藤井雅実先生の『〈外〉への共振−哲学と芸術の限界とその〈外〉』考察を読んでの個人的な覚え書き

藤井雅実先生のにわかファンとなって、今日は一日、この考察を読んで、教えられたり共感したり、その上でさらに個人的に考える事が多かったので、忘れないうちに、覚書をしておきます。あくまで個人的な省察です。今までこれだけ明確に現代へと至る思想と芸術の関りを解説して下さった方に、お目にかかった事がなく、驚きの連続でした。

先生の言葉を自分なりに要約したのが、「・」の部分で、それに神学を学んだ者としての私見

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なぜ経団連会長は「大学は、理系と文系の区別をやめてほしい」と大胆提言 ... 文春オンライン-6 時間前

なぜ経団連会長は「大学は、理系と文系の区別をやめてほしい」と大胆提言 ...
文春オンライン-6 時間前

冨山 数学も英語もそうなんですが、ものを考えたり、ものを分析したりするときの、ある種の言語能力ですよね。その基礎的な言語能力というのは、別にどこに行こうが共通マターです。だから、高等教育までで、ちゃんとやっておくべきことは、 ..

なぜ経団連会長は「大学は、理系と文系の区別をやめてほしい」

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【書評】Bob Dylan, 'Lyrics 1962-2001'

Bob Dylan, 'Lyrics 1962-2001' (Simon and Schuster, 2004)

ボブ・ディランの1枚目のアルバム 'Bob Dylan' (1962) から 2001年のアルバム 'Love and Theft' までの詩を収めた詩集。

ノーベル文学賞委員会がボブ・ディランにノーベル文学賞を授与する前にやった作業をやってみた。すなわち、詩集の通読。音楽は聴かな

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「神学と神話 ドイツ文化誌の視座から」 河崎靖 著 を読んで

人類の言葉・伝承の原生林へ

ドイツ語の大家である著者が、神学と神話について、原語を大切にしながら、丁寧に人類史の端緒の解明に格闘するという感じでしょうか。北欧に残っているゲルマン民族の古来の神話、キリスト教との邂逅、ナチ時代のキリスト者の葛藤、、

テーマは多岐にわたり、とても一言では言えませんが、

かつて言葉や伝承の原生林があったところが、舗装されたアスファルトで埋め尽くされている中、元の原

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アタナシオス「言(ロゴス)の受肉」(上智大学中世思想研究所編訳|監修『中世思想原典集成 精選1 ギリシア教父・ビザンティン思想』平凡社ライブラリー所収)

昨年の暮れより、上智大学中世思想研究所が編訳|監修して、『中世思想原典集成 精選』(平凡社ライブラリー)が刊行されています。中世思想の原典邦訳としてまとまったものを手に入れるには「わが国唯一最大」と謳われている通り、「精選」の元となった『集成』は全20巻の長大なもので、私も読めていないのですが(大学の図書館で冷やかした程度)、今回の「精選」は全7巻(既刊3)とのことで、それでも結構たいへんではある

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トマス・アクィナス『神学大全 Summa Theologiae』第一部第一問第二項の試訳

前回に引き続き、『神学大全』第一部第一問第二項を訳してみましょう。第二項は次の問いにより始まります。

ARTICULUS 2
Secundo, utrum sit scientia.
その二、〔この教えは〕学知であるか否か。

「この教えhuius doctrinae」とは、もちろん「聖なる教えsacra doctrina」を指します。第一項でその必要性は証明されましたが(トマスとしては)、同

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トマス・アクィナス『神学大全 Summa Theologiae』第一部第一問第一項(主文まで)の試訳

前回までの記事で、『神学大全』全体の序言、および第一部第一問の序言を訳しました。今回は第一問第一項の本文を読んでみましょう。

ARTICULUS 1
Primo, de necessitate huius doctrinae.
その一、この教えの必要性について。[この部分は第一問目次から引用]

「この教えは必要ではない」という背理の論法で始まります。もし本当に必要がなければ『神学大全』は

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初めてのデートはどこでしたか?

初めてのデートはどこでしたか?

私の初めての場所は、去年の6月末の下北沢でした。
同じ学部の、卒業した後に仲良くなった子と約束を取り付けて、会うことにしました。

待ち合わせの、お互いの姿に気づいても、
お互いが声をかけることをためらった瞬間。
「時間がない」と言いつつ、1時間半があっという間に過ぎていったこと。
未だに忘れることができません。

初めてのデートはどこでしたか?

現代版 「人はなんで生きるか」

「人はなんで生きるか」 梗概

この物語は、中村白葉訳『トルストイ民話集 人はなんで生きるか 他四篇』の冒頭に収録されている。

ひとりの貧しい靴屋が、礼拝堂の壁にもたれた素っ裸の男と出会う。
そこで靴屋は彼をかわいそうに思い、彼を自分の家に引き取り、しばらくの間共に暮らす。

彼は天使であったが、神の命令に背いたために罰を受けていたという。
その命令とは、夫を亡くし、子を産んだばかりの病気の母親

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