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あうんの忖度

ニューラリンクの初の製品は「テレパシー」と呼ばれるとマスク氏は説明。まずは四肢が使えなくなった患者を対象にすると述べ、「例えばスティーブン・ホーキング氏が、高速タイピストや競売人より速くコミュニケーションできることを想像してほしい。それが目標だ」とした。(中略)
患者は脳の動く意思をつかさどる部分にチップを埋め込む手術を受ける。チップはロボットによってインストールされ、脳の信号を記録してアプリに送信する。まず最初の目標は、「コンピューターのカーソルやキーボードを思考だけで操作できるようにすること」と同社は説明している。

CNN 2024.01.31 Wed posted at 10:11 JST

人間の脳には、1000〜2000億個もの脳神経細胞があるといわれる。
神経細胞はニューロンと呼ばれ、外部から刺激が入ってきた際、電気を発生させて他のニューロンに電気信号を使って情報伝達を行う。
ニューロンは樹の枝のようなものを張り巡らせた「樹状突起」と、細胞核のある「細胞体」、そして樹状突起のない「軸索」構成されている。
電気信号の送受信は樹状突起で行われ、軸索を通り、樹状突起を通じてまた別のニューロンへと信号を送る。
この電気信号の伝達が、脳波と呼ばれるものだ。

脳波は人間の活動を詳細に調べることができる反面、無限に波形パターンが存在するため、人間の力で解析するには限界がある。
しかしAIを導入すれば「うれしい」「悲しい」など微細な心理状態の脳波パターンを蓄積することが可能になり、人間の活動と脳波の結びつきを解明できる。
今後、多くの脳波データが蓄積されていき、脳波を計測するだけでその人の状態を詳細に診断することが可能になっていく。
イーロン・マスク氏が経営するNeuralink社は、上記のようにテレパシーの実現を目指し、神経細胞とコンピューターの同時接続をすべく約30万米ドルを投資している。

テレパシーとは、人の心の中で思ったこと・考えた内容が直接ほかの人の心の中に伝達される、双方向性を持った五感に頼らないコミュニケーション手段である。
語源的には「telepathy」の「tel-」が遠隔、「pathy」は感情を表す。
「思念」「精神感応」とも呼ばれ、古くから一種の超能力として信じる人もいれば、科学的に証明されていないため信じない人もいた。

テレパシーの科学的根拠は、複数の心理学および神経科学の研究によって裏付けられるようになってきた。
特に近年の脳イメージング技術の進歩により、二人の人間が同時に同様の感情や思考を経験する際、その脳活動パターンに顕著な類似性の見られることが明らかになっている。
一定の環境下で行われた実験では、被験者同士が物理的に隔てられた状態でも、一方の感情変化が他方に影響を与える現象が確認された。
これらの研究結果は、人間の感情や思考が非言語的な方法で伝達されうる可能性を暗示しており、テレパシー現象の科学的根拠を形成している。

テレパシーを「以心伝心」、その結果生じるものを「阿吽あうんの呼吸」の表現に置き換えても、間違いではないだろう。
欧米的発想から科学の分野で研究開発が進むテレパシーだが、我々日本人は日常の中で、すでに十分活用していると言っていい。

たとえば日本には古来(平安時代の「菅家後集かんけこうしゅう」にも登場している)より、「忖度そんたく」という美しい言葉がある。
近年、大手メディアによる誤った使用から、「顔色をうかがう」「ご機嫌取り」「ごますり」のような、ネガティブで薄汚れたイメージがついてしまった。
本来の「忖度そんたく」とは、目下の者が目上の人に対し心くばりをすることであり、決して”おべんちゃら”や”よいしょ”ではない。
人と人との関係は信頼の上に成り立っており、他人の気持ちをし量る「忖度そんたく」などは、かなり高等なテレパシーの一種と呼んでいいだろう。

個人的に、マスク氏の推し進める「テレパシー」には、強烈な拒絶を示さざるを得ない。
人間の能力は外的にコントロールされるべきものではなく、あくまでうちからの成長によって促されるものだろう。
彼の動機が患者を救いたいという純粋な気持ちからであろうと、将来的にチップが悪用されれば(間違いなくそうなる)、人は何者かの管理下で動くロボットと、何ら変わらなくなる。その時点でディストピア(否定的・反人間的な未来社会)が、現実のものになってしまうのだ。

権力に屈すのではなく、権威に対しこうべれる謙虚さこそが日本人の美徳であり、焼け野原となった敗戦から短期にして世界第2位の経済大国までなった原動力だったろう。
忖度そんたく」から生まれる「阿吽あうんの呼吸」を取り戻すことに、未来に向けた再興のカギもあるはずだ。

明日に続く

イラスト hanami🛸|ω・)و

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