埼玉県条例:子どもの「放置」が児童虐待!?
本稿のねらい
2023年10月4日、自民党県議団の「虐待禁止条例の一部改正検討プロジェクトチーム」(PJチーム)により、「議第25号」として「埼玉県虐待禁止条例の一部を改正する条例」(本改正条例案)が埼玉県議会令和5年9月定例会に付議された。
本改正条例案に対しての賛否はともかく、本改正条例案の内容をよく吟味せずに反対しているものが多いと思われたこと、また反対の方法として適切ではないものが見られることから、少し検討してみることとする。
本改正条例案の概要
本改正条例案は、埼玉県虐待禁止条例(平成29年埼玉県条例第26号)(本条例)を次のように改正する内容となっている。
本条例に第6条の2(児童の放置の禁止等)を追加する
本改正条例案による第6条の2第1項は、小学3年生以下の「児童」を現に養護する者に対し、当該児童を住居その他の場所に残したまま外出するなど、当該児童を「放置」することを禁止する内容となっている。
また、本改正条例案による第6条の2第2項は、小学4年生から小学6年生に該当する「児童」を現に養護する者に対し、当該児童を住居その他の場所に残したまま外出するなど、当該児童を「放置」しないよう努めることを義務付ける内容となっている。
前者(第1項)は放置禁止義務を課しており、後者(第2項)は放置禁止努力義務を課している点で、また実質的にも小学生3年生以下の「児童」の方が要保護性が高いのは明らかである点で、前者の義務の方が重い内容となっている。
なお、本条例において「児童」とは「児童虐待防止法」第2条の「児童」をいうとされており(本条例第2条第2号)、同法第2条では18歳に満たない者が「児童」と定義されている。
ここまでで明らかなように、本改正条例案第6条の2は、小学生以下の「児童」の「放置」を禁止するよう養護者に義務又は努力義務を課すものではあるが、「放置」が「虐待」に該当するとは明示していない。
おそらく、本改正条例案第6条の2とセットで改正の対象となった下記本改正条例案第8条第2項が原因で、「放置」=「虐待」という"誤解"を受けたものと思われる。(本当に誤解しているのか、あえてミスリードを誘っているのかは不明だが、いやはや…)
「子どもの放置を虐待と定める条例は全国初」(時事通信)
「子どものみで外出・留守番をさせることは「放置」で虐待に当たるとして禁止する県虐待禁止条例改正案が埼玉県議会に提案され、波紋を広げている」(東京新聞)
「埼玉県議会に提出された子どもを自宅に放置したまま外出することなどを児童虐待と位置づけて禁止する条例の改正案」(NHK)
「子どもを自宅や車に放置する行為を「虐待」と位置づけて禁止する条例改正案を賛成多数で可決した」(読売新聞)
「小学3年生以下の子供を放置して外出することを「虐待」と定める条例改正案を県議会9月定例会に提出した。」(産経新聞)
本条例第8条(県民の役割)に第2項を追加する
本改正条例案第8条第2項は、埼玉県民に対し、「虐待」を受け又は「虐待」を受けたと思われる「児童等」(児童等には児童のほか高齢者や障害者が含まれる〔本条例第1条〕)を発見した場合、速やかに「通告」又は「通報」をしなければならないとされている。
ここで、「虐待」とは、本条例第2条第1号によれば、次の4つのいずれかに該当する行為を指す(児童に関する部分のみを抜粋している点に留意)。
養護者がその養護する児童等について行う児童虐待防止法第2条各号に掲げる行為
養護者又は児童等の親族が当該児童等の財産を不当に処分することその他当該児童等から不当に財産上の利益を得ること
施設等養護者が児童等を養護すべき職務上の義務を著しく怠ること
使用者である養護者がその使用する児童等について行う心身の正常な発達を妨げ、若しくは衰弱させるような著しい減食又は長時間の放置、その使用する他の労働者によるイに掲げる行為と同様の行為の放置その他これらに準ずる行為を行うこと
そして、児童虐待防止法第2条第1号から第4号では、次の4つの行為が「児童虐待」として定義されている。
児童の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること
