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ひいおじいちゃんはニートだった。

ひいおじいちゃん、ニートだったってよ。

この話を聞いた時、妙に納得した。
そりゃ私も‥‥。遺伝的な欠陥だから仕方ないのかもしれないと。

曾祖父は大学を出たあと、プラプラと芸者遊びに精を出し、「あなたと結婚できなければ死んでしまう」などと甘い文句で曾祖母を口説いたにも関わらず、浮気三昧。
働かないくせに着物の裏地にやたらとこだわる着道楽だったそうだ。おまけに酒癖も最悪だったとか。

しかし、絵に描いたような曾祖父のクズっぷりは、時を越え、曾孫の私を猛烈に励ましてくれた。

というのも、我が家族は最近、私の人生について話しているらしい。

まるで他人事のように聞こえるが、うっかり耳にしてしまったため、「らしい」と書くしかないのだ。

ある日、美容院から帰宅すると、両親と兄が深刻そうな口調で
「あいつの人生どうなるんだろう」
「この先どうしていくつもりなのか」
「何か出来ることないのか」
「この前も言ったけど、さすがに‥‥」
などと話し合っていた。

「この前も言ったけど」

この単語から推測するに、この手の話し合いは過去複数回に渡り開催されているようだ。

私の今後を巡り、ちょっと険悪なムードにもなっていた。

「会社のお手洗いに入ったらたまたま自分の悪口を言っている現場に出くわしてしまった」

よくあるこのシチュエーションとほぼ同じなのだが、
「悪口」か「心配」か、それだけの違いなのに、前者だったらどれほど良かったことかと思った。

間違いなく、人生で一番キツい状況だった。


私が不甲斐ないせいで、家族に要らぬ心配やイラつきを与えてしまい、心底申し訳なかった。
無職は、自分だけの問題じゃない。
バカな私は、今になってようやく理解した。

「無職の私」が存在する世界では、両親や兄に多大な精神的ストレスをもたらしている。
それはもはや、「暴力」なのだ。

「帰ってきたら、ただいま。大きい声で言うんだよ」

いい大人になっても祖母からの教えを守り、いつも言っていた「ただいま」が、この日だけはすんなりと出てこなかった。

無職の人間は生きているだけで大切な家族を傷つけている、という事実がずっしりとのし掛かる。

もう一度外に出ようかとも思ったが、腹をくくり「ただいま」を捻り出した。

両親と兄が「私会議」をしているリビングへ向かうと、いい機会だから少し話そうと誘われた。

無職に拒否権はない。

「ほら、今はあれだけど、これからどうするつもりなのか聞きたくてさ」

唐突に始まるトラウマ回、「無職、人生を問い詰められるの巻」

私は極度に内向的な性格なので、注目の的になることが耐えられない。
その上、お気持ち表明まで求められているのだ。この状況は苦痛でしかなかった。

ただ、全ては自分で蒔いた種であり、それを発芽させ、そろそろ刈り取らないと邪魔だというレベルまで育ててしまったせいだ。
私の姿を見て家族がこの先を案じるのも、イライラするのも、当たり前のことであって、悪いのは全て己。

ちゃんと分かっている。
社会的に見たら、最下層にいることもちゃんと理解している。
無能なりにこれからを考えて、少しだけ計画も立てているのだ。

なのに、過呼吸が邪魔をして、ろくに話せなかった。
自分の気持ちを、本心を話すことは、私にとって裸で外に放り出されるようなものなのだ。


はぁはぁと息苦しそうにする私を見て、家族は悲しみと心配と後悔が入り交じった表情を浮かべていた。


無職という名のこん棒で家族の心をメタメタにしているだけではなく、無駄な罪悪感をも抱かせてしまう自分が、怪物のように思えた。

すぐに過呼吸を起こすから、不在時に私の人生について話し合っていたのだろう。
無職、怪物、腫れ物。私という人間はろくなもんじゃない。

過呼吸を落ち着かせるために、自室に戻り、色々なことを考えた。

まず、生まれてきてごめんなさいということ。

そして、ちゃんとしなきゃ、ちゃんとしなきゃと思うほど、自分の無力さと不甲斐なさと、どうしてこうなったという混乱で動けなくなってしまう、無能な私。

大好きな家族に恩返しをするどころか、迷惑ばかりかけてしまっている状況も、本当に辛い。

なぜ、私は、普通に出来ないんだろう?

なぜ、私は、こんなにもレールから外れてしまったんだろう?

なぜ、私は、無職のくせに生きているんだろう?

こういうときに浮かぶ考えはろくでもないことばかりだ。

自分を落ち着かせたあと、腹をくくり直し、リビングへ向かった。

先ほどとは打って変わって和やかな空気が流れていた。
あぁ、気を遣われている。
これも、心苦しい。申し訳ない。

そしてなぜか、冒頭の曾祖父の話をされた。

「あなたのひいおじいちゃんは働いてなかったの」

いきなり投げ込まれたファミリーシークレット爆弾の威力は相当なものだった。

本来なら曾祖父を笑ったりしてはいけない立場だ。
だが、空気の読めない私は笑いを堪えることができなかった。

普段は他人と自分を比べるなんてことはしない。
しかし、ニートの大先輩とは遠慮なく比べさせてもらった。

浮気はしない。
ホストやクラブで散財しない。
服は好きだけど、手頃な既製品を買う。

ひいおじいちゃんと比べたら、私はめちゃくちゃまともな人間だった。
一族の遺伝的な欠陥、ニートは、次世代に受け継がれると少しだけアプデされるらしい。

未来を見ても、朝日どころか、夜更けでしかないなんて思っていたけれど、夜明けくらいになった気がした。

両親と兄の「私会議」は閉会したようで、私への質問は、先ほどのあれで最後だった。


私もいい歳をした大人だから、現実はちゃんと見えている。
ここまで拗らせてしまったから、挽回することはかなり難しいはずだ。

だけど、家族を苦しめたくないから、一歩二歩三歩、自分の足で歩かなければいけない。

ふと、ニートの曾祖父のことを考えた。

なんで生涯無職で過ごしたのだろうか?
実家が太かったらしいけど、何かやろうとは思わなかったのだろうか?
定職じゃなく、お手伝いくらいだったら出来たのではないか?

ひいおじいちゃんはまたしても私を救った。
無職から脱するには、どこかに「就職」しないといけないと思っていた。
しかし、脱無職ルートはひとつだけではない。

まずは週3くらいでアルバイトをしてみて、それができたら次のステップに行けばいいだけなんだ。

何事も0か100じゃない。

そのうち、私にも朝日が見えてくる気がした。

さて、救世主となってくれたひいおじいちゃんだが、もし天国で会えたら話したいことが沢山ある。

ひいおじいちゃんの頃とは違って、私が生きた時代には、我々ような者は「ニート」「無職」って不名誉な名前つけられてたんだよー

とか、

やっぱさぁ働くのだりぃって感じだった?

とか、

同じ遺伝子を持つニートとして語り明かしてみたい。

その時は「あ、私は週3~4でバイトしたことはあるよ!」って胸を張って言える人間になっておきたいところ。

もう、家族に、暴力は振るいたくない。 
だけど、ひwいwおwじwいwちゃんwニートwwwwwって思ったから、そこまで思い詰めなくて済んだよ。
ありがとう。


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