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クロウサギ物語

あの日、ボクは、海の近くの森に遊びに行った。
「早めに帰ってくるのよ」
「わかった」
お母さんは、いつも草むらや森に行って、たくさんの美味しいご馳走を集めてきてくれる。
「ああいうところは危ない」とか、「ヘビに出会ったら、こうするのよ」
と、いつも口うるさい。
「わかったよ、もうボクもお兄ちゃんになったんだ。友だちの所に行くだけだろう。うるさいなぁ。日暮れ前には帰るから…行ってきます」

ボクは、お母さんが土から掘って来てくれたニンジンをかじると、ピョンピョンと友だちの住む森へ走って行った。
その日は、一日中遊んだ。もうすぐ、日が暮れる。
「早く、帰らなきゃ…」
そう思って、ピョンタとそこのお母さんに挨拶をして帰ろうとしたその時だ。

ズシンと、突き上げられたかと思うと、あちこちから、いろんなケモノ達の鳴き声がする。遠くから土煙りが上がり、地面が大きく揺れた。地鳴りは続いた。
「ピョン吉くん、早くこっちに!」
森の中が安全かもと、ピョンタ君のお母さんについて、ボクらは、森に入って行った。いつもは、「怖いヘビがいるから、行ってはいけない」と言われているこんもりの森だ。

その揺れはぜんぜんおさまらない。
ボクは友だち家族と、森の奥深くに逃げた。何回も太陽が上がって、沈む。やっと収まってきた頃、ボクは家に帰ろうと、ボク達の家の方に向かった。

「あ!」
そこには、大きな水たまりができていた。ボクが見た事のあるどんな大きな水たまりより何倍も大きな水たまりがあった。どんなに力いっぱいジャンプしても、がんばって泳いだって渡れそうにないほどの水がたまっていた。向こう岸が見えない…「まさか、これは水たまりではないの?」ピョンタ君が言ってた朝日が昇る「う、み、なの?」
水は、「ザザーン」と音を立てて白いしぶきをあげた。「でも、こっちは太陽が昇るほうじゃない…ボクのおうちのほうなのに…」いつもは山に沈んでいく太陽が「うみ」の水たまりの向こうをオレンジに染めた。

「お母さん!!」
ボクは叫んだ。声なんて、ほとんど出さないうさぎのボクが目を真っ赤にして、声がかれるくらい叫んだ。

何が起きたのかは、わからない。ボクは、あの日から家に帰れなかった。

「お母さん!ボクがんばっているよ。お母さんも元気?苦手だった草もちゃんと食べてる…大きくなって、あの大きな水たまりを泳いで帰るからね」

ピョン吉は、大きな水たまりに沈む夕日に向かって叫んだ。


森尾歩さんの恐竜の日に感動して、アマミノクロウサギが大陸から、奄美に残ってしまった日の親子の物語を書きました。       🐰


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