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私が愛したひと、永遠にさようなら

(この記事は数か月前に書いたものを編集して、公開しました)

これまでの長い長い心の葛藤。

これまでの自分の心にとりあえず、終止符が打てた。
それについては素直によかったと思える。

自分で自分の心に終止符が打てる日が来るなんて、
少し前までの私には到底想像もできなかった。

『あの時(結婚した時)、私が愛した人はもう、ここにはいない』

『今、ここにいるひとは全くの別人』

そう思うことで、現在の自分の気持ちを納得させようとした。

今となっては夫にも長い間、嫌な思いをさせたよね。
できないことをやれと言われても辛いはず。

恋愛している?と思っていた彼と出会ってからの数年間

あれはもしかしたら遠い遠い幻だったのかも。。。?

いつ、何がどうなったのかわからないまま、
私は海外での育児期間の10年以上苦しみぬいた。

そして、今、結婚生活も30年近く経って、夫がASDだと気づいた。

時が経ち、気づけば、私が愛していたはずのあの人ではなかった。
彼が変わった訳ではなく、長い年月、私が彼のASDに気づかなかっただけ。
と言うか、ASDと言う言葉もアスペルガーなんて言う言葉も
高機能自閉症と言う言葉も知らなかった私には知るすべもなかった。

そんな無知な自分を悔いた。悔いて、悔いて、嘆いて、苦しみ抜いた。。。
自分に対してだけではなく、彼にも憤った。
今、思えば、彼に憤るのは彼にとっては理不尽だわな。。。

それでも子供たちを傷つけたこと、
私自身が傷ついて来たことに対する怒りをどこに
ぶつけていいのかわからなかった私は彼に対して憤った。

そして心の奥深くにはたくさんの言い表せない淋しさがあった。

気づけば、私が愛したひとはもういなかった。

私が愛したひとよ、永遠にさようなら、、、

私の「愛」と愛されていると思っていた「私」

もっといっぱいいっぱい愛したかったし、

もっといっぱいいっぱい愛されたかった。

気づけば、ひとりぼっち。
何があったわけでもないのに
景色が一変したような、狐にでもつままれたような、そんな気持ち。

結婚生活ってそんなものなのかも。

人生ってそんなものなのかも。

そう思うしかないな
今はもう半分以上、諦めた。

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