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◇Twitterのアカウントの歴史

➀最初のアカウント


 最初私がTwitterを登録したのは高校3年生の7月1日、ROM専かつ日記のように自分の気持ちや好きな物や好きな事について楽しいといった内容を書くアカウントでした。それは、今は全く稼働していませんが、10代の頃は「心は綺麗でいよう」と思いながらやっていたので、今までの自分を形成してきた純粋な気持ちを思い返すために見返すことがたまにあります。

②二つ目のアカウント


大学2年生の頃にユーチューバーがかなり全盛期で当時の私も楽しくみていたのですが、周りにユーチューバー好きがいなかったためそのクラスタと繋がれればいいなと思いユーチューバーを追いかけるアカウントを登録しました。
しかし、いざ大勢の人達と関わろうとしたところ、誰をフォローしたらいいかもわからないし、リプを送ろうにも緊張してしまい、どのように仲良くなれば良いか分かりませんでした。そもそもユーチューバーに対しての楽しみ方が違うので、全く使うことなくユーチューバー追いかけアカウントは放置になりました。
昔も今も悩みを話せる人は少ないですが、大学2年生の時の方が悩みを話せる人は少なかったので、その放置気味になっていたアカウントでは”誰も見ていないネットの海に、自分の暗い過去や辛い気持ちを吐き出す”ということをしました。その頃は、本当に孤独でしたね。

③三つ目のアカウント


 三つ目に開設したアカウントは、大学4年生の4月に就職活動の情報を得るために作ったいわゆる“就活垢”です。これが私の人生にとって大きな影響を与えるものとなりました。詳細については、Twitterを利用した歴史で書きます。

④四つ目のアカウント


 これは、就活垢と同時期に作った“日常垢“というものです。ちょうどコロナが流行り始めた時期だったので、そのアカウントを開設してから約三か月ほどは、新しい生活様式という社会で漂う不安と期待もあり、少し日々を前向きに生きられているような気がしました。就活垢とは違い、様々な年齢の方と関われることが楽しかったです。そこでは、意外と大卒の方は少なかったのに衝撃を覚えました。どこかの記事で、Twitterに依存しがちな方は低学歴、低収入、自己肯定感も低い…と書いてあったので、「確かに私のことだ…」と思ったのと、日常垢で関わった方々にも共通していそうだなと偏見ですが思いました。(Twitterを意思を持ってスタンスが流されずに使えている方は、大卒が多いと感じました。)
8月ごろには低浮上になったと思います。その日常垢で出会った一人の方に、7月~11月頃までよく悩みを聴いていただき、一時の現実逃避、支えになって頂いておりました。日常垢は、11月から本格的に放置気味をなっていました。

⑤五つ目のアカウント


 就職活動も相まって、相談相手や自分の人生について悩み鬱気味だった私は、その頃流行っていた「HSP」という言葉を借り、メンタル弱いアカウントを作成しました。そこでは、普通の人であれば話さないような深い事情まで話してしまったことを覚えています。HSPのアカウントは、振り返っても私にとって糧となったかと言えば、そうではないです。ただただ時間の無駄でした。このことにより、“メンタルが弱い系をテーマにした”アカウントは作るべきではないと思いました。それは、やはり1~2か月たったのちにいつの間にか放置気味となり、日常垢とフォロワーを統合したり、最終的には削除したりと、面倒なことを沢山やっていました。

全てを通して言えるのは、
・面白くないネガティブな呟きは時間の無駄
・自分の深い事情や深い思考を話すとフォロワーが離れる

ということなので、Twitterはあくまでも日々のちょっとした気分転換として使うのがベストであると感じます。

読んでいただきありがとうございます。

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