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世界はここにある54  完結篇(上)

 クリス米大統領の執務机の電話が鳴る。彼女は電話に応答したあと、執務室を出た。補佐官と国防長官が部屋の外でクリスを出迎える。そして専用のエレベータに乗り、地下の作戦会議室へ向かった。

「準備はすでに」国防長官の言葉にクリスは無言でうなずく。

 部屋には軍関係者が居並びクリスを迎えた。
「状況は」
「すでにチームは現場に控えています」
「作戦の実行を許可します」
 クリスの指示で現場のチームへGOサインが出された。
「人質になっている米兵の状況はわかっているの?」
「詳しい様子はわかりません。しかし生きていることは間違いないと」
「ヒデト・タカヤマは一緒なのね」
「はい」
「とにかく三人は生きたまま確保するように」

 大型のモニターにチームが突入していく様子がLIVE映像で流れる。
そして交戦のあとに映像と無線交信が途絶えた。一同は呆然と映像の無いモニターを眺め、クリスは幹部のそんな表情に失望を隠さない。

「どういうこと? 彼らはどうなった!」
「電波を遮断されたようです。現地の様子はまったくわかりません」
「我が国の特殊部隊はいつからこんなお粗末なレベルになりさがったの」
 クリスは明らかに不満な態度を露わにした。たかが10代の子供が率いる組織に米海軍特殊部隊が手玉にとられているのだ。

「偵察衛星の映像と現場から1km離れたドローンの映像で現場周辺の監視は出来ます。控えの部隊をすぐに突入させます」

「彼女らをそこから出さないで、一帯を封鎖するのよ」
「しかしそれには日本の許可と協力が必要です」
「テロ犯を確保するのよ、すぐに日本に要請するのよ。阿南総理に連絡を」
 会議室の電話から日本へのホットライン接続の指示が出る。一刻の猶予も許されない。ナオを逃がしてしまってはまた後手にまわることになる。

「大統領、日本サイドに繋がりません。在り得ないことですが……」
 補佐官が報告を聞き、クリスに耳打ちした。
「一体、何が起きているの? 在り得ないことの連続よ、大失態だわ」
「どうします、日本の許可は」
「横須賀から日本側に通告させなさい。私の命令であると、テロ犯はこちらで尋問のあと日本側へ引き渡す。そして作戦行動はあくまで米管理地域内で限定されると伝えておきなさい」
「しかし、今もかなりマズい状況です。これ以上の戦闘拡大を隠すことは無理です。日本にここは承認させないと、マスコミも抑えなければ……」

「そんな暇はないのよ!」
 クリスは大声で叫ぶ。補佐官はその剣幕にひるみ、事態の分析と連絡にあわただしかった幹部たちもクリスに驚きの目を向けた。

「あとはなんとでもなる! 場合によっては……」
「大統領……」 国務長官が進言しようとするのをクリスは制した。
「対象を消しなさい。犠牲は最小限に」

 クリスは会議室を出て人払いをしたあと、自身のスマートフォンを取り出し電話を掛ける。
 ロセリストの執事が電話に応対した。もう随分と弱っているのか自分で電話に出れないのだなとクリスは思う。

「チャールズ様はお休みになられています」
「ジェームスもなのね」
「そのようで」
「ドクター・ブリュスコワは側におられるかしら」
「いえ、今日はお越しになられておりません」
「私から電話があったことを当主にお伝えしておいて、それから例の件は私の判断で更地に戻すと言っておいて」
「承知いたしました。ミス・プレジデント」

 すぐにクリスはもう一本の電話を掛けた。
「これはミス・プレジデント。まさか直々にお電話を頂けるとは光栄です」
「世辞はいいわ、チャールズは永くない。その後の始末はこちらでするけれども、そちらはどうなの」
「ロシアは抑えていますよ。しかし、チャイナは少しへそを曲げています。それなりの餌を巻いてやらないとそのうちに噛みつくこともある。怪我どころではすまないかもしれません」
「それは私を脅しているの?」
「とんでもありません。東洋人はどうも私には分からないことが多い。日本のようになんでも閣下の言う事を聞いてくれれば助かるのですが」

「ふっ、笑えないわね。その日本で例の子供がやりたい放題よ。暫くはこれにかかるかもしれないわ。だから、主席にはそれなりの譲歩はするから今はタイペイには近づくなと言っておいて。ヒスマンから言わせれば主席も無視できないでしょう?」