児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること
児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置、保護者以外の同居人による前2号又は次号に掲げる行為と同様の行為の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること
児童に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)の身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動をいう。)その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと
その上で、児童虐待防止法第3条により、何人も児童虐待をしてはならないとされている。
また、「通告」又は「通報」については、前者は児童福祉法上又は児童虐待防止法上の通告を指し、後者は高齢者虐待防止法上又は障害者虐待防止法上の通報を指すとされている(本条例第2条第8号・第9号)。
つまり、本改正条例案第8条第2項について、児童に関してのみいえば、「通告」のみが該当するところ、児童虐待防止法第6条第1項は次のように規定している。
要するに、本改正条例案第8条第2項は児童虐待防止法第6条第1項の内容を固めるだけの意味であり、裏を返せば、本改正条例案第8条第2項などなくとも、児童虐待を受けたと思われる児童を発見したすべての国民や市民は、児童虐待防止法第6条第1項に基づき、速やかに市町村等に通告しなければならないのである。
本改正条例案における論点
本改正条例案、特に同第6条の2に関しては、次のような論点があろうかと思われる。(上記のとおり本改正条例案第8条第2項は児童虐待防止法第6条第1項の確認的規定と思われるため特段論点はない)
本改正条例案第6条の2の必要性
「放置」の定義
特に小学3年生以下の児童を放置することを禁止することの憲法適合性
この3つの論点は互いに密接に関係する。
(1) 本改正条例案第6条の2の必要性
下記(2)の「放置」の定義にも関係するが、現行の本条例との関係で本改正条例案第6条の2は必要なのだろうか。
つまり、本条例第2条第1号において「虐待」を定義しており、また同第5条第1項において養護者に児童等の虐待を禁じており、さらに同第6条第1項において養護者にその養護する児童等の生命・身体等が危険な状況に置かれないよう安全の確保に配慮する義務を課している。
ここで、本条例における「虐待」とは児童虐待防止法第2条の「児童虐待」と同じ意味を持つことは上記のとおりであるが、同条第3号には「児童の心身の正常な発達を妨げるような(中略)長時間の放置(中略)その他の保護者としての監護を著しく怠ること」が含まれている。いわゆるネグレクトというやつである。
そして、埼玉県の説明によれば、子どもの虐待には「適切な養育をせずに放置したり、必要な医療や教育を受けさせないこと」も含まれるとされている。
つまり、現行の本条例でも「長時間の放置」や「保護者としての監護を著しく怠ること」はカバーされている上、「適切な養育をせずに放置」することはこのいずれかに含まれると解釈されているものと思われる。
ちなみに、「適切な養育をせずに放置」することが「虐待」に該当するかについては、子どもの年齢等により判断が異なるという指摘がある。
児童虐待に係る児童相談所と市町村の共通リスクアセスメントツールのリスク因子の主な指標においても、「乳幼児の遺棄・置き去り・放置」が挙げられており、またいわゆるヤングケアラー問題に関連して「子どもに子どもの世話をさせる」ことも挙げられている。
結局のところ、児童虐待防止法においても、「子どもの安全と健全な育成が図られているかどうか」が重要なメルクマールであり、乳幼児を十数分1人きりあるいは他の子どもと一緒に「放置」して買い物に出ることは安全性に懸念があることから「虐待」に該当する可能性が高いが、小学生にもなれば同様の「放置」をしたとて必ずしも安全性に懸念ありとは考えられず「虐待」には該当しない可能性が高い。
そこには親をはじめとした保護者の意図や事情は考慮されない。子どもの安全性を確保することが親をはじめとした保護者の責任であるためである。
