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ケケケのトシロー 10 

やんちゃな兄ちゃんに天誅を下すためにキダローについて行くトシロー。不帰橋のたもと、「ふき時計店」のフキばあさんを訪ね、フキさんもキダローの仲間であることを知る。そしてキダローとフキさんは帰らず橋(不帰橋)の門番であり、それはこの世に悪霊が戻ってこないように橋を護る役目であることを知らされる。

前回までのあらすじ


(本文約3600文字)

 フキさんに見送られて俺とキダローは店を出る。辺りはそろそろ夕闇が迫りだしていた。キダローがフキさんから預かった時計を見て『こっちやな』と指さした。その方向は橋を戻らず、この町の中心部を指していた。

 橋から延びる一本道を暫く歩く。両脇には戸建て住宅と会社の事務所のようなビル、クリーニング屋や喫茶店、蕎麦屋など商店が混在し建ち並ぶ。住人とはすれ違うが賑やかな感じはしない。十字路に差し掛かり、右へ折れて見えてきたのが何かの倉庫のような建屋だった。かなり昔からあるスレート葺きの屋根と外壁、敷地は破れが目立つネットフェンスに囲まれ、コンクリート土間はあちらこちらで雑草がひび割れた部分から芽吹いている。

「ここにおるな」キダローが倉庫の前でそう言った。例の時計を覗き見ると長針がぐるぐると回っている。
「目がまわりそうですわ」俺がそう言うとキダローは、時計をズボンのポケットに入れながら「邪気が渦巻いとるからや」と今までにない鋭い目つきを倉庫に向ける。俺は思わずごっくんと生唾を呑んだ。

 開いている鉄扉から俺達は敷地に入る。建屋の陰に隠すように車が二台、止めてある。一台は見覚えがある。あの兄ちゃんのワゴン車だ。

「あ、あの兄ちゃんの車ですわ。ここにいるみたいですな。けど、なんでこんなとこにおるんやろ。どう見てもここは今使ってなさそうなとこやけど」
「お前は手をだすなよ。どうやら一人じゃなさそうや、ここは」
 キダローの言葉を聞き、俺は股間が湿っているのを確認した。ええ、手なんぞ出しませんとも。

 キダローは建屋の扉を堂々と開け、中に入って行った。俺はその後をコソコソとついて行く。建屋の中は天井照明はつけられず、工事用の三脚で置かれる簡易ライトが二つほどあった。天井が高く全体は薄暗い。ライトが当たる部分のみが明るく丸く照らされている。そこには三人の若い男と一人のおっさんがいた。その内の一人は間違いなくあの兄ちゃんだ。

「ササキさん、勘弁して、今日は金ないねん。昨日返したとこやんか」
 知らんオッサンが、ガタイのいいササキと呼ばれる兄さんに、手を合わせて頼んでいる。
「どアホ! 昨日は利子だけやろ。今日は俺らも金いるねん。どないでも金作れ、その代わり来週分は待ったるさかい」
「そんな、来週待ってもらうんはええけど、今は無理やて、だいたい話とちゃうやんか。あんた、サトーさんは知ってるんかいな」
「おんどれ! サトーの兄貴の名前出したら、ワシらが引き下がると思ってるんかい!」
 あの兄ちゃんがドスをきかせて横から叫ぶ。
「いや、そうやないけど」
「なめとんか!!」あの兄ちゃんが相手のオッサンの腹に膝を入れる。膝蹴りのキレは流石や。いや、そんなこと関心しとる場合やないがな。オッサンは苦しそうにうずくまっている。

「やめとけカズ、大事なお客さんやのに。なあ、すまんな~筒井さん。勘弁やで、あとでこいつはシバいとくからな。なあ、そやけどなあ、あんたに金を工面したんはワシやねん。ブラックのあんたにな。アンタの無理を聞いたんはワシや。な? そやからアンタもちょっとくらいワシらの無理も聞いたってーなー。な? 今日は10万だけでええんや。店のレジの中にあるやろ? それくらい」ササキは筒井と呼ばれるオッサンの前にしゃがみ込む。

「そんな…… そんなことしたら、明日の仕入れの金まで……」
「お客さんのうちにワシらの言う通りにしといたほうがええで。仕入れの金がいるなら、来週でもまた、他の集金分をあんたに回したるがな。な? 約束したるで、どや?」
「ほんまか?」
「ほんまや」
「来週の支払いも無しにしてくれるんか?」
「そうやで、今日の分で来週はチャラや」
「それやったら……」
「ほれ、やっぱり筒井さんは物わかりのええ人や~。カズ! お前もな、謝れ、お客さんに手出しやがって、このボケ!」
 ササキは兄ちゃんの頭をグーで殴る。兄ちゃんは『すんまへん』と小さく謝った。あの兄ちゃん、カズっていうんや……。

「おっちゃん、そんな話にのったらあかんで~ ケケケ」
 キダローが暗闇の中から明るくライトに照らされる場所にケープを脱いで右手に持ち出て行った。勿論俺は、暗い目立たない所にひっそりとたたずむ。