「それは少し遅かったかもしれませんよ」
「どういうこと?」クリスは自分の顔が青ざめるのが分かった。
「日本のテロの実行に合わせ、タイペイ侵攻は実施されるでしょう。チャイナはタイペイか日本の南西諸島のどちらかをと考えているはず。ロセリストの当主が永くないことは主席もよく知っているのですよ」

「ドクター・ブリュスコワは裏切ったのね」
「いえいえ、彼はあなたの言う通り、ナオが反対したフラクタルによる治療をロセリスト公に実施したまで。すべてはミス・プレジデント、あなたの計画通りですよ。勿論、私も閣下を裏切るつもりは毛頭ございません」

「話が変わっているわ。私は関税問題と外貨、通信インフラの部分で譲歩をすると言ったはず、主席に直接よ」
「世界は常に動いていますよ、閣下」
 冷たい声がクリスの耳に響く。
「今、タイペイに動けばチャイナは国際的にますます立場が悪くなるわ」
「力さえあればそれも解決できる。おっと、貴国も同じではなかったですかな?」

「あまり調子にのらないで、ポール・ヴュータン、私が直接話すことも可能なのよ」
「ご無礼はお許しください。では、さっそくヒスマン公に進言してチャイナを抑えるよう『努力』いたします」
「それ相応の礼は必ずとお伝えして、あなたにもね」
「承知いたしました。ではこれで」

 電話を切ったクリスは舌打ちした。随分となめられたものだ。米国の態度をはっきりさせる必要がある。クリスはそう思った。会議室に戻ったクリスは国防長官に声をかける。

「その後の状況は?」
「車が二台、現場から逃走しています。現在追跡中です。東京都内に入る様子です。バックアップ部隊の到着は間に合いませんでした」
「何をやっているの! 車を止めなさい! あいつらを日本政府に接触させてはダメ、今すぐ始末しなさい!」
 再びのクリスの怒声は会議室の空気を凍らせた。
「大統領、落ち着いてください。日本の公道を車は走っています。同盟国のです。いくらなんでも……」
「東のスパイはその同盟国の公道で我が国の海兵隊員が運転する車を襲ったのよ。ふざけないで!」
 国防長官は返答に窮した。そして軍幹部に『大統領の命令を伝えろ』と命じた。

「それから、大統領……」国防長官はクリスの様子を伺いながら切り出した。
「チャイナに不穏な兆候が見られます。タイペイへの武力行使のカウントダウンに入ったという情報が」
 クリスは両のこめかみを指で押さえ、会議卓のチェアに座り込んだ。

「戦闘準備に入りなさい。チャイナへ外交ルートを通じて連絡させて」
「なんと伝えるおつもりで」
「『緊張を高める行動を続けるなら我々も覚悟を持って行動をする』と伝えて、マスコミにこの情報を流しなさい。すぐに」
 

☆☆☆☆☆


「現場レポーターの若松です。子供を中心としたデモ行進を続けるこの奇妙とも言える集団は、現在首相官邸を目指し進んでいます。ヘリから確認する状況ではその数はすでに5万人以上とされ、参加する人は増加を続けています。ご覧の映像でわかるように官邸をぐるりと取り囲むように集まってきています。官邸より500m位でしょうか、離れた道路の各所で警察がバリケードを張り通行を封鎖する準備をしています。いったいこの集団はなんの目的をもって集まっているのでしょうか? 行進に参加している人にインタビューがいくつか撮れています。それではご覧ください」

 TV各局はすべて、このテロ騒ぎの際中に起こった奇怪なデモ行進を中継していた。阿南ら政府閣僚も現状分析を行いながらTVの映像を注視していた。

 米国につなげると言ったままナオからの連絡はない。彼女から指定した期限の時刻はあと一時間もない。
 テロ行為の実行は踏みとどまったのか? それも確約ではない。阿南は想定される対策はすべて行ったつもりだった。しかしここにきて不思議な集団の行動は阿南の判断をより難しくしている。そもそも彼らの行動の目的は何かが不明であった。

「あなたたちはなんで行進しているの?」
 TVレポーターが連なって歩く小学生の女子にマイクを向ける。
「私達の自由の為です」
 少女は真っすぐに前を向いたまま答えた。TVレポーターはその回答がおよそ子供らしくないことに驚きながらも質問を続けた。

