両性愛のトランス女性

谷崎潤一郎氏は「母を求めても絶対にそれを得ることのできない自分の人生」を女体に耽溺することで乗り切らうとして、おおむね成功した人だ。
『痴人の愛』から(1925)『卍』(1930)でその人生哲学は完成した。

女となって男や女とセックスをすることが最高の快楽であり、他の快楽はすべて二次的な快楽であることを見極めてしまった。
もちろん、かういふ快楽を除けば、この世には、生きる意味はどこにも無い。

現在、医療ビジネスは、精神疾患として「性同一性障害」を設けて、トランス女性といふものが商品化された。
身体は男性ホルモンによって男性化されて生まれて来たものの、脳だけが性ホルモンシャワーを(どういふ方策でか)免れると、脳は女のままで、身体は男性となり、性別と自己との認識は絶対に合はない。
さういふ事例の場合、「生きづらさの問題」などではなく、単純に「誤配」に類するトラブルだ。真夏に、夏物のシャツを注文したら羽毛のジャケットが届いたやうなものだ。

これとは別に
①男であると「生きづらい」
②男であると「つまらない」(女と違って、「見られない」、「求められない」から)
③男に生れたものの女になれる容貌をしてゐる
といった事例もあるやうだ。


③の場合、ちゃうどサッカーの才に恵まれた男がプロのサッカー選手にならうとするやうに、天与の容貌を使って女装者やトランス女性になって暮らしを立てようと試みたりするだらう。

①と②は、宿命的に自分に与へられた「自分らしさ」が我慢ならないといふことだ。
その自分らしさの根っこは「男である」ことである。

谷崎潤一郎氏は、前世紀にそれに気づいた。もう「男である」ことは、「女である」ことと比べると、価値が少ない時代に入ってゐた。
『金色の死』(1914)によって、男として生きても、女の持つ「性欲によって求められる肉体」したがって「美しい肉体」を持つことは不可能だといふことを見極めた。
厳密に言ふと不可能ではないが、男が美を体現した瞬間、それは、ちゃうど全裸に金粉をまとって荘厳して「見られる存在」を目指した『金色の死』の主人公と同じ運命をたどる。金色の裸体は、たちまち、皮膚呼吸を阻まれて、のたうちまはりながら窒息死するのだが、その死体の金色までを含めて「美しい肉体」である。
男は「美しい肉体」を見られたときには、死んでゐる。
実例としては、三島由紀夫氏である。氏が割腹して真っ赤な血潮の中に座ったまま首を切断されて頸動脈から鮮血が噴出したときに、氏が十代のときに発見した「男の美しい肉体☆」に、氏はなったのだが、その瞬間、死がすべてを闇の中に引きずり込んでしまった。

☆ほぼ全裸で縛められた両手を吊られて、下腹部を矢で射られて天を仰いで(おそらくは雲間から見おろす主の視線を浴びてゐることに気づいて)絶頂のときの快楽に浸ってゐるやうな(淫らとも言ひたくなるほどあからさまに)恍惚とした表情をしてゐる聖セバスチャン殉教図を見て、十代の三島由紀夫氏はわけもわからないまま射精してゐた。
これをもって氏がホモだと思ふ人は美と男の関係が何もわかってゐない。
男が女の身体(顔も含めて)を見て勃起するのは、かうして「美しい肉体」の中に射精したいといふ生物的な欲求と反射を肉体に仕込まれてゐるからだ。
「美しい肉体」なら、社会が慣習に従って勝手に決めた性別など、男にとっては、どうでもいいのである。

谷崎潤一郎氏は、男が自らの身体に「美しい肉体」を求めると、どうなるかを、『金色の死』(1914)を書くことではっきりと知った。
それで、後は、もう女の肉体にしか目を向けないことにして、『痴人の愛』の世界、さらに、女体による快楽の頂点である女の両性愛者に到達した『卍』を書くことで、人生のすべてを知ったのだ。

三島由紀夫氏は生を耐えるには、狂気か死、さもなければ認識だとした。
認識によって生を変えてしまふのだ。それが文学である。
だが、さうしてみても、身体はなんの変化も無い。それが『太陽と鉄』で三島由紀夫氏が取り組んだ問題だった。

認識によって生を変えても、その認識の主体者の身体にはなんの変化も無い。これは、①や②で苦しむ男にとっては切実な問題だ。

①男であると「生きづらい」
②男であると「つまらない」(女と違って、「見られない」、「求められない」から)

それで、女装やトランス女性となって、レズビアン、もしくは両性愛者を―認識ではなく―身体によって実践しようとする男が増えて来てゐるのだとわたしは思ふ。
その気持ちはよくわかる。だが、MtX☆といった言ひ訳は、余分だと思ふ。男がいやで女となって(女と、または女とも男とも)セックスがしたい、でいいと思ふ。




MtX(Male to Xgender)
生まれた時に割り当てられた性別が男性で、自認する性がXジェンダーである人
Xジェンダー
自認する性が男性にも女性にも当てはまらないセクシュアリティ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?