稲垣良典『現代カトリシズムの思想』(岩波新書、1971年)を読んで。

 本書は現代によみがえるスコラ哲学の書である。スコラ哲学といっても、一般に受け留められているような煩瑣なという意味ではなく、中世哲学を特徴付ける討論の再現という意味でのそれである。トマス・アクィナスの哲学を評してバートランド・ラッセルはあらかじめ分かりきった結論へ向けて論証を重ねているという趣旨の批判をしているが、もちろんそういった意味のスコラ哲学でもない。むしろ、スコラ的とは、相対する主張の最もな部分を取り出して突き合わせることを通して高次の探求を目指そうとする精神のことである。そのような意味で本書は現代によみがえるスコラ哲学の書なのである。
 本書は「現代カトリシズムの思想」であるからには、単なる宗教哲学の書でもなく、哲学の書でもなく、神学の書でもない。しかしそれぞれは互いに有機的なつながりを持つ問題群を共有していることを本書は明らかにしている。宗教とは何か、カトリシズムとは何かをそれ自体の問いとして取り上げるのではなく、現代が抱えている様々な宗教思想に対する反発を念頭に、現代を特徴づけるカトリック神学思想がいかなる内実を持っているのかを切々と感じさせてくれる本である。本書は現代カトリック思想の概説書であるよりも、二十世紀を代表する現役の神学者たちが取り組んだ問題群を生き生きと提示することを通して、私たちが何を読み、何を見出すべきかを明らかにし、さらには彼らがその問いかけを通して私たちに残している課題を明らかにするのである。
 本書のところどころにみられるマルクス主義についての言及は多少の時代的制約を感じさせはするものの、むしろ著者が問いかけようとしているのは私たちが生きる社会の在り方であり、あるべき共同体の姿を見定めようとしていることがひしひしと伝わってくる。そして、その問いかけ自体は今なお古びない。同様に、たとえ今積極的に読まれることがなくともテイヤール・ド・シャルダンの問いかける宗教と科学のかかわりは今なお現役の問いである。読み進めると気づかれるように、本書は積極的に反論を念頭に置いた叙述が印象的である。その反論と応答の一つ一つが今を生きる私たちの宗教性を問いかけているのである。その意味では本書は一般社会に向けられた本である。しかし本書にはもう一つの側面がある。それは現代を生きるキリスト者への宗教性の問いかけである。先に言及したマルクス主義やテイヤール・ド・シャルダン、さらにカール・ラーナーの問いかけを通して、教会の中で生きている人々へ神学的思考を促していることがうかがえよう。
 本書は著者の本の中で最も読者に訴えかける本である。さまざまな異論への回答という実にスコラ的な方法によってカトリシズムの思想そのものを浮き彫りにする本書はまさに『現代カトリシズムの思想』を体現する一冊といえる。

 2017年に復刊された本書の6刷には著者によるあとがきが付されている。そこで、本書を著した直後に負った20年来の重荷をやっと降ろし、自らの探求を望む著者の言葉が書かれている。その具体的な探求は『トマス・アクィナス 存在の形而上学』と『カトリック入門』によって確かめることができる。

 なお本書についての刊行当時のペトロ・ネメシェギ氏による書評が公開されている。このノートをお読みになって興味が湧いたという方は是非お読みになってください。

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