つまり、「忙しいから」、「誰も見てくれる人がいないから」、「預けられるところがないから」などは少なくとも子どもとの関係ではただの言い訳であり何ら正当化されないことに注意が必要である。
児童虐待防止法における「虐待」、特にいわゆるネグレクトについては以上のとおりの解釈がされているようであり、本改正条例案第6条の2が対象に含める小学生について「放置」することが「虐待」に該当するかどうかは状況次第となる。よほど治安が悪い地域で、治安が悪くなる時間帯という条件が付けば、たしかに小学1年生〜3年生を1人ないし他の子どもと一緒に「放置」することは子どもの安全性が確保されていないと評価し得るが。
つまり、本改正条例案第6条の2は、児童虐待防止法では必ずしも「虐待」に該当しない可能性がある放置行為を禁ずる点で意味があり、本条例第6条第1項の安全配慮義務を明確化する意味での必要性があるということになろう。(少なくとも本改正条例案を提出した自民党県議団はそのように考えたはずである)
なお、幾ばくかの外出等による放置行為が刑法上の保護責任者遺棄罪(同法第218条)に該当するようなことは極めて稀であろうかと思われる。
(2) 「放置」の定義
「放置」とは、文字どおり放って置くことであり、そこには本来すべき事柄をせずにそのままにしておくことが含意される。
本改正条例案第6条の2でいう「放置」の考え方については、本改正条例案を提出した自民党県議団の1人でPJチームの事務局長でもある小久保憲一議員が、次の①〜③の場合が本改正条例案第6条の2第1項にいう「放置」に該当するかという質問を受けて次のように説明していることが参考となる。
要するに、子どもの生命や身体、健康等が脅かされたり、療養を必要とする場合に、直ちに危険を除去し、又は療養を行うことができない状態を「放置」というと考えられる。(刑法でいう財産に対する「占有」の概念に似たものを感じる)
基本的は発想として、少なくとも本改正条例案を提出した自民党県議団は、小学3年生までは目を離すと類型的に子どもの安全性に支障が生じると考えているものと思われる。それは子ども自身の能力にも関係するのはもちろんだが、現状の埼玉県の治安なども総合的に考えた結果なのだろう(それほどまでに治安が悪いのか…)。
やはり、本改正条例案第6条の2は、本条例第6条第1項を明確化するためであることがこれではっきりしたように思われる。
(3) 憲法適合性
本改正条例案第6条の2は、憲法適合性の観点で少なくとも次の2つの問題があるものと思われる。
移動の自由(日本国憲法第22条第1項)との関係
条例制定権(同法第94条)との関係
移動の自由を論ずるのは骨折りであるため省略し(※)、本稿では条例制定権との関係を見てみたい。
※ 「過保護」かもしれないが、目的と手段の間に合理的関連性はあると思われる。少なくとも「過保護」な部分につき合憲限定解釈的な余地はあるように思われる。
┃ 条例制定権との関係
この憲法第94条を受けて、地方自治法第14条は次のように条例制定権のルールを定めている。
本改正条例案第6条の2がいわゆる「上乗せ条例」(法令の規制よりも程度を高めたもの)なのか「横出し条例」(法令が規制していない部分を規制するもの)なのかはなんとも言い難い部分があるが、少なくとも、①目的は子どもの安全性を確保する点であり子どもの保護に資すること、②児童虐待防止法があえて「放置」について規制を置いていないわけではないと思われること、③児童虐待防止法は地方自治体(都道府県や市町村)に相応の役割を求めていること、④放置行為への罰則が置かれていないことから、仮に埼玉県独自のルールを置いたからといって、法令、特に児童虐待防止法に抵触することはないと考えられる。
なお、条例により地域差が生じる点について、日本国憲法第14条とも関係するところだが、これについては罰則付きの義務を課すものであっても憲法適合性に問題はない(違憲ではない)とした判例があり、本改正条例案第6条の2は罰則なしの義務を課すものであり、なお許容されると思われる。
以上
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