「自由? それはなんの自由を訴えているの?」
「生きる自由です」
「生きる? あなたは何か生きることを誰かに邪魔されるとかしているの?」
「今ではありません」
「それは以前にそういうことがあったということ?」
「いいえ、これから起こることです」
「これから何が起こるんですか?」
「それは彼女が全て明らかにしてくれます」
「彼女というのは誰のこと?」
「ナオさんです」

「幾人かの子供達に訊きましたが、全ての子供達が同様の事を話してくれました。一緒に行動している親たちもです。一体、彼らの言う自由の侵害とは何を指しているのでしょう? そしてテロ行為の中心人物とされている謎の少女ナオ。彼女の正体と彼らが訴える、これから明らかにされる事とは何なのでしょうか……」

「彼女が先導しているのか? それにしてもどうやってこれだけの子供たちを組織立てたんだ? 親も何も疑問に思わず付いていく。あり得ないだろう」阿南は友安官房長に訊ねるように言った。

「彼女が言っていた『証明』ということと何か関係があるのではないでしょうか」
「フラクタルの鍵か…… 彼女が彼らを先導しているのはその鍵のおかげということか」

「彼女はワクチンを接種したある一定の人達を操るようにできるという、その証明をしているのではないでしょうか。もしそうならば彼女は本当に危険で、その力を、その鍵を利用しようとしている者たちはもっと危険だという事になる」
「彼女やあの行進する子供たち自身がその証拠ということなのか」
「その意思に関係なくコントロールできるという……」
「しかし、友安、それならワクチンを打っているのは彼らだけではない、私も君も接種している。なぜ、我々はああいうふうにならない?」
「それはわかりませんが、なにかそこに鍵の秘密があるのかもしれないし、もしコントロールということであるなら、コントロールする対象も選別できるということになりませんか?」

 阿南は中継のデモ行進をする子供達を見ていた。その真剣な表情は大人の顔だ。ナオが時折見せる表情と同じものを感じる。洗脳されている者の表情がそれを信じ何の迷いや疑問もないこととよく似ているとも感じた。しかし彼女があれだけ多くの、横の繋がりが無い子供や親までを洗脳できるとは思えない。カルト宗教の類と比較しても疑問は残る。いずれにせよ官邸をぐるりと包囲した彼らが次にとる行動はなんだ? ナオはこれ以上何を言おうとしているのだ? この疑問に対する答えはどうやって得られるか、阿南の頭に浮かぶいくつかのバッドエンドは彼の表情を一層と固くしていた。

 そして時計は最終の時間を指した。
「電力はどうだ?」
 阿南は調査を命じる。
「今のところ正常です。異常の報告は何処からも入っていません」
「そうか…… 彼女は立ち止まったのか……」

「総理! 中国がタイペイに向かい軍事作戦を開始したという情報が」
 外務大臣が息せききって飛び込んできた。
 続けて秘書の一人が慌てて会議室に飛び込み叫ぶ。
「総理、北がミサイルを発射の情報! 推定着弾地は……」
「どこだ?!」
 あとから入ってきた友安官房長が叫ぶ
「東京近郊、半径100km以内との計算です」
 
「子どもたちが……」
「すぐに子供たちを地下に退避させろ! 急げ! 警察に指示しろ! 迎撃許可、迎撃許可、急げ!」



 完結篇(中)へ続く 



★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと一切関係がありません。


エンディング曲

Who'll Stop The Rain (Lyrics And Chords Video)
Creedence Clearwater Revival


世界はここにある①    世界はここにある⑪   
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧    世界はここにある⑱
世界はここにある➈    世界はここにある⑲
世界はここにある⑩    世界はここにある⑳

世界はここにある㉑    世界はここにある㉛
世界はここにある㉒    世界はここにある㉜
世界はここにある㉓    世界はここにある㉝
世界はここにある㉔    世界はここにある㉞
世界はここにある㉕    世界はここにある㉟
世界はここにある㉖    世界はここにある㊱
世界はここにある㉗    世界はここにある㊲
世界はここにある㉘    世界はここにある㊳
世界はここにある㉙    世界はここにある㊴
世界はここにある㉚    世界はここにある㊵

世界はここにある㊶    世界はここにある51
世界はここにある㊷    世界はここにある52
世界はここにある㊸    世界はここにある53
世界はここにある㊹               
世界はここにある㊺
世界はここにある㊻
世界はここにある㊼
世界はここにある㊽
世界はここにある㊾
世界はここにある㊿


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