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小説「オレンジ色のガーベラ」第12話

これまでのお話はこちら(全話収録しています)


第12話


 みずほの件はこれで落ち着く。あとは、真也のほうも正子が態度をはっきりさせれば、一件落着だ。

 ちひろは緑茶をすすりながら、ぼんやりと考えていた。 

 最近、がっつりと薬を飲んでいる患者さんで断薬したいというクライアントさんが来訪しない。もちろん、どんな人でも「このままではいけない、人生を変えたい!」と強く思えば、薬から卒業することはできる。しかし、薬で朦朧とした状態の人が薬を止めたいなどという発想がでてくるだろうか?

 近年の傾向として、向精神薬は薬として自分で飲むのではなく、院内で注射という形で体内に入れられてしまうケースも多い。そのとき、その注射の成分や副作用について、説明があるとは限らない。
 医師に「では良くなるためにお注射しましょう」と言われれば、そのまま注射されるだろう。
 真也のように薬を飲むことを誤魔化すことはできない。家族や周りが止めさせたいと強く決意しない限り、ずっと薬漬けになってしまうケースがほとんどだろう。

 実際に正子と真也のように家族でやってくるケースは多い。それでも断薬できるのをは3分の1だ。本人よりも家族が薬を飲ませたがったり、入院させたりしてしまうのだ。

 なぜか?

 向精神薬を飲んでいる間は、よく言えば大人しくなる。家族にも従順になる。
 でも、止めてしまうと、家族のコントロール下に置けなくなる。家族の言うことを、聞かなくなってしまう。それでは困る家族もいるということだ。

 例えば、子供が主張が強すぎて言うことを聞かないからというだけで、病院に連れていき、薬を処方されるケースでさえある。

 詰まる所、親の、家族のエゴなのだ。

 心から家族を想っていれば、薬を止めさせようとするだろうし、病院送りなどしない。でも、前提として「病院が治してくれる」と信じている家族はあっさりと大切な家族を医師に引き渡してしまう。お医者様の言うことを聞けば治る、と心から信じていれば、すぐに病院に連れて行くだろう。
 
 本当の原因は別のところにあるのに。

 昔は、人様に見せるのが恥ずかしいと座敷牢に閉じ込めていた。今は病院に閉じ込められる人がまだまだ多い。
 そして、いつ退院できるのかが決まっていないのだ。そういう意味では、刑期が決まっていない刑務所にいるようなものだ。刑期がはっきりしたいる刑務所のほうがマシだと、ちひろは思っている。

 なぜなら、ちひろはいつ退院できるか分からない精神病院に入院した体験があるからだった。



 ちひろが19歳のときだった。突然統合失調症を発症したのは。

 突然、世の中で起こっている出来事がコワイことばかりだと思うようになった。そして、日本が沈没する、と本氣で思ったのだ。
 
 今振り返ってみると、伏線があった。

 高校のときお付き合いしていたボーイフレンドと初体験をした。それからずっと自分を責め続けたのだ。いけないことをしてしまったと、罰してしまった。
 その影響で自分の心は弱っていったのだ。

 周りの家族にも友達もその心の奥底について、ちひろ自身は誰にも話さなかった。だから、その変化が表面化したとき、ちひろ自身には手に負えなかったし、家族も対応の仕様がなかった。

 結局、病院に連れていかれ、そのまま入院。

「状態が良くなったら退院できますよ」なんども医師に言われた。でも、その良い状態、という基準が分からない。

 病院の見えないルールを破っていたら、拘束衣を着させられたこともある。
 手足を縛られ、身体の自由を奪われた。
 オムツでトイレにも行けない。
 食事も摂ることなく、注射で眠らされた。
 覚醒したとき、同室の患者に助けを求めても誰も何も言わない。

 ただ、朦朧としていた。

 あれは何日続いたのだろうか?全く覚えていない。

 部屋に閉じ籠もっていろ、と看護師に命令されて、何もすることのない部屋でじーっとしていたこともある。結局、他の入院患者の洗濯物を取り込んだり畳んだりする作業していていたら、退院出来るようになった。多分、状態が良くなったと判断されたのだろう。ちなみにその作業代などもらった記憶はない。
 患者に患者の世話をさせる。外部の業者を使うより金がかからない。精神病患者は身体が悪いわけではないので、動けるからだ。患者も暇だから、良識ある患者は進んで手伝う。

 ちひろは半年で退院できて、本当に良かったと思っている。

 ただ、19歳という青春の時期に自由の利かない生活をしていたことは、退院してから長い間、重石のようにちひろの心に影を落としたのだった。

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