「なんや? ワレ、どこのどいつじゃ?」カズの兄ちゃんともう一人の若い兄ちゃんがキダローに詰め寄る。
「わしか? わしはお前らがまた、どこで悪さしとるんかいの~と探しに来たもんや」
「なんやと、このジジィ舐めた口きくの~、怪我したいんか? それともはよあの世にいきたいんか?」
「成仏せなあかんのはお前らの邪気や」キダローは静かな口調でそう言った。
「なんやと! このボケ!!」
 若い方の兄ちゃんがキダローに殴り掛かる。キダローは右手に持ったケープで伸びてきた拳を払うと、その兄ちゃんは前方二回転宙返りでコンクリートの床に叩きつけられた。

 それを見たカズの兄ちゃんがキダローの顔面に向けて回し蹴りを放つ。キダローがケープでそれを受ける。鈍い音がして兄ちゃんは足を抱えて苦痛に叫びながら転げまわった。

「ワレ、ただのジジィやなさそうやの、何者や」
 ササキが皮ジャンを脱いで、キダローに迫る。ごつい! プロレスラーみたいな身体や。あいつに迫られたら俺は完全にちびる。

「わし? わしはな ケケケのキダロー ケケケ」
「ケケ? お前大丈夫か? ケケケのなに?」
「キダロー」
「キタロー?」
「キダロー」
「※ゲゲゲの?」
「ちゃう! キダロー」
「※と~れとれ~ぴ~ちぴち~の?」
「それキダタロー! わし、キダロー!」
 やっぱりな~、みんなそう言うわな。と俺は思っていたが、その会話に突っ込む暇なく、ササキはそのごっつい右腕を振り回しキダローの顔面を狙う。キダローはジジィとは思えないバックステップでその剛腕右フックをかわした。

「ジジィ、ボクシングやってたな」ササキは口角をあげるが、眼は完全にいってそうな感じだ。
「わかるか?」
「ワシは元日本ランカーや、素人ではなさそうやな」
「そうか、わしはボクシング、確かにやっとった」
 
 お、キダローはん、元ボクサーかいな。すごいな。

「通信教育やけどな」
 俺は膝がカクンとなる。見るとササキはカクンとはならず左、右と拳を振り回していた。
 キダローはそれもバックステップでかわすとケープを二度三度ササキの前ではためかせた。ケープは大きくなりササキを頭からすっぽりと包み込む。キダローはそのまま天井に向け、ケープで八の字を書く。サッカーや野球の球団旗が振られる様にササキを包め獲ったケープは空中を舞う。そしてキダローは呪文のようなものを唱えた。

「ノウマク…… マンダバザ…… ダンカン!! か!!」
 キダローはケープを床に打ち付けた。うわ、あかんで、あの元日本ランカーぺちゃんこちゃうの?

 ケープは元の大きさに戻り、床に落ちている。しかしササキの姿はない。
キダローは筒井さんに近寄る。筒井さんは完全に怖気づいていた。
「あんた、今の見たね ケケケ」
 キダローの問いに筒井さんは首をプルプルと横にふった。あれは絶対にちびっているはずだ。俺もそうやけど。

 キダローは床におちたケープを拾い上げる。その下から現れたのはデカいゴキブリが一匹。腹を見せて力なく足を動かしていた。キダローは躊躇せずそいつを足で踏みつぶす。そして、ケープを筒井さんの頭にかぶせてまた呪文のようなものを唱える。

「オンサンマヤ…… バン オンサン…… ふん!」
 ケープを取ると筒井さんはポカーンとした表情でキダローを見た。

「え、どちらさん? ここは?」
「あんた、何、ここでぼーっとしてるんかな~と ケケケ あんた二丁目の酒屋の大将やろ? はよ帰らんと配達間に合わへんで。 ケケケ」
「うわ、ほんまや、なんでこんなとこで…… 帰ろ。ほな、またご贔屓に」
「さいなら~ ケケケ」

 俺はキダローのもとに駆け寄る。ゴキブリは踏まないように気を付けて。
「あのオッサンどうしたの?」
「ここの記憶とこいつらとの関りを全て消したんや ケケケ」
「げ! そんなんできんの?」
「そのケープを使って、ちょっと修行がいるけどな ケケケ」
「えー、ケープ使うの、修行なんかいらんて言いましたやん」
「それはケープ自体の取り回しのことや。 ケケケ その他にケープを使うことにはそりゃ多少の修行はいるわいな」
「なんやそれ…… それはそうと、あのごっつい奴はどこへ消えたんでっか」
「あー、あいつはそこに潰れとるやんか ケケケ」
「潰れ…… もしかして……」
「そう、そのゴキブリ」
「もしかして、あいつがこれ?」
「そうや ケケケ」
「もしかしてぺちゃんこ?」
「そ、ケケケケ」
「それって 死んだ?」
「まあ、そういうことになるわな ケケケ」
「あ…… あかんでキダローはん」
 俺はぺちゃんこの巨大ゴキブリを見つめ、今度こそ、ちびっていた。

 
11へ続く


注 作品中に出てくる呪文のようなものは真言とは直接関係ありません。あくまでもフィクションです。

※ゲゲゲの鬼太郎 
※かに道楽CM曲
https://note.com/love_the_pta/n/n5e481240806e


エンディング曲

NakamuraEmi 「かかってこいよ」



ケケケのトシロー 1
ケケケのトシロー 2
ケケケのトシロー 3
ケケケのトシロー 4
ケケケのトシロー 5
ケケケのトシロー 6
ケケケのトシロー 7
ケケケのトシロー 8
ケケケのトシロー 9


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