトルはジャガー。シウィトセロトル、青いジャガー。シウィトセロトルはシウィトランの王であり神です。胴に比して大きな鰭をもち、羽ばたく動作で泳ぎます。目は窓の大きさをしています。フリントナイフ状の歯を長くとがった口にびっしりと生やしていて、ひじょうに獰猛で、魚も海鳥もアザラシも人も分けへだてなく容赦なく、噛み砕き、呑みこみます。

シャチは人間と捕食対象を見分け、襲いません。ホホジロザメは人間を噛んだあと捕食対象ではないと知って吐きだすことがあります。しかし、シウィトセロトルはイタチザメと同じく、何であれ食べるといわれています。奇しくもイタチザメはナワトル語でオセロミチンといいます。彼らもまたジャガーの魚というわけです。

シウィトセロトルが大きな鰭と尾を広げ、身をくねらせてしなやかに泳ぐさまは優雅です。
軟らかいトルコ石片で象られた宝飾の鳥をさえおもわせます。

この「神」は、かつては小鳥でした。シウィトトルとよばれる、まっさおなコティンガだったという、ナワトルの口承話があります。


シウィトセロトルはかつて小鳥のシウィトトルだった。
はじまりの蛇シウコアトルに呑まれたが、怯え憤り、腹のなかからシウコアトルを喰いつくした。シウコアトルは喰らわれながら大地を噛み、地下を掘りすすみ、のたうち、おのが血でそこを浸しゆき、ついにはてて水脈となった。碧い血はあふれ、わきあがり、虫喰いならぬ蛇喰いだらけの地中をみたし、数知れぬ泉<セノーテ>となった。最後の肉片まで喰らって膨れたシウィトトルはその血をつたって、羽ばたき泳ぎ、しまいに海へでた。
身を蔽う羽はあたかも氷であるかのようにつめたく凝固して鱗となっていた。てあたりしだいに噛みつくうちに、嘴は牙を揃えた口吻となっていた。目は閉じることをわすれて煌々とかがやいた。いつしか、鳥の名をうしない、その獰猛さ、その危険さから、シウィトセロトルとよばれるようになっていた。


あまりにも大きな、鮫に似たものになってしまった、一羽の小鳥のお話でした。





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むかし手遊びに書いた幻獣創作です。
トルコ石細工みたいな巨大なのがあのへん泳いでたら楽しいよね